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おいしいアルバイト情報

 大学2年生の隆は夏休みに入り、アルバイト先を探していた。せっかくの夏休みを満喫する為には、まずお金を稼ぐことが最優先事項と考えていた。


【プロローグ】


 大学の夏休み初日、せっかくの休みだが金欠病から、このまま引き籠って夏休みを終えるのも嫌だった。俺は大学2年生になり充実した大学生活を送る為、冷房の効いた部屋でスマホをいじってアルバイト情報を眺めていた。その中、ふとある求人広告に目を止めた。


「山奥の別荘で草刈り・片付け作業 日当3万円 住み込み可(2週間)」冗談みたいな話だった。

でも、詳細を読むと、嘘じゃなさそうだった。


「応募が少なく困っています。できるだけ早く来られる方、歓迎」

そんな一文に、何か引っかかるものを感じながらも、俺は申し込みボタンを押した。


 バイト代は2週間で合計42万円。

夏の自由と、ちょっとしたスリルの匂いに、俺は負けた。


【別荘までの道のり】

数日後、俺と、声をかけて誘った友人・ユウキの二人で、長距離バスに乗り込んだ。

目的地は、山奥にあるという古びた別荘。地図アプリで確認しても、周囲には民家も店もほとんど見当たらない。


「隆、これ、遭難バイトじゃね?」

祐樹が笑う。俺も笑ったけど、どこかでその可能性を少しだけ考えていた。


終点のバス停に着いたのは、昼前だった。

空気は澄んでいて涼しく、蝉の声が山全体に反響していた。


 バス停から歩いて20分。

急な坂道と未舗装の林道を登り切ったところに、それはあった。


白い外壁に、石造りの煙突。

ちょっと洋風な趣のある、けれど、どこか古びた別荘が建っていた。


敷地内にある大きな門からインターフォンを押す。


「どちら様でしょうか?」と、男性の声がした。


 少し緊張しながら俺は「バイト情報を見て申し込みをした隆と言います。」


すかさず「それと、一緒に申し込んだ祐樹です」と、答える。


 「どうぞ、門の鍵は開いています。どうぞ中へ入ってください」と返事が返って来た。


 俺と祐樹は、顔を見合わせ、門を開き、敷地の奥へと進んだ。


 「けっこうデカい建物だな。」と俺は誰に言うでも無く呟く。

 「ああ。こんなデカい別荘とはかなりの資産家かもしれないね」と祐樹が答える。


 少し進み玄関の前のドアで立っていると、「おーい、こっちこっち中に入って構わないから」と、声が聞こえる。ドアを開けて、隆と祐樹は奥へと進むと、リビングに出た。


別荘のリビングにいたのは、40代くらいの穏やかそうな男性だった。

青い作業着に麦わら帽子。管理会社の人らしい。


「助かったよ、本当に。人がなかなか集まらなくてね」


俺たちが挨拶をすると、にこやかに迎えてくれた。

すでに他に3人が到着しており、リビングのテーブルに腰掛けていた。


「よし、今日、これで全員、揃ったね」さっそく、仕事内容を説明する。


【仕事内容の説明】


 リビングのテーブルには、人数分のファイルが並べられていた。

中には、作業スケジュールと注意事項が丁寧に書かれている。


「仕事内容はシンプルです。庭の草刈り、木の伐採。それから家の中の清掃と片付け。日によって班を分けて動いてもらいます」


男性はホワイトボードを使いながら、淡々と説明していく。


「別荘の中の備品は自由に使って構いません。食料は冷蔵庫にストックがありますが、足りなくなったら、バスで下のスーパーまで行ってください」


 風呂、洗濯機、Wi-Fi付き。

一見すると、快適な2週間になりそうだった。


「ちなみに、この別荘、誰の持ち物なんですか?」

祐樹が何気なく尋ねる。


「ああ、それは……お伝えできないんです。管理契約上ね。でも、問題はありませんよ」


男性はにこりと笑ったが、その目の奥は笑っていなかった。


その時、玄関のほうから風が吹き込んできて、どこかでドアが、ぎぃ……と軋む音がした。


【リビングでの自己紹介】


「じゃあ、簡単に自己紹介でもしておきましょうか。せっかくの共同生活ですしね」


管理人の男性がそう言って、リビング中央の大きなテーブルを見回す。


木のぬくもりを感じさせるそのテーブルには、既に5人が着席していた。

外の光が大きな窓から差し込み、テーブルの真ん中に置かれたガラスの花瓶がきらめいている。


「じゃあ、左隣からいこうか」


最初に口を開いたのは、短く刈り込んだ髪に細身の眼鏡をかけた青年だった。

服装は清潔感があるが、どこか事務的な雰囲気が漂う。


「梶原といいます。大学4年で、就活が一段落したので、小遣い稼ぎに来ました。掃除とか好きなんで、割と楽しみにしてます」


続いて、その隣の女性が小さく手を上げる。


「長谷川です。あ、短大生です。えっと……別荘とか来たことなくて、ちょっと緊張してます。よろしくお願いします」


声は小さいが、人懐っこい笑顔を見せる。

肩までの黒髪をきちんとまとめ、日焼け止めの香りがほんのり漂った。


三人目は、少し沈黙してから口を開いた。

長髪を後ろでひとつに結び、腕には古びたブレスレットがいくつも巻かれている。


「……漣て呼ばれてます。学生じゃないです。フリーで色々やってます。山とか、嫌いじゃないんで」


それ以上話す気はないのか、視線を逸らして黙り込んだ。


空気がやや沈んだところで、祐樹が明るい声で口火を切る。


「えー、僕は祐樹!この隣にいるのが、大学の友人で今回の相棒の隆――」


「隆です。大学3年。草刈りも片付けも、できる範囲で頑張ります」


俺も簡単に名乗る。

名前を伝えただけなのに、隣の漣が一瞬だけこちらを見たような気がした。


「みなさん、ありがとうございます」

管理人の男性が柔らかく笑って言った。


「ちなみに、私は佐藤といいます。管理会社からの派遣です。別荘の持ち主のことは契約上お話できませんが、特に気にする必要はありません。みなさんが気持ちよく過ごせるように、できる限りサポートします」


