第179話 燃え付き、ラーヌスの火種
その頃、レナタの体内。
陽太が再び目を開けると、体は粘膜状の細胞に包まれていた。
乾きかけたゼリーのような組織液。
両手両足は大の字に引き伸ばされ、肉壁から生えた触手に縛られている。
「……捕まったのか」
触手から分泌される液体は、強い消毒作用を持っていた。
普通の生物なら溶けてしまう強酸だ。
実際、近くに絡め取られていた異物は、数秒で溶解していく。
陽太はそれを見て呟いた。
「……この臓器、僕を溶かそうとしているのか」
しかし陽太の肉体は、超強酸すら通さない。
力を込めて触手を引きちぎろうとする。
その瞬間、体温が再び上昇し始めた。
しかも、等比級数のような勢いで上昇していく。
触手と粘膜が、熱に耐えきれず燃え始めた。
「……こんなところで終わるわけにはいかない。
僕がレナタを倒さないと……!」
体温はさらに上がる。
全身がオレンジ色の光に染まり、裂け目のようにプラズマが噴き出す。
肉壁から新たな触手が生え、何重にも巻き付いてくる。
まるで巨大な包帯に包まれるようだった。
しかし、陽太の体温は、すでに2000度を超えていた。
触手はすべて燃え落ちる。
「しっかりしろ……日野陽太……!ここで終わったら、また多くの人が死ぬ!」
強く目を閉じた陽太の脳裏に、様々な人々の想いが断片のようにフラッシュバックする。
生物制御ミサイルの開発に徹夜で取り組んでいた科研所の研究チーム。
そして今、プロメテウス号を操り戦場を飛び回る瑤妤姉さんの真剣な横顔。
沖田隊長とウィクトーリアの仲間たち。さらに、つい最近知り合ったばかりのヤングエイジェントの仲間たちが命懸けで戦う姿。
今もなおコンサートを続けている赤星実瀬。フェアリーズのメンバーたちが、命を懸けてステージで歌い続けている。
通っている虎本道場の景色も脳裏に浮かぶ。
厳しくも真っ直ぐに技を教えてくれた桐哉コーチの声。
その傍らで、いつも優しく励ましてくれた緋緒璃の穏やかな微笑み。
対策本部では、剣崎部長と要員たちが今この瞬間も作戦を見守っている。
さらに、渋谷屯駐拠点周辺で甚大な被害を受けた街。
特務隊、消防、救助マシン、そして民間の協力者たちが必死に人命救助を続けている。
そして――自分の帰りを待っている妹、陽菜。
あの夜、兄妹で作戦を語り合った記憶。
シャドマイラの事故で命を落とした父・辰昭と、母・黛璃の面影。
陽太の拳が震える。
「……みんな……」
押し寄せる記憶の中で、胸の奥に燃えるものがあった。
「みんな……戦ってるじゃないか……」
歯を食いしばる。
「誰一人、諦めてない……」
呼吸が荒くなる。
「だったら――」
握った拳に力がこもる。
「僕だけが、ここで止まるわけにはいかないだろ……!!」
胸の奥で、何かが弾けた。
「僕は……!」
陽太は叫ぶ。
「日野陽太だ!!」
「みんなを守るって決めたんだ!!」
「この程度で終わるわけないだろおおおおお!!!!」
その瞬間、陽太の体温が、限界を突破するように跳ね上がった。
3000度。
5000度。
そして――8000度。
歯を食いしばる陽太の顔が、頬までオレンジ色に染まる。
肌に走る裂け目のような痕から、灼熱のプラズマが噴き出した。
まるで体そのものが恒星になったかのようだった。
陽太は目を見開く。
「レナタァァァァッ!!」
「ここで終わりだあああああああ!!!!」
その叫びとともに――
爆発的なプラズマが解き放たれた。
超高圧プラズマが爆発的に解放され、内部空間が白光に包まれる。
外では。
レナタが空へ首を伸ばし、絶叫した。
――キャアアアアアオオオ!!
