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第114話 報告と相談、事件の匂いを嗅き追い ②

 陽太はエアーチャリンコを近所の駐輪スペースに停めると、約束していた喫茶店へ向かった。

 その姿を、少し離れた通りの陰からひとり見つめている影があり、蛇塚灯翠だった。

 彼女は通行人の目に映らぬよう気配を完全に消し、ただ静かに様子をうかがっていた。

 店内に入ると、すでに瀧生が席を取って待っていた。


「井口先輩、もう来ていたんですか?」

「ああ。近くを見回っていたが、ちょうど時間になったからな。少し休憩がてらに。さぁ、座れよ。何か飲むか?」

「アイスコーヒーで大丈夫です」

「了解」


 やがて、ちょっと交代した店員が二人分の飲み物を運んできた。


「ご注文のアイスコーヒーと、アイスラテです」


 馴染みがある甲高い声を聞いた瞬間、ふっと彼女の顔を見合わせると陽太は思わず目を丸くする。

「豊城先輩?」

「えっ、陽太くん!?」


 ウェイター風の黒い制服に身を包み、長い髪をポニーテールにまとめた冴姫は、予想外の再会にややうろたえた様子だった。


「先輩、ここでバイトしてるんですか?」

「う、うん……屋久島で天文観測の合宿があってさ、旅費で財布が空になっちゃって、今はバリバリ働いてるんだ」

「なるほど……」


「しかも午前、午後、夜の三本立てた」


「そ、それは大変ですね。夏休みなのに……」


 いつも彼女の金の使い方を見て、貧乏になるのは想像できる。陽太が気の毒そうに言うと、冴姫は苦笑して肩をすくめた。


「個人財政が、かなりピンチなのよ」


 そのやり取りを聞いていた瀧生が口を開く。


「日野。彼女に聞きたいこと、他にもあるだろ?」

 陽太は首を傾ける。

「え?他って何ですか……?」

「お嬢さん。先日、シャドマイラに襲われただろ?病院に搬送されたって聞いたが、もう平気か?」

 思いがけない質問に、冴姫は目を瞬かせた。


「ああ、その件ですね。確かにあの怪物に襲われましたけど、軽傷で済みました。UCBD(クーリーバ)の方が言っていました。近くの学校のジャスティスキーパーが現場に協力したって。まさか、お二人だったんですか?」


「そうだ」


「お名前は?」


「俺の名は井口瀧生。お前は無事でよかったな。豊城さん」


親指で自らに指す瀧生の言葉は明るく、まっすぐに言った。


――先輩は自分の事をアピールしたいか。


 その横顔を見ながら、陽太はと苦笑いを浮かべた。


「ありがとうございます。……陽太くんも、異能者だったんか、それはちょっとしたスクープだよね?」


「ええと、それは……」


 どこから説明していいか分からず、陽太は曖昧に笑った。

 話が雑談に流れかけたその時、ドアの鈴がチリンと鳴る。


「おっと、お客さんが入った。行かないと!お二人はどうぞゆっくりしてね」


 冴姫は慌ててメニューを手に取り、営業スマイルを浮かべて出迎えた。

 声は控えめに、動きは丁寧。意外に彼女が接客に慣れているのがよく分かった。


「襲われて三日も経たないのに、もうバイトに平気にしたとは彼女はタフな子だな。普通ならしばらく安静にしてるはずだ」


「ええ、豊城先輩は男勝り人ですから。でも、本当に無事でよかったですね」


 そう言って笑う陽太の横顔に、瀧生はどこか違和感を覚えた。両親を失った悲しみを抱えながらも、明るく振る舞う。世間に知られたくない、内気な容態も一変した。その変化の裏にある強さを、彼は静かに見つめていた。


