幸せな操り人形と舞台裏を知ってしまった男
永爽小春は11歳の時に家族全員を惨殺された。
その犯人こそが鬼頭統一郎である。
永爽家は、魔性の者を操り使役する一族の特殊能力を持ってして、国家転覆計画を成し遂げようとしていた。
お尋ね者である殺人鬼を匿って最強の戦闘集団を作り、それを江戸中に解き放って市民を恐慌に陥れるつもりだった。そしてその混乱に乗じて、天皇を拉致して自分たち一族を江戸の最高権力者にするという恐るべき計画を立てていた。
それをすんでのところで止めたのが、統一郎率いる魔性討伐軍だった。
統一郎は永爽家に乗り込み、応戦しようとしてくる永爽家の者をことごとく斬り伏せていった。歯向かってくるようなら殺して構わないとお上から言われていたからだ。
ちなみに小春はその日、東雲家に遊びに行っていて家にはいなかった。
翌日。早い時間に帰ってきた小春が目にしたのは、変わり果てた家族の姿と、あちこちに飛び散った血しぶきと臓物と体の一部。
あまりに凄惨な光景を目にした小春は、ショックに耐え切れずに失神した。
永爽家の陰謀は公には発表されず、一族を殺したのは殺人鬼の仕業だということに表向きはなった。
その後小春は東雲家に引き取られたが、統一郎は小春が東雲家に引き取られてすぐに東雲家の当主にこんなことを言った。
小春のことを死なない程度に虐げて育ててほしい。家中から彼女の味方をなくして孤立させること。頼れる存在も希望も見えない、心中暗澹とした気分になるよう骨を折ってくれ。
小春をそのように扱えば、金銭的な援助をしてやると。
東雲家の当主は、小春一人が犠牲になるだけで家計が潤うならば、と統一郎の言葉に同意した。
そうして、家中の者たちに小春を差別するように言い渡したのだ。使用人にも酷い態度を徹底させた。
東雲家の人たちは、すべて統一郎の命令通りに小春を虐めて、惨めな生活を送らせてきた。
東雲家の当主は、時折統一郎に小春の様子を報告した。報告のための面会のたびに、彼は統一郎から金銭を受け取っていた。
二人の良好な契約関係にヒビが入ったのは、小春が16歳の時。東雲家の当主が勝手に小春を別の男に嫁がせようとしていたことを、統一郎が知ったからだった。
小春を虐めろという命令から、統一郎は小春を嫌っているのだと思っていた東雲家の当主だが、実際は違っていた。
統一郎の望みは、小春の心を手に入れることだ。
すべてはやがて訪れる日のための伏線だった。小春を酷い境遇から華々しく救い出して、彼女の《《英雄》》になる日のための——。
すべては小春の心に鬼頭統一郎という存在を最も良く印象づけ、統一郎に深い感謝の念と好意を抱かせるという計画を成すため。そのための五年間だった。
そのためだけに、小春は地獄の五年間を過ごしてきたのだ。
統一郎の目論見通り、小春にとって彼は夢も希望もない暮らしの中に突如現れた唯一の光となった。
彼女は統一郎のことをなんて心優しい人だろう、とありがたく思っている。
彼こそが自分を地獄に突き落とした張本人とは知らずに、好感を抱いている。
統一郎の右腕である佐助は、彼が永爽家の娘に執着していることだけはなんとなく知っていたが、まさかこれほど酷い仕打ちをしているとは思っていなかった。
統一郎が東雲家の当主を殺す間際にようやく全ての事情を知り、驚愕に打ちのめされた。
実は佐助、幼い頃に小春に会っている。迷子になっていた佐助に小春が声をかけて助けたことがきっかけで、一緒に話したり遊んだりするようになった。ほんの一週間程度の短い期間ではあったが、6歳と4歳の二人は友達と呼んでいい親密さだった。
当時6歳だった佐助には、小春との楽しくあたたかさに満ちたひとときだけが心の支えだった。一方で小春の脳裏には朧げな記憶しかないのだが。
今でもあの当時小春と笑って過ごした時間は、佐助の中で清らかで美しい思い出として大切に残っている。
汚辱にまみれた辛い人生をずっと灯してくれていた初恋の人。
その人が自身の上司によって地獄に堕とされ、今現在もそうとは知らずに人生を支配されている。
小春が永爽家の娘だったとは知らなかった佐助は、自分たち魔性討伐軍が小春の家族にしたことを彼女が知れば……そんなことを考えて、出口のない暗闇に迷い込んだような気分になった。
彼女は何も知らない。
自分の家族が恐ろしい虐殺計画を企てていたことを。
自分の人生が他人に支配されたものだということを。
自分を救ってくれた恩人が、家族の仇であり自分を地獄に突き落とした張本人だということを。
隠している秘密の重さに、こんなことを隠しているという罪悪感に、小春の前に跪いて一切合切を吐き出してしまいたいと佐助が思ったことは、一度や二度ではない。
しかし、そんな衝動が湧き起こるたびに統一郎のセリフが脳内に響くのだった。
『知らぬが仏というだろう』
真実を知ってしまったら、彼女はどうなる?
深い悲しみの淵に突き落とされるだろう。これ以上ない絶望の底へと沈んでいくだろう。そして、一生そこから這い上がれないかもしれない。
統一郎は優しい。その優しさの背後にどんなに暗いものがあろうとも、小春に安心と豊かな生活を提供している事実は揺るがない。
小春にとって統一郎は、地獄から拾い上げてくれた救世主なのだ。たとえその地獄が統一郎によって創られたものであっても。
真実を告げられれば、小春は当然統一郎のもとを離れたいと思うはずだ。しかし、統一郎のもとを離れたところで、彼女には頼れる人も行く当てもない。どう足掻いてもろくな未来が待ち構えていないのは明白だった。
そう思えば、『くれぐれも余計なお節介をしようなどといらぬ気を働かせるなよ』という統一郎の言葉が佐助には正しく感じてくるのだった。
彼女を救えるわけでもないのに、残酷な真実を突きつけるなんて無責任だと。そんなことをしても、ただ自分が楽になれるだけだと。
彼女のためを思うなら、自分にできることは統一郎が作り出した劇場で、余計なことは何も知らずに幸せそうに操られる小春を静観するのみではないか——。
統一郎を裏切ることができない佐助には、そんなふうに思えてしまうのだ。
自分の無力さを痛感しながら、かといってどうすればいいのかわからない佐助は、ただ胸中に複雑な感情を降り積もらせる。
佐助という男は、初恋の人である小春と恩人である統一郎に板挟みにされている真っ最中なのだ。
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