2.マイペースは変わらない
「アカツキが目覚めたというのは本当か?!!」
扉を乱暴に開け、慌ただしく部屋へ入って来たのはカナメ・キーストン。キーストン家の若き当主だ。コハルはシーツを整えていた手を止め、慌ててカナメの前へ出る。
「はい、アカツキ様はお目覚めになられ…」
カナメはコハルの返事を待たずベッドに近づくが、ベッドには誰もいない。
「アカツキがいないぞ!どういうことだ?!」
「あの、ただいまアカツキ様はお風呂に入られておられ…」
「風呂?!あいつは意識が戻ったばかりだろう?!」
「はい、ですが…」
カナメはまたもやコハルの言葉を待つことなく風呂場へ直行し、扉を乱暴に開けた。すると奥で何やらアカツキの声が聞こえたかと思ったら——…
「お前っっっ!!!!!」
と、カナメの怒号が部屋中に響き渡った。
・・・
「現状を把握したい」
そう言ってカナメはコハルの前に立った。先程の慌ただしさとは一変して、腕組みをし、右手の人差し指を軽く自身の腕に打ち付けながら紅い瞳を鋭くコハルに向ける。
カナメは若くして由緒あるキーストン家の当主となった男性だ。コハルの雇用主なのでもちろん面識はあるが、面と向かって会話を交わしたのは一度だけ。使用人として採用された時の、形式的な挨拶のみである。
そして二度目の会話が今、およそ2年ぶりに意識を取り戻した人物——アカツキについての報告である。コハルは緊張した面持ちで口を開いた。
「…さ、先程アカツキ様がお目覚めになりまして、お風呂に入りたいと仰せになられたのでお湯の準備をし、その後カナメ様にお目覚めのご報告を致しました」
「そのようだな」
そう言ってカナメは水音が響く扉をチラッと見た。
アカツキが意識を取り戻したと聞いて急いで向かってみれば、何と風呂に入っているという。何を呑気な、また意識を失ったらどうすると心配したカナメに向かってアカツキが放った第一声が——…
『…お前は人の風呂を覗く趣味があったのか』
あいつ、人の心配を何だと思っているんだ!と再び怒りで叫び出しそうな気持ちをぐっと抑え、カナメは現状把握の続きに努める。
「…どうして風呂の準備より先に私へ報告しに来なかった?それにアカツキは2年以上も意識不明の状態だったんだぞ?体調のことを考え、まず先に医者に診てもらい、医者の許可をもらってから入浴、とは考えなかったのか?」
医学の心得がないコハルとはいえ、長い間意識不明の眠りについていた人物が起きてすぐ動いたり、ましてやお風呂に入るのは如何なものかと流石に想像はついた。
厳しい調子のカナメに緊張を強めつつ、コハルは今朝の様子を思い出しながら慎重に答える。
「カナメ様にアカツキ様がお目覚めになったことをお伝えに行こうとしたのですが、その、先にお風呂に入りたいと仰られまして…」
アカツキの目覚めに驚いて床にへたり込んでしまったコハル。その様子を見てアカツキは柔らかく微笑むと、ゆっくりベッドから降りてコハルの方へ近づいた。
『…驚かせてしまったかな』
そう言うと、コハルの手を取って立ち上がらせてくれた。そしてコハルの手をそっと握ったまま、お風呂に入りたいので準備を頼めるかな、と言われたのだ。
「せめてカナメ様にお目覚めをご報告し、お医者様が来られるまでベッドでお待ちいただくよう申し上げたのですが、もう大丈夫だ、それよりもさっぱりしたいと仰られまして…」
「アイツのマイペースは2年経っても変わらないな…」
カナメは額に手を当て大きく溜息をついた。