「そうだな。お前は、最近何か変わったことはあったか?」


 陽太は首を頷いて正直に言う。


「はい。実は、UCBDのヤングエイジェントに志願書を出しました。」


「そちらが審査を受ける前に、組織関係者三人の推薦書がないと高い門だろ?」


「はい、追先に3人の推薦を得られました」


 瀧生は軽く口角を上げるて言う。


「なるほど。異能者としてお前は運がいいな」

「僕が……運ですか?」


「ああ。突然異能に目覚めて家族に受け入れられた。力を鍛えるために直ぐに

名門道場に弟子入りし、今度はUCBDから三人の推薦を受けた。そんな“恵まれた異能者”なんて、そうそういないだぜ」


 陽太は一瞬黙り、そして小さく頷いた。


「確かに、運が良かったと思います。でも、その運を無駄にしないように、もっと努力を続けます」

 その誠実な眼差しを見つめながら、瀧生は微笑む。

「……お前の真面目さ、俺も見習わなきゃな。だが、ひとつだけ言っておく。俺はUCBDには入らないぜ」


瀧生の言葉の奥にある真意を感じ取った陽太は、静かに問いかけた。


「井口先輩は、昔から多くの案件に協力してきた実績がありますよね?それだけの経験があれば、ヤングエイジェントになれる資格があるはずではありませんか?」

 瀧生はコーヒーを一口飲み、気前に答える。


「確かに、中学一年の頃からエージェントたちに何度も誘われたさ。だが、俺はその引き抜きを全部断った」


「それは……どうしてですか?」


「組織のルールに縛られるのが性に合わねぇんだ。どこの組織でもそうだが、所属すれば支援要請の案件を最優先でこなさなきゃならん。……それは、俺にとって鎖に縛れるみたいなもんだ。UCBDに入ったら、自由に動けなくなる」


「……そういうことですか」

「だがお前は違う。お前は“シャドマイラ退治”に専念するためにヤングエイジェントになったんだろ?」

「はい」

 陽太は胸を張って答える。その表情に嘘はなかった。

「行きたい場所へ行ける、それは本当に幸運なことだぜ」

 瀧生は肩をすくめながらも、優しい目で言葉を続ける。

「お前が選んだ道は、相棒としても誇れる選択だ。それに、別に二度と会えないわけじゃねぇ。シャドマイラの件なら、どうせまたどこかで顔を合わせるだろ。俺は学校のジャスティスキーパーとして動く。それで十分だ」


 意外にも自分のことを深く考えてくれていた瀧生に、陽太は静かに感動を覚えた。


 だが、同時にどうして彼が天城学園のジャスティスキーパーとして噂されるようになったのか、そして先日の事件で瑠衣に見せたあの拗ねた態度の理由も、気になっていた。


「……先輩は、もっと柔軟に事件へ対応するために、ずっと民間の立場を選んだんですね。ところで、ご家族には異能者のこと、受け入れてもらえたんですか?」


「そう言い切れるかどうかは微妙だな」


 瀧生は少し視線を落とし、苦く笑った。


「親父は木材加工の仕事に打ち込んでた。俺がどんな事件に関わろうと、褒めも叱りもしない。ただ、帰りを忘れるほど仕事にのめり込んでた。……冷たい親だったぜ。

 だから、ガキの頃から一人で能力を鍛えてきた。正直、俺はお前のことを羨ましいと思ってる」

 その笑みはどこか寂しげだった。

 陽太は思う。


――先輩が懸命に事件へ立ち向かうのは、ただ人に認められたいだけじゃない。父親に、社会に需要されている自分の存在を知ってほしかったからかもしれない。


 異能者になった自分を母は受け入れてくれた。

 力を鍛えるために、父は旧友の虎本コーチへ弟子入りを頼んでくれた。家で技の鍛える時もよく付き合ってくれた。

 そして妹の陽菜は、何も言わずにいつも応援してくれる。

 さらに、異能者としてのケアをしてくれる瑤妤姉さんの存在。

 自分は家族に愛されている。

 それを改めて実感すると同時に、瀧生の孤独な背中が痛いほど胸に刺さった。


「でも、先輩の父さんだって、帰る家をちゃんと開けて待っているじゃないですか。

 きっと、気にかけているのに、うまく伝えられないだけですよ」


 瀧生は小さく笑い、わざと肩をすくめる。


「いや、オヤジは自分の木彫り作品のほうが大事なんだよ。俺なんかよりな」


「それでも、先輩の活躍はきっと届いてますよ。ニュースでも何度も報道されてるし。専門が違うから軽々しく評価できないだけで、それは、むしろ先輩へのリスペクトじゃないですか?」


「……なるほどな。そんな見方もあるか」


 瀧生の口元に柔らかな笑みが戻った。

 陽太はまっすぐにその瞳を見つめ、太陽のように明るい声で言う。


「でも、現場経験は先輩のほうがずっと豊富です。だから僕も、ヤングエイジェントとして、これからも一緒にシャドマイラ退治を頑張りたいです」


 瀧生は涼しい笑みを浮かべ、ポケットからMPデバイスを取り出した。


「ふん、そうか。なら、次の案件に行く準備はできてるか?」

「案件……シャドマイラのですか?」


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