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【完結保証】のけものの幸せな結婚  作者: 絶対完結させるマン
第二章

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意外な場所で意外な遭遇

 「今にも死んじまいそうな顔して。まあこんな話、気分悪いよな。でもな、これが紛れもない真実だ」

 「そんな事情を出会ったばかりの俺に赤裸々に話してよかったのか。お前が生きていることが広まってはまずいのだろう」


 しかも、シキは佐助のことを町奉行所の役人だと勘違いしている。そんな人間にこうもベラベラと——。


 「あ? 言いふらすの? おれのこと」


 ピリッと肌が焼かれるような衝撃が走る。


 部屋の空気が一変した。シキの眼差しは静かに、しかし息が詰まるような殺気を含んだものになる。


 ひっ、と引き攣った声を漏らして楼主が出ていった。


 ちなみに彼はシキの過去を知っていたが、お上に引き渡すよりも自分の店で働かせた方が断然利があるので、通報なんて夢にも思わなかった。


 「あんたの上司におれのことを言うか? ——それは困るなあ。とても困る」


 シキはゆらりと立ち上がる。そうして佐助に一歩近づいて、その顔を凝視した。


 「もしあんたが"そうしよう"と思ってるんなら——おれとしては何とかしないといけないな」

 「俺が今日ここに来ることは、部下たちも知っている。俺を"何とか"した場合、部下たちはすぐにこの店に来るぞ」


 町奉行所の役人が、えなる屋に行くと言ってから行方不明。


 そんな情報が入れば、すぐに魔性討伐軍が動かされる。そんな事態はお前が最も避けたいことではないか?


 佐助の視線から心の声を聞き取ったシキは、ハハハ、とどこか愉快そうに笑う。


 「安心しろ。殺しなんて酷いことはしねーよ。殺人鬼になんかなりたくねーからな。ろくでもないことを考えないように、ちょっと痛い目に遭ってもらうだけだ」


 シキの視線が背後のタンスに向かったので、一体そこに何があるのかと佐助は好奇心が湧く。


 「で、どうなんだ。おれのこと、上司に報告するの? しないの?」

 「しない。する必要がない」


 シキは、殺人鬼になんかなりたくないと言った。


 その言葉は信用できそうだと判断した。シキが敵意を抱いているのは魔性討伐軍のみで、それだって雪辱を果たすために何かしてやろうと企んでいるわけではない。


 「なーんだ! なら後は楽しく飲もう飲もう! おーいサチ! 酒持ってきてくれ!」


 殺気立った顔から、一瞬でニパッと笑顔になったシキ。禿(かむろ)に酒の用意を頼む。


 禿とは、遊女の身の回りの世話や雑用などを行なったりする少女だ。大体幼い子どもがなる。


 「いや、俺は仕事中で——」

 「真面目かよ! ちょっとくらい遊んだってバチは当たんねーって」


 そう言われても、佐助は遊郭での遊び方なんててんでわからないし、仕事中に遊ぶなんて行為への忌避感も強い男だった。


 「西ノ宮様がお越しになりました!」


 一階から楼主の声が聞こえてきたのは、佐助が差し出される盃を拒否している時だった。


 「おお。やったね」


 シキが「悪いね、ちょっと」と言って席を外し、階段を下りていく。その後を佐助もついていく。


 別にそれほど珍しい名字でもない。自分が知っている"あの"西ノ宮でない可能性だって当然ある。そうわかっていたが、佐助はやって来た客の顔を見に店の入り口に向かう。


 「おっさん! 珍しいじゃん、こんな早くから。仕事クビになったのか?」


 シキがおよそ客に対するものとは思えない言葉遣いと共に、裸足で床をペタペタと鳴らす。


 「そんなわけないだろ。今日が何日なのか思い出してみろ」

 「なに、サチを祝いに来たの? わざわざ時間取って?」


 どうやら今日は、禿のサチという少女の誕生日らしい。


 「へえー町奉行所も暇なんだなー。ならちょっと遊んでいっても構いやしないじゃん。な! えーと……名前なんだっけ?」


 シキが振り返って佐助を見たので、自然と西ノ宮の視線も彼に向く。


 「これは意外な人物との出会いだな」


 彼——西ノ宮は佐助を物珍しそうな目で見て言った。


 自分の直感が当たっていたことが判明し、となれば佐助は西ノ宮に向かって頭を下げる。


 西ノ宮孝二郎(こうじろう)。白髪の混じる髪をぴったりとセットし、私服の着物にはシワひとつない。完璧な均衡を保つ七三の前髪に蛇のように鋭い目つきは、やや機械的な印象で、ともすれば冷血漢のように思われがちである。


