3.アカツキという男
アカツキは魔術師だ。キーストン領に住む者は『天才魔術師』といえば誰でもアカツキのことを思い浮かべるだろう。
圧倒的な魔力量。多くの人が風属性のみの魔力しか持たないなか、アカツキは火や水といった珍しい属性まで自在に操ることができた。
「…あぁ、カナメか。まだいたのか」
風呂から出たアカツキはカナメを見て、興味がなさそうに呟いた。
「何がカナメか、まだいたのか、だ!それはいるだろう、心配したんだぞ!」
「…何を心配することがある」
「お!ま!え!は!原因も分からず2年以上も意識がなかったんだぞ!心配するに決まっているだろう!」
アカツキはカナメと共にキーストン家で育った。と言ってもアカツキはキーストン家の者ではない。孤児だった。
アカツキは幼い頃、その豊富な魔力をうまくコントロールできず問題を起こしてばかりいた。そんなアカツキを孤児院は持て余しており、そこへ魔力の多い子供がいると噂を聞きつけたキーストン家が引き取りを申し出たのだ。もちろん孤児院側がその話に飛びついたのは言うまでもない。
年齢も近い二人は自然と兄弟のように育ち、成人すると頭脳明晰さでもってカナメはキーストン家の当主に、アカツキは圧倒的な魔力でもってキーストン領の守護を担った。
そうしてある日のこと、事件は起きた。
アカツキがちょっと寝てくる、とカナメに伝えたきり姿を見せなくなったのだ。
初めの頃は、アカツキのことだ、どうせ自宅で魔力の研究に没頭しているのだろう、と誰も気にも留めなかった。
しかし10日経っても何の音沙汰もなく、聞くと誰もアカツキの姿を見ていないという。不審に思いカナメがキーストン家の敷地内にあるアカツキの住まいを訪ねると、ベッドで寝ているアカツキの姿があった。
声をかけても体をゆすっても目覚める気配のないアカツキの様子に、カナメは慌てて医者を呼んだ。息が止まっているわけでもないし、命の危機に瀕している様子もない。
ただ、何をしても起きる気配がない。
医者も原因がわからず、しばらく様子を見ましょう、と匙を投げた。
この異常な状態を、カナメは黒魔術による呪いが原因ではないかと推測した。何者かによってアカツキが呪いをかけられた、と。そしてアカツキが意識不明に陥る前後に不審な人物と接触していないかを確認し、さらに存在するかもわからない白魔術師まで躍起になって探し始めた。
『黒魔術や白魔術など御伽話でしか聞いたことがない』
『キーストン家の当主まで正気を失ったようだ』
そう言ってカナメの必死な姿を鼻で笑っていた者も、アカツキが目覚めないまま半年が過ぎる頃になるとコロッと態度を変えた。
『天才魔術師が呪いをかけられた』
噂はすぐに広まった。誰が、どうして、どうやってあの天才に呪いを?という強い関心も、アカツキが目覚めぬまま1年が過ぎる頃には薄れてしまった。
原因がわからない。解決策も見つからない。
カナメが何人もの胡散臭い白魔術師を頼っても事態は進展しなかった。
アカツキはもう二度と目覚めない——…と誰もが思った。それは、カナメも例外ではなかった。
しかし、それが今朝、何の前触れもなく、アカツキが目覚めた。
喜びと驚きが入り混じるカナメに対し、当のアカツキは目覚めても以前とまったく変わらぬままの様子だ。むしろ久しぶりに会った分、マイペース振りに拍車がかかっている。
カナメは怪訝な顔をするアカツキをひと睨みしてから、大きく息を吐いた。
「とにかく、今医者を呼んでいるから、その間に何があったのか聞かせてくれ。意識を失う前に不審者を見たり不審なことがあったりしなかったか?何か魔術をかけられたような感覚があったとか?」
「………」
二人のやりとりを困惑した様子で見ていたコハルの前に、カナメの質問を丸っと無視したアカツキが近づいてきた。
「?」
コハルがどうしたのか尋ねようとした瞬間、コハルの前に立ったアカツキが徐に屈み、すっとコハルを横に抱え上げた。
「えっ?!あ、あのっ…??!」
「おい!アカツキ!何をしているんだ!?」
コハルとカナメの慌てる姿を無視し、アカツキはコハルを抱いたままスタスタと窓辺に近づいていく。そうして開け放った窓を前にしてカナメの方へと振り返ると、
「…ちょっとご飯を食べてくる」
そう言ってコハルを横抱きにしたまま、三階の窓からさっと飛び降りた。