その言葉に安心する者もいれば、逆に違和感を抱いた者もいただろう。


かくして、5人と1人の管理人による、山奥の2週間生活が静かに始まった。


だが、この時、俺たちはまだ知らなかった。


この別荘には、とある過去が封印されていたことを――。


【作業初日 – 別荘内の掃除】


「今日はひとまず、別荘の中の掃除をお願いします。住み込みになりますので、それぞれの部屋の片付けと整理を中心に」


管理人のサイトウさん――いや、佐藤さんだった――は、作業用のバインダーを手にそう言った。

彼は青い作業着姿で、笑顔は柔らかいが、どこか距離を取っているように見える。


別荘は2階建てで、外から見るよりも内部は広く、部屋数もかなりあった。

客間のような部屋が3つ、寝室が5つ。それに加えてリビング、キッチン、和室、バスルームもそれぞれ大きめ。


「俺らは同じ部屋でいいか?」

祐樹が聞いてくる。


「うん、それでOK」


共同生活とはいえ、知らない人たちと急に同じ屋根の下で暮らすのは、少し緊張する。

だからこそ、信頼できる友人と同じ部屋を使えるのはありがたかった。


他の3人――梶原、長谷川、漣――も、それぞれに気になる部屋を選び、軽く掃除を始めていった。


――とはいえ、特に手間のかかることはなかった。


床は埃も少なく、家具やベッドもきちんと整っている。

布団もきれいに畳まれており、掃除機を軽くかけるだけで十分だった。


「これ、ほんとに掃除いる?」


祐樹が笑う。俺も軽く肩をすくめた。


作業は2時間もかからず終わった。

昼近くになると、全員が自然とキッチンに集まってくる。


キッチンには炊飯器、冷蔵庫、レンジに鍋類と、一通りの設備が揃っていた。

冷蔵庫の中にはレトルトカレー、冷凍チャーハン、パックの味噌汁なんかがストックされていて、各自で好きなものを温めて食べるスタイル。


「屋内は、思ったよりもきれいで良かったですね。住人が最後に使ったあと、ある程度片付けてあったみたいです」佐藤さんがそう言いながら、手際よく自分の皿を洗っていく。


「今後の作業としては、屋外の草刈り、窓の掃除、それと、裏の倉庫の片付けがメインになります」


食事後は1時間の休憩。

リビングで思い思いにくつろいだ後、午後からは建物の窓ふき作業が始まった。


大きな窓が多く、数も多いせいで意外と骨が折れる作業だったが、それでも覚悟していたほどのキツさではなかった。


「これで日当3万って、バグじゃね?」

祐樹が苦笑混じりに言う。


「マジでな。拍子抜けしたくらいだよ」


初日の終わりには、全員がどこか安堵していた。

このまま、何事もなければいい。

――そんな考えが、ほんの一瞬だけ頭をよぎった。


でも、山奥の静けさの中に、どこか得体の知れない間があるように感じたのは、気のせいだったのだろうか。


【2日目 – 草刈りと物置部屋】


 2日目。

朝5時半に起床し、簡単な朝食を済ませて全員で庭へ向かった。


「今日から本格的な草刈りに入ります。午前6時から9時まで。3時間集中で終わらせましょう」


佐藤さんの声はいつも通り穏やかだったが、その横顔には少しだけ本気の色が見えた。


実際、作業は想像を遥かに上回るハードさだった。


 庭は、まるで自然に飲み込まれた遺跡のようだった。