 この西ノ宮孝二郎、佐助が顔を合わせたことも一度や二度ではない。


 なんせ、町奉行所のトップである"町奉行"である。魔性討伐軍に仕事を依頼する最終的な決定を下す、江戸の治安維持において重要な役割を担う者であった。


 佐助には、統一郎の付き添いで町奉行所に行って西ノ宮と統一郎のやり取りを聞いた経験が、多々あった。


 その時の印象から察したことだが、どうやらこの西ノ宮という男は、統一郎に反感を抱いているようだ。


 一体統一郎の何がそんなに気に入らないのか、理由はわからないのだが——。


 「おい忠犬。まさかお前の上司も吉原に来てるんじゃないだろうな」


 ……いや。反感を抱いている、なんてもんじゃなかった。このお奉行様は、あの方のことをほとんど毛嫌いしているようだ。


 「いえ、俺——私だけです」

 「それは何よりだ」


 西ノ宮が一瞬シキを見る。それで佐助は、西ノ宮もシキの魔性討伐軍嫌いを知っているのだと察した。


 シキが統一郎の姿を見てしまえば一波乱だ。それを心配しての質問でもあったのだろう。


 「まあ、そんなとこで立ち話してないで、上がってきなよ。今、二階でおっさんの部下と飲んでたんだ」


 佐助を町奉行所の役人だと思い込んでいるシキは、佐助と西ノ宮に手招きして、酒宴の続きをしようといそいそと二階に上がっていく。


 シキが二階に上がったのを確かめて、西ノ宮が小声で佐助に言う。


 「おい。お前が魔性討伐軍だということは、絶対にあいつには明かすなよ」

 「心得ております」

 「すると、あの話を聞いたのか」


 佐助が頷いた時「おーい」と上からシキの声。


 「何コソコソ話してんだよ〜。早く上がってこいよ〜」


 西ノ宮に続いて二階に上がると、シキが新しい盃に酒を注いでいた。


 「上司と飲むなんて御免だろうけど、まあたまにはいいじゃねえか。今日くらいは無礼講で」

 「それはお前じゃなくて俺のセリフだと思うんだが?」


 サチに持ってきたらしい誕生日プレゼントを丁重に置いて、西ノ宮は差し出された座布団に腰を下ろす。


 ちなみに誕生日を祝う習慣はこの頃の日本にはなかったはずだが、この西ノ宮孝二郎、禿のサチをほとんど孫娘のように気にかけていて、何かと理由をつけてプレゼントを贈っていた。


 初めてお使いができた日。初めて遊女の着付けを手伝った日。自分で髪を結えた日。


 数々の記念日を作りあげてはサチが喜ぶ物を贈る、いわば初孫可愛がり爺さんのような存在として、えなる屋では有名だった。そんな西ノ宮が"生まれた日"という一大イベントに目をつけないわけがなく。


 『生まれた日記念』としてサチにお菓子を持ってきたのだ。


 ついでに、遊女たち全員に配る用の菓子も持ってきている。


 「なあシキ」

 「なんだよ?」

 「この人の奉行所での役職を知っているのか」

 「ああ、町奉行だろ? いわば組織のいっちゃん偉い奴だ」


 佐助が聞きたいことを察したシキは言う。


 「おれ、このおっさんのことは結構気に入ってるんだぜ? 孝二郎の旦那はさ、例の会議の時に『クロの可能性は低い』っておれたち一族のことを庇うようなことを言ってくれたんだと」

 「魔性討伐軍の局長様に揚げ足を取られてしまったがな」

 「でもその後も、即用人を安心させようとあれやこれや弁舌を振るってくれたんだろ? 会議が終わった後だって、即用人を吉原に誘って二人きりで話そうと試みたわけだし」


 西ノ宮は、会議を終えて自宅に帰ろうとする即用人を引き止め、吉原の中でも超高級店を奢ってやるから、という誘いを餌に、即用人と二人きりになろうとした。


 吉原一の高級店で一晩遊ぶのに目玉が飛び出るほどの遊女との酒宴を約束するのだから、これに釣られないわけがない、と西ノ宮は確信していた。


 酔って遊んでいい気分になってもらったところで、統一郎は過敏すぎる、と改めて進言する予定だった。


 しかし、そうはならなかった。


 「暗い江戸の町を帰っていく即用人に声をかけようと近づいた時に、ふっと意識が途切れてな。次に目が覚めた時には、お天道様が俺の顔を照らしていたよ。それからしばらくの間、後頭部が鈍器で殴りつけられたように痛んでな」


