第141話 挫折から、兄妹の作戦語り合い ①
その夜、日付が変わって、深夜0時すぎ。
UCBDのパトロールマシンが、日野家の来客用スペースにふわりと着陸した。
サイレンもなく、光も抑えた静かなモード。ドアだけが低い音を立てて開く。
「家まで送ってもらって、すみません」
陽太がぺこりと頭を下げると、操縦席から降りた男性エージェントが、少しおどけた口調で笑った。
「気にするなよ。こっちはマシン飛ばしてただけだし。
それより日野くん。本当に今日はお疲れさま。
君のおかげで、生きて戻ってこられた人間がたくさんいる。誇っていい」
褒められて、陽太は思わず視線をそらす。
「いえ……専門の方々の的確な指示があったからです。搬送された皆さんが助かれば、それで十分です」
「助かるさ。俺たちの仕事は命を繋ぐところまで。
治療は専門家に任せればいい」
「……怪我を治せる異能者の人たちですよね」
「そう。そういえば、チーム・ウィクトーリアの新米ヤングエージェントさん、君今後の活躍、期待しているよ」
「はい。ありがとうございました。お疲れさまでした」
言って一礼し、マシンを降りる。
ドアが閉まると、機体は再び静かに浮上し、ネオ東京の夜空へと消えていった。
その光が雲の向こうに隠れていくのを見送りながら、陽太はふぅっと長い息を吐く。
キングピーファピュトンが姿を消したあと、プロメテウス号はしばらくネオ東京上空を旋回していた。だが、時間が経つにつれ、奴は海外州郡へ移動したらしい、という情報が入る。
ネオ東京に戻ってくる確率は、しばらく低い、そう判断した瑤妤たちは、
一度赤城山研究所への帰投を決めた。
陽太は足立エリアで降ろされ、そのまま地上の救助活動に加わった。
瓦礫の山。崩れたビル。歪んだ鉄骨。
そんな中で、ビリーと合流した陽太は、破壊された区画で救助活動に携わって、
現地の異能者たちと共に被災者の救助にあたった。
陽太にはエネルギー源が見える。生命探知器がなくても、生きている人がどこに埋まっているかすぐ分かった。
さらに、トンネルボーリングマシンを抱えて運べるほどの筋力。
重い鉄骨も、コンクリートの塊も、彼にとってはただの軽い物に過ぎない。
丁寧だが迅速な救助作業。
消防救助隊からの指示をを受け、陽太とビリーはわずか数秒で閉じ込められた住民を次々と救い出していった。だが、夜半になってもネオ東京に影は落ちず、救助対象者も全員救出。救助隊の撤収命令が出され、ようやく現場を離れることになった。
ビリーは「今日は友達の家に泊まる」と言い、陽太も誘われた。
けれど、見知らぬ家に泊まるという発想がまったくない陽太は、強い抵抗感を覚えた。
「ごめん。陽菜が待ってるし……今日は家に帰るよ」
そう告げると、現場にいたUCBDエージェントが「送ります」と申し出てくれた。どうやら、どこかの上層部から「特別に送れ」と指示が出ていたらしい。
なぜそこまでされるのか、陽太自分ではよく分からない。
けれど彼は、上からの指示を素直に甘えることにした。
*
玄関の自動センサーが反応し、灯りがぽっと点る。
「ただいま……」
リビングは暗い。みんなもう寝たのだろうと思ったそのとき、暗がりから小さな影が現れた。
「お兄ちゃん、おかえり」
「陽菜……起きてたのか」
「うん。お兄ちゃんの帰り、待ってた。瑤妤お姉さんから聞いたよ。東京で支援してたって」
「……そう」
「どうなったの?」
真正面からの問いに、陽太は少しだけ目をそらす。
「……逃げられたよ。三上さんたちは?」
「みんなリビングで映画見てる。
お兄ちゃん、ご飯は?」
「救助隊の人たちと一緒に、インスタントカレー食べた」
「パスタ残ってるけど、食べる?」
「……今は、あまり食べたくない」
「そっか。じゃあ、一緒に映画見る?」
「ううん。……部屋に戻る。
先にお風呂入ってくるよ」
服についた土と埃、血の跡を見て、陽菜はうなずく。
「分かった。お風呂もう入れるよ。あとで夜食持っていくね」
「……ありがと」
陽太は背中を少し丸めたまま、重い足取りで階段を上っていった。
「お兄ちゃん……」
階段の方を見上げながら、陽菜は小さく呟く。
陽太には、昔から悪い癖がある。
ひどく落ち込んだ時、誰にも頼れず、一人で全部抱え込んでしまう。
何処か広い場所をうろうろしたり、部屋に引きこもったり。
自分なりの答えを見つけるまで、誰が何を言っても聞かない。
だから、どこまでが外傷で、どこからが心の傷なのか、
陽菜にはよく分かっていた。