腰の高さまである雑草、曲がりくねった蔓、細かい枝や倒木が地面を覆い隠している。


「なにこれ……ジャングルかよ……」


祐樹のぼやきに、誰も返事をする余裕がなかった。


 佐藤さんは草刈り機と電動ノコギリを手に、容赦なく草木をなぎ倒していく。

俺たちは剪定バサミや小型ノコギリを使って、低木を切り崩したり、倒木を片付けたり。草を集めて行った。


蒸し暑さと直射日光の中で、数分作業するだけでシャツが肌に張り付く。

体力の消耗が尋常ではなかった。


「慣れないと、けっこうキツイかもね」

佐藤さんが苦笑しながら、冷えた麦茶のペットボトルを渡してくれる。


 休憩中、草刈り機の使い方を教わった。

最初は緊張したが、慣れてくるとその効率に驚かされた。


だが――


「これ、9時で終わりにして正解だな……午後とか無理だろ」

祐樹がタオルで額を拭いながら言う。


 実際、太陽が昇るにつれ、気温はぐんぐん上がっていった。

午前9時の時点で、庭の端に立つと空気が熱気で歪んで見える。


作業が終わった頃には、全員が汗まみれで、口数も少なかった。


 シャワーを浴び、昼食をとると、佐藤さんが口を開いた。


「午後は、屋内作業に切り替えましょう。今日は物置部屋の片付けをお願いします。ちょっと荷物が多くてね」


その一言に、空気がほんの少しだけ重くなった。


「……裏の部屋、ですか?」

長谷川がぽつりとつぶやく。


「そうそう。裏の角の物置部屋。使ってないからホコリっぽいけど、特に危険なものはないはずです」


そう言いながら、佐藤さんは小さく笑った。


けれどその時――

窓の外で、風もないのに木の枝がわずかに揺れた気がした。


午後の作業。

あの物置部屋の扉が、ついに開かれる。


【2日目の夜 – 疲労と静寂】


 午後5時、物置部屋の片付け作業もひと区切りがつき、今日の作業は終了となった。


「皆さん、今日は本当にお疲れさまでした。夕食のあとは、自由に過ごしてください。お風呂の順番もあるので、早めに入りましょう」


佐藤さんの声は、朝よりも少しだけ優しく聞こえた。


全員の顔には、はっきりと疲れの色がにじんでいた。

初日の気楽さとは打って変わり、2日目の作業はまさに体力勝負だった。


草刈りに物置の片付け――

慣れない工具、重たい家具、埃っぽい空気。


それでも誰ひとり文句は言わず、それぞれが黙々と与えられた作業をこなしていた。


夕食は、冷凍パスタやレトルトカレーを温めて、リビングの大テーブルで静かに囲んだ。

みんな無言というわけではないが、どこか口数は少なめだった。


その後、順番に風呂に入り、各自の部屋へと戻っていく。


俺と祐樹も、使っている2人部屋に戻ると、軽く掃除機をかけて簡単に整える。


「ふぅー……今日は、さすがにキツかったな」

祐樹がベッドにバタンと倒れ込みながら言う。


「初日が楽すぎたからな。あのギャップはズルい」

俺も笑いながらタオルで汗を拭った。


カーテンの隙間から見える空は、群青からゆっくりと夜の黒に変わろうとしていた。


虫の声がかすかに聞こえ、別荘全体がしんと静まりかえっている。


――何も起きない。ただ、それだけが不思議だった。


まだ何かが、この家に眠っている気がしてならなかった。


(……明日も、同じように過ぎてくれればいいんだけどな)


