第六話「背負う」
三河の朝は静かだった。
戦の音は消え、人の声が戻り始めている。
だが、その静けさは以前とは違っていた。
どこかに、不安が残っている。
徳川家康は城下を歩いていた。
護衛はいる。
だが距離を取らせている。
人の顔を見るためだった。
視線が合うと、人々は目を伏せる。
恐れではない。
だが、安心でもない。
守られている。
だが、失われたものもある。
その両方を知っている顔だった。
家康は足を止める。
道の端に、一人の子供がいた。
動かない。
ただ、前を見ている。
どこかで見た光景だった。
「……どうした」
声をかける。
子供はすぐには答えない。
少し遅れて、顔を上げる。
「……待ってる」
短い言葉。
「誰をだ」
「父上を」
それ以上は続かない。
家康は黙る。
聞かなくても分かる。
戻らない可能性の方が高い。
だが、それは言わない。
軽い言葉は残らない。
「……ここで待つのか」
子供は頷く。
「動いたら、会えないかもしれないから」
その言葉に、重みがあった。
待つこと。
それは弱さではない。
だが、それだけでは足りない。
家康は膝を折る。
視線を合わせる。
「名は」
「弥吉」
「弥吉」
繰り返す。
覚えるためだった。
「覚えておく」
それだけ言って、立ち上がる。
振り返らない。
だが、その存在は消えない。
背に残る。
城へ戻る道。
家康は考える。
守るとは何か。
崩れないことだけでは足りない。
失わせないこと。
それが必要だ。
城に戻る。
家臣たちが待っている。
「殿」
呼びかけられる。
家康は頷く。
そして、言う。
「この地の者、すべてを守る」
静かだった。
だが、確かに届いた。
その言葉は――
覚悟だった。




