第142話 挫折から、兄妹の作戦語り合い ②
短めの入浴を終え、自室に戻った陽太は椅子に座り、ヴァリテリオン星の観測データをぼんやり眺めていた。
広大なアクアリウムでも見ているかのような静けさ、しかし、その視線の奥に安らぎはなかった。
トントン、と扉がノックされる。
「……入っていいよ」
陽菜がそっとドアを開け、お皿を持って入ってくる。
その上には湯気の立つお茶と、カラフルなマカロンが六つ、キャラメルポップコーン。
「映画のつまみ、そのまま持ってきた」
「……ありがとう」
陽菜はお皿を机に置き、そのままベッドへぽすんと座り込む。
「で?何があったの?」
「べつに……」
「べつにで済む顔じゃないよ。悩みがあるなら話すって約束したでしょ?ばか兄ちゃん!」
「……キングピーファピュトンに逃げられた。僕のミスで……被害と犠牲を増やした」
陽太の声は震えていた。
「やっぱり……。でもね、お兄ちゃん。戦闘って、つい最近訓練始めたばっかりじゃん。実戦経験も少ない。それに……お兄ちゃん、そもそもケンカが好きじゃないし」
陽太は両手で頭を抱え泣き声をあげる。
「分かってる……でも、倒せなかったんだ!
今、どこかで誰かが被害にあってるかもしれない。
またどこかを襲うかもしれない。
僕の不出来のせいで、もっと……もっと死んだり傷ついたり……
そう思うと、自分を許せない……!」
陽菜は胸がぎゅっとなった。
兄はいつも自分の責任だと背負い込んでしまう。それが良く知っている陽菜は訊ねる。
「不出来って誰かに言われたの?」
陽太は小さく首を振る。
「言われてない……でも、僕が失敗したのは事実だから」
「……ほんと、お兄ちゃんは優しすぎるよ。でも、いつまでも沈んでていいの? 次、また戦うんだよ?」
「……それは、そうだけど」
「キングピーファピュトンって、どんな相手なの? 今日の戦い、全部教えて」
陽太は、今日の戦闘で分かったこと、キングピーファピュトンの外見、能力、再生核、影を使った移動、戦闘の流れ、そのすべてを話した。
陽菜はサニーオン君のクッションをぎゅっと抱きしめ、じっと話を聞いている。
「そっか……でも何て、プロメテウス号は、追いかけなかったんだ?」
「僕も提案したけど……瑤妤お姉さんに却下された。
特別指示がない遠征はダメだって。
影に潜って逃げるから、追いかけても体力と時間を消耗するだけ……だそうだ」
『リーフ・フォース・ターミネーター』を遊び込んできた経験から、陽菜はよく理解していた。
作戦指揮官が定めた任務目標と作戦方針に従い、それを確実に遂行する。
それが組織戦の基本であり、もっとも安全で合理的なやり方だということを。
けれど同時に、彼女は思う。
あまりにも型にはまりすぎた組織の動きは、時として状況の変化についていけなくなる。
「……融通きかなすぎでしょ」
思わず小さく、ため息交じりに呟いた。
理屈は分かる。正しい判断だとも思う。
それでも、現場で起きている今この瞬間に対応しきれないやり方に、陽菜はどこかもどかしさを覚えていた。
ヤングエイジェントである自分を意識する陽太は肩を竦める。
「うん」
少し間を置いて、陽菜が探るように続ける。
「そうか、これは世界規模のモグラ叩きゲームみたいね……」
「そんな感じ」
「影に潜って、まるで瞬間移動みたいな能力……。
しかも、核を壊さないと再生するとか……完全に反則じゃん」
陽菜が呆れたように吐き捨てる。
「それがシャドマイラの生物慣習なんだ。
同時に、退治するうえでの最大の難点でもある」
陽太は静かに頷きながら答えた。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
陽菜はクッションをぎゅっと握りしめ、ひらめいたように言った。
「ドラファイオン戦法って……使えないかな?」
「ドラファイオン?リーフ・フォース・ターミネーターの世界で、あの惑星サイズのやつ……?」
「そう。外から攻撃しても効かないから、内部から破壊した戦法。
キングピーファピュトンも同じじゃない?
外からビリーさんの電撃撃っても核壊れないなら……中から突き刺すとか」
「いや、それ……むちゃくちゃ……」
「でも、お兄ちゃん、全身を超高温で覆えるでしょ?あれで突っ込んだら、何でも溶けるじゃん」
陽太は想像し、眉をひそめた。
「……血なまぐさい戦い方は、あまり好きじゃないけれど……」
「でもさ、確実に倒せる戦法じゃないと無理だよ。
生き物は死ぬと分かったら全力で暴れる。
ましてシャドマイラなら、なおさら」
「……確かに」
「それに、前にゴラーテルトン倒した時も接近戦だったじゃん?」
「うん……次は、もっと確実に倒さないと」
陽菜はもうひとつ気になる点を思い出した。
「ねぇ、お兄ちゃん。キングピーファピュトンって好みは?」
「好み……?通信サーバー会社、ネット漬けの人、魚と牛と鶏……よく分からない」
「紅さんは嫉妬がキーワードって言ってたんだよね?」
「うん。タレント・アイドルのネット炎上事件と関わる、でも広すぎて特定できない……」
「嫉妬にタレント・アイドル要素、これって……実瀬さん、危ないんじゃない?