こうして、俺たちの2週間の片付け活動が始まって行った。


【3日目 – 庭の奥と異変の兆し】


 翌朝も、午前6時に集合して草刈り作業が再開された。

昨日の疲れは残っていたが作業にも徐々に慣れてきたことで全体の進み具合は格段に上がっていた。


 俺と祐樹は、庭の奥にある斜面の除草を任された。

 作業を続けるに従って茂みに埋もれていた石のようなものが、草の合間から顔をのぞかせた。


「……なあ、これって……石碑、か?」


 祐樹がしゃがみ込み、土を手で払い落とすと、苔むした表面に、かすかに文字らしきものが刻まれていた。

 古く、判読は難しかったが、何かを封じたような雰囲気があった。


「気味悪いな……触らんほうがいいかもな」


 そう言って作業に戻ったが、どこか胸の奥にひっかかるものが残った。

 まるで、何か見ては行けない物に触れたような、得体の知れない違和感を感じた――。


 午前9時、草刈り作業は予定どおり終了した。

大量の草木や枝は一箇所にまとめられ、午後には引き取りの業者が来る予定になっている。


 それぞれが汗まみれの作業服を脱ぎ、シャワーを順番に浴びていく中――

 別荘の中は、なぜかほんのわずかに、湿ったような冷気を含んでいた。


【3日目午後 – 回収と祠の発見】


 午後3時過ぎ、回収業者のトラックが到着した。

庭の隅に山積みにされた草木や伐採した枝が、次々と荷台に積み込まれていく。


 「これで、明日は倉庫の分も運び出せるね。この調子で頑張ってくれ」

 佐藤さんが汗をぬぐいながら、俺たちに声をかけた。


 庭の草刈り作業は、ここ数日の中でいちばん進展があった。

 地面の見通しが良くなったことで、それまで気づかなかったものが、次第に姿を現し始める。


 「あれ……井戸?」


 祐樹が茂みの先に視線をやり、指を差す。

 そこには、苔むした石積みの井戸が、ひっそりと口を開けていた。

 木の蓋は朽ちかけており、そこから吹き上がる冷たい空気が、わずかに肌を撫でる。


 「こっちは……なんだ、これ……?」


 井戸の斜め奥には、小さな祠があった。

 石造りの台座の上に木の祠が置かれており、屋根は半分ほど崩れている。

 中には何か――黒ずんだ紙か布のようなものが祀られていた。


 「これ、なんだろうな……」

 祐樹がつぶやくと、佐藤さんがそばに来て、首をかしげた。


 「古い建物だからね……何かを祀っていたのかもしれない。でも、詳しいことは私も知らないんだ」

 そう言って軽く笑ったが、その目は、わずかに警戒の色を浮かべていた。


 そのとき、長谷川がぽつりと口を開いた。


 「……あの、物置部屋の裏にも、同じような祠がありました。気になってたんですけど、同じ形で……」


 「へえ、そうなんだ。うん、なるほど……」

 佐藤さんは目線を落としながら、小さくうなずいた。


 「でもまぁ、大丈夫でしょう。特に触ったりしなければ問題ないと思いますよ」


 ――何が大丈夫なのかは、よくわからなかったが、誰もそれ以上は深く追及しなかった。


 こうして3日目の作業は無事に終了した。


【夜の交流 – それぞれの目的】


 夕食の後、リビングには自然とみんなが集まり、いつしか他愛のない雑談が始まっていた。


 「このバイト代で、国内旅行行こうかと思っててさ」

 梶原が缶ジュースを開けながら笑う。


 「私は、車の免許取りに行きます。合宿にしようかなって」

 長谷川も少し照れたように答える。


 「俺は……まあ、株だな。スタート資金ってやつ」

 漣が短く言って、ソファに体を沈める。


 祐樹は、「えっ、じゃあ俺は……」と、しばらく考えてから「うーん、貯金かなあ」と笑いながら言った。


 俺は、まだ決めかねていた。

 けれど、何かに使いたい――そう思えるだけの価値が、この2週間にはある気がしていた。


 そしてその夜、窓の外に、風もないのに揺れる木の枝を、またひとつ、見かけた。