 皮肉っぽい笑いと共に、西ノ宮は佐助の方を見る。


 「魔性討伐軍の局長にこの不思議な話をしたら『町奉行所の前で大胆な通り魔もいたものですね』ときたもんだ! 『そうだな。その物言いと同じくらい大胆だな』と返してやっても、涼しげな顔だ。まったく一度くらいはお美しい顔が歪む瞬間を拝みたいもんだ」


 統一郎の眉一つ動かさずにやり過ごす姿が、佐助の目に浮かぶようだ。


 「おじちゃん!」


 重たくなり始めた空気を、元気いっぱいの幼い声が切り裂いた。


 禿のサチだ。あどけない表情にりんご色のほっぺたをした子どもは、誰が見ても可愛らしい存在だった。


 目をキラキラと輝かせて西ノ宮の膝に突進する。


 「今日も贈り物ありがとうー!」

 「朝からずーっとソワソワしてたもんな、サチ」


 シキの雰囲気が途端に柔らかいものになり、西ノ宮の蛇のような目にも、あたたかな色が灯る。


 彼を知らない者が見たら気づかないほどの変化だったが、佐助は「この人こんな顔できるのか」と思わず西ノ宮をまじまじ見てしまった。


 「なんだ。鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしおって」

 「あ、いえ……」

 「仕事中にこんな顔するわけなかろう。愉快なことより不愉快なことの方が圧倒的に多いからな!」

 「愉快なことのが多い仕事なんてそうそうあるかよ。まあ、おっさんくらいの立場だと色々苦労も多そうだよな」


 その時、サチが西ノ宮の後ろに回って頭部をじっと観察し始めたので、佐助はどうしたのかと思う。


 「おじちゃん、この前来た時より白髪増えてるよー」

 「そうか。まったく嬉しくない報告ご苦労」

 「たかが一ヶ月でそんなに変化あるとかまずいだろ」

 「何せ心労の絶えない職場なんでな」


 三人の会話を見ている佐助は、まるで家族のように親しげで和やかなそれに、自分一人場違い感を覚えて帰りたくなる。


 「じゃあ俺は失礼します」


 そう言って退室しようとした時——。


 「あら? もう帰ってしまうの?」


 かぐわしい花のような香りが鼻をくすぐり振り返ると、部屋の入り口に気品と華やかさを備えたとびきりの美女が立って佐助を見ていた。


 シキがギラギラと輝く黄金だとすれば、彼女はミルクのような、とでも言おうか。柔らかな乳白色の長髪を後ろで一本に纏めていて、毛の流れはふんわり波打っている。


 外見と同様にふわふわした雰囲気を纏っており、豊満な体つき——端的に言えばボンキュッボンの美女だった。女にしては珍しい長身で、170近い背丈なのに威圧感というものが皆無だ。どこか聖母のような大らかさすら感じる。


 「紅気(こうき)花魁だよ。このえなる屋では、おれと一、二を争う人気者」

 「花魁がいるのか。この店に?」

 「端っこにある店で、花魁に相応しいとは思えないでしょう。でもあやかしである以上、基本的にえなる屋以外では働けないから」


 そうは言っても、当然花魁なので待遇は他の遊女とは違う。


 「おれだって花魁に入るんだぜ。紅気と比べると花魁っぽいしとやかさの欠片もねーけどな」

 「ふふ、シキはそのままでいいわよ」


 口に手を当てて上品に笑う紅気。シキに慈愛の眼差しとでもいうようなあたたかな目を向けている。


 彼女は三年前からえなる屋にいて、後輩であるシキに何かと目をかけている。


 佐助が腰を上げると、シキが唇を尖らせる。


 「なんだよー。もう少しゆっくりしてけばいいのによー」

 「いや、仕事中だから……」


 佐助は一同に軽く頭を下げると、最後に西ノ宮の顔を見た。


 いつも眉間に皺の寄っている渋面しか見てこなかったから、幼い子どもの頭を撫でるその柔らかい表情に、佐助は急に親しみやすさを覚えた。


 あとあれほどあの方を嫌っているとはな……。


 統一郎への悪態をつく際、あからさまに饒舌になった西ノ宮を見ている間、佐助は実に気まずい思いだった。


 あの人ならそのくらいのことはする。目的のためなら。


 彼のその容赦のなさが、混沌とした江戸において時に恐ろしく時に頼もしくもあった。

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