……デビューコンサート会場が、襲われるかもしれない?」
あまりにも唐突な結論に、陽太は思考が追いつかず、思わず聞き返した。
「えっ、なんでそうなるんだ?」
最初から陽太も気になったが、襲われたのはアイドルを嫉妬する方と思ったから、彼女が狙われる対象外により、フェアリーズ自体から注意を解けた。
「お兄ちゃん、最近赤星さんのチャンネル、見てないでしょ?」
陽菜は当然のように言った。
「赤星さんが出てるパフォーマンスのコンセプト被り疑惑が、今ちょっと炎上してるらしいよ」
シャドマイラの討伐ばかりに意識を向けていた陽太は、実瀬やフェアリーズの動向をほとんど追えていなかった。陽太は目を丸くになって言う。
「えっ……赤星さんが、そんなことに?」
「どうやら、話題を引っ張り出してる相手は、フェアリーズプロのオーディション最終ステージで直接対決したライバルみたいよ」
陽菜はMPディバイスを操作し、二つのチャンネルを並べて表示する。
赤星実瀬と、氷川瑠織。
それぞれの映像作品の下には、悪意を含んだコメントがいくつも並んでいた。
「じゃあ……狙われる可能性が高いのは、この氷川瑠織ってチャンネルパフォーマーなのか?」
「それも一つの可能性。でもね」
陽菜は画面を切り替え、まとめ掲示板を開く。
「炎上を煽ってるのは、別の第三者っぽい。
氷川のコメントを切り取って、偽造映像を付けて拡散してる人が一番怪しいよ」
「でもさ……そこって、ファンが集まる場所だろ?
嫉妬してる人が、わざわざコンサート会場に来るか?
嫌いなら、近づかないんじゃないか?」
「ファンだけとは限らないよ」
陽菜は、少し声を落として言った。
「アイドル自身が、問題の引き金になることもある」
「……そうなのか?」
陽太は、正直ピンと来ていなかった。
アイドルの裏事情や人間関係など、これまで考えたこともなかった。
ただ、輝くステージで歌い踊る姿が好きで、純粋に憧れていただけだ。
「アイドルの世界って、見た目以上に競争が激しいの。
みちゃんも言ってた。炎上の火種を作るのは、ファンより同じフェアリー同士の
可能性が高いって」
「でも……証拠はないんだろ?あくまで憶測じゃないか。
エアーリアルズのメンバーだって、インタビュー番組では、あんなに仲良さそうだったし」
「それは表向きの仮面かもしれないよ」
陽菜は淡々と続ける。
「仲良く見えても、裏では違う関係ってこと、普通にある。
内輪では問題なくても、そう思わない人が一人でもいたら……。
今回の炎上は、エアーリアルズのクイーンはイレアナの赤星実瀬だと認めない誰かが仕掛けた可能性もある」
「……赤星さん、そんなシビアな世界を挑んでいるのか」
陽太は思わず息を吐いた。
「それで……キングピーファピュトンの好みを考えると、まさか……」
「そう」
陽菜ははっきり頷く。
「もしキングピーファピュトンがコンサート会場を狙うなら、ステージに集中する、その一瞬が、いちばん美味しいタイミングでしょ?」
陽菜は、自分の立てた仮説を確信めいた口調で語る。
「なるほど……」
陽太はその構図を頭の中で噛み砕き、苦笑交じりに言った。
「つまり、フェアリーズのステージが蝉で、
キングピーファピュトンはそれを狙うカマキリ。
そして僕はそのカマキリを仕留める雀ってわけか」
だが――
証拠は、まだ何一つない。
あるのは直感と、噂話に近い人間関係の影。
こんな推測を、対策本部が正式な作戦として採用するとは思えない。
それに、紅糸世が示した予言も不確定要素が多い。
シャドマイラは注目されるほど出現位置がずれ、タイミングが狂い、別の場所に現れる可能性もある。
――それでも。
今度こそ、キングピーファピュトンを確実に仕留めたい。
陽太は、妹と整理した考えを胸に刻み、決意を口にした。
「……赤星さんのデビューコンサートだ。
だったら、僕が守る。必ず、彼女のステージを守ってみせる」
曇っていた表情が、一気に晴れる。
再び前を向いた兄の姿を見て、陽菜はほっとしたように笑い、
からかうように言った。
「やっといつものお兄ちゃんだね。
今の言葉、赤星さんが聞いたら、泣いちゃうかもよ?
ああ〜、赤星さんって、ほんと幸せ者」
「そうだ、陽菜。あの日のコンサートの件だけど……僕、考えがある」
「なに?」
陽太は眉を寄せ、真剣な表情で続ける。
「もし会場にキングピーファピュトンが現れた場合に備えて、予定を変更したい。
……前に約束してたよな?」
「?」
「買い物。付き合ってくれないか」
こうして二人は、深夜二時を回るまで、キングピーファピュトンを倒し、赤星実瀬のステージを守るための兄妹作戦会議を続けた。