【4日目 – 事故と忠告】


 翌朝も、いつも通り午前6時に庭の作業が始まった。

 草刈りもだいぶ進み、あとは裏庭と物置まわりの整理が残るのみだった。


 その矢先――


 「うわっ!」


 鈍い音と共に、佐藤さんが地面に倒れ込んだ。


 「佐藤さん!?」


 俺たちはすぐに駆け寄る。どうやら、伸びた木の根に足を取られたようだ。


 「イテテ……しまったな。これ、ちょっとまずいかも」


 右足を押さえながら顔をしかめる佐藤さん。無理に立ち上がろうとするが、明らかにバランスを崩していた。


 「佐藤さん、病院に行きましょう。作業は、僕たちが続けますから」

 俺がそう言うと、少し躊躇しながらも彼は頷いた。


 「ああ……ありがとう。じゃあ、言葉に甘えさせてもらうよ」


さそく漣がタクシーを手配し、佐藤さんは近隣の町の病院へと向かった。


 その前に――彼は少し真剣な表情で振り返り、言った。


 「夜は絶対に外に出ないでくれ。それと……あの祠と井戸には、近寄らないように」


 一瞬、空気が冷たくなったような気がした。


 「……はい。分かりました」


 俺は静かに返事をした。


【4日目夜 – 不穏な知らせ】


 その日の作業は、予定通りに進んだ。


 草刈りの残りと裏の物置周辺の整備。作業自体はスムーズに運び、夕方には大体の目処がついていた。


 午後7時。別荘の固定電話が鳴った。


 「……佐藤さんから?」


 俺が受話器を取ると、静かな声が聞こえた。


 「足にヒビが入っていたそうで、今夜は病院に泊まることになった。……でも、明日の昼には戻れると思う」


 少し間を置いて、彼は言葉を続けた。


 「何度も言うけど――夜は絶対に外に出ないでくれ。そして、祠と井戸には、近づかないように。……いいね?」


 その声には、普段の柔らかさはなく、明らかに張り詰めた緊張がにじんでいた。


 「……了解です。佐藤さん」


 電話を切った後、リビングの空気が妙に静まり返っていた。


 他のメンバーたちも、なんとなくその空気を感じ取っていたようで、誰も冗談を口にする者はいなかった。


 こうして、管理人不在の夜が、ひっそりと幕を開けた。


【深夜の来訪者】


 その日の夜――


 全員がそれぞれの部屋に戻り、静寂が別荘を包んでいた。

 雨音ひとつなかった空が、午前1時過ぎを回ったあたりで、突然、激しい風の音を伴って崩れ始めた。


 「……うそ、雨?」


 風が窓を叩きつけるように吹き、どこかで軋む音が聞こえた。

 遠くで木の枝が揺れる、いや、軋む音まで耳に届く。


 そして――


 ――プルルルルル……プルルルルル……


 別荘のリビングにある固定電話が、突如として鳴り響いた。

 静寂を切り裂くその音に、全員が驚き、一斉に部屋のドアを開けてリビングに集まった。


 「こんな時間に……誰から?」

 梶原がぼそりとつぶやく。


 長谷川が躊躇いながらも受話器を取る。


 「……はい、もしもし」


 数秒の沈黙ののち、スピーカー越しに低い声が響いた。


 「……私だ、佐藤だ。……長谷川さんだね?」


 「え? あ、はい……そうです。佐藤さん……ですか?」


 「急で悪い。病院を早く出られた。今、別荘の前にいる。……玄関の扉を開けてくれないか?」


 言葉を選ぶように話すその声に、長谷川が戸惑った表情を浮かべた。


 「……あの……でも……佐藤さん、明日の昼に戻るって……それに、夜は絶対に玄関を開けるなって、言ってませんでしたか?」


 少しの間、電話口が静かになった。


 「……ああ……そう言ったね。でも、もう大丈夫だ。だから、開けてくれ」


 その言葉は、妙に機械的で、抑揚がなかった。


 「…………」


 長谷川が、ゆっくりと受話器を置いた。


 「……佐藤さん、だった……と思う。けど、なんか……変だった」


 「変って?」俺が聞く。