体内から噴き出したプラズマが、三つのコアを含むすべての臓器を焼き尽くす。
巨大な身体に無数の裂け目が走る。
そこからプラズマ光が溢れ出す。
そして、レナタの巨体は衝撃に耐えきれず爆散した。
数百メートルの火球となって空へ燃え上がり、衝撃波が空島を震わせる。
その爆発を見て、陽菜が叫んだ。
「お兄ちゃん!!」
対策本部の大型モニターには、特大のキノコ雲が映し出されていた。
その瞬間、室内は水を打ったように静まり返る。
爆発の閃光を見つめながら、剣崎部長は険しい表情のまま、
じっと画面を見据えていた。
数十秒が過ぎたころ、
暁音が緊張を含んだ声で報告する。
「爆発により、レナタの反応が完全に消滅しました!」
現場の要員たちが歓声を上げた。
「「「やったーー!!」」」
颯斗が満面の笑みを浮かべる。
ルベライトも静かに微笑んだ。
「予想通り、今件は、若い子たちの勝利ですね」
一時的に戦域を離脱したプロメテウス号とガニメデ号は、高度1000メートルの空域に浮かび、下方の状況を見下ろしていた。
統が目を見開き、驚きを隠せない声で言う。
「今の爆発……まさか、日野くんがやったのか!?」
心桜もまた、信じられないものを見るように呟く。
「日野さんが……生身のままで、あれほどのエネルギーを一瞬で放てるんですか?」
胸の奥に重石が落ちたような安堵を感じながら、万璃愛が続ける。
「……とにかく、今の一撃でレナタは完全に倒されたはずよね」
確かに、レナタは消滅した。
だが、その後、陽太の姿がどこにも見えない。
その事実に気づいた瞬間、陽菜の胸に冷たい不安が広がった。
身体が小さく震え、思わず目尻に涙が滲む。
「……お兄ちゃん、どこ……?」
爆煙の向こうには、まだ何も見えない。
空を漂う残光だけが、静かに揺れていた。
その直後。
爆煙の中から、一つの光が飛び出した。
「爆発地点から二百メートル上空に生体反応、二つ!」
カメラがズームする。
白いスーツを着た女性が、意識を失った陽太を抱えて飛んでいた。
長い白髪が風に揺れる。
胸のエネルギーストーンが輝き、背中のブースターが粒子を噴射する。
真夢が叫んだ。
「あっ……この人、前にカフェで夜景を見ていた女性!」
「間違いない……日野くんだ」
陽菜は涙を流して笑った。
「よかった……お兄ちゃん……」
糸世は静かに微笑む。
(やっぱりシルヴィアさんがいれば、綺麗に収まるのね)
純一も安堵の笑みを浮かべた。
「よくやった」
女性は眠る陽太を見つめ、優しく言う。
「よく頑張ったわ、愛しい子」
そして呟いた。
「ヒイズル州の守りに、新しい柱が立ったわね」
二人はガニメデ号の吸引光線に包まれ、回収された。
その一方、 赤城山の研究所では、支援実行部の要員たちが歓声を上げていた。
作戦成功の報告に、安堵と喜びの声が広がる。
しかし、その喧騒の中でただ一人、静かにモニターを見つめ続けている人物がいた。
キュフィネだ。
彼女は、レナタが爆散した瞬間に拡散したプラズマ流を、食い入るように見つめていた。
モニターには、通常の爆発ではあり得ない軌跡、太陽フレアに似たプラズマの螺旋が、確かに記録されていた。そんな現象は宇宙にも送り出した。
その瞳には、激しく揺れる感情の光が宿っている。
だが、表情は静かなままだ。
やがて彼女は、小さく息を吐き、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
「この瞬間に、地球へ撒いた《《ラーヌスの火種》》が、芽吹いたというのか……」
それが意味するものは何か。
それは、太陽系に災厄の角笛を鳴らす出来事なのか。
それとも、新たな幸福を導く花火となるのか。
銀河系の未来に、どのような波紋を広げていくのか。
その行く末を、キュフィネは静かに見据えていた。