 「……声が少し、違ったような気もするし……言葉の感じが、なんか……」


 その時――


 ――ピンポーン……ピンポーン……

 ――ドン、ドン、ドンッ……


 玄関のインターフォンと扉を叩く音が、同時に鳴り響いた。


 「……来た……」


 俺たちは息を飲んだまま、そろそろと玄関に近づいた。


 誰ひとり、声を出さなかった。

 耳を澄ませ、インターフォンの受話器越しのスピーカーに聞き入る。


 「……開けてくれ。……開けてくれ。……もう、ここにいる……」


 低く、かすれた声。だが、それはあまりにも無機質だった。

 まるで、誰かが「佐藤さんの声を真似ている」かのように聞こえた。


 その場にいた全員が、無言で視線を交わした。


 そして、誰もが感じていた。


 ――この玄関の外にいるのは、本当に佐藤さんなのか?



【深夜の決断】


 インターフォン越しの声が響く中、玄関の前で、俺たちはひそひそと顔を寄せ合って話し合った。


 「……やっぱり、おかしいよ。佐藤さん、あんな話し方しなかった」


 「てか、声もトーンも違ってた。何より、夜は絶対に玄関を開けるなって……自分で言ってたのに」


 全員が頷く。誰の口からも、「開けよう」とは出なかった。


 俺は、意を決してインターホンの通話ボタンを押した。


 「……すみません。やっぱり、玄関は開けられません。今夜は危ないからって、佐藤さんご自身が言ってました」


 ――少しの沈黙。


 「でも……裏の倉庫は鍵が開いてます。外の照明も今、つけますから……」


 そう言って俺は、別荘の裏手にあるスイッチを操作し、裏口外の照明を点けた。


 「そこに今夜は泊まってください。朝になったら、迎えに行きます。それまで待ってください」


 ――その瞬間。


 インターホンからの声が、まるで壊れたラジオのように、ガリガリと雑音交じりになったかと思うと、


 「……開けろォオオオオオオオ!!」


 という叫び声が、別荘の中まで響き渡った。


 「うわっ……!」


 長谷川が耳を塞ぎ、祐樹が俺の肩をぐっと掴む。


 ――ドンッ! ドンッ! ドンドンッ!!


 玄関のドアを叩く音が、狂ったように続いた。


 「なんなんだよ……これ……」


 誰かが、かすれた声でそう呟く。


 その音は、約10分ほど、まるで壊れた機械のように同じテンポで続いた。

 誰も動けなかった。ただ、リビングの真ん中で固まったように、その異常な音を聞き続けていた。


 そして――


 突然、音は止んだ。

 ドアを叩く音も、インターホンも、何もかも。


 それと同時に、いつの間にか雨も止んでいた。


 まるで、何もなかったかのような、静けさ。


 全員が、息を飲んだまま耳を澄ます。


 「……行った、のか?」


 「……わからない。でも、もう音がしない」


 「とにかく、今夜はここで一緒にいた方がいい」


 誰からともなく、リビングに寝袋を持ち込むことが提案された。


 祐樹がカーテンをそっと引き、外を確かめる。だが、誰の姿も見えなかった。


 結局その夜、誰も自室には戻らず、リビングで身を寄せ合い、寝不足のまま朝を待った。


 虫の声も、木々のざわめきもなく、ただ不自然な静寂が、夜明けまで別荘を包み込んでいた。


【霊能者・瑞希の登場】


 夜が明けた。

 メンバーたちは、ほとんど眠れないまま、ただリビングで夜を過ごしていた。


 東の空に朝日が昇るのを見たとき、誰もがほっと息をついた。


  窓の外には、もう何か”の気配はなかった。

 昨日あれほどまでに打ちつけられた玄関の扉も、雨に濡れてはいたが、壊れてはいなかった。


 「本当に……夢じゃなかったよな?」

 誰かが呟いたが、誰も否定はしなかった。


 裏の倉庫にも行ってみたが、佐藤さんの姿はなかった。


 予定通り、午前中は草刈り作業を続け、午後には倉庫の荷物を引き取りに来たトラックに積み込み作業を行った。


 作業が終わったのは午後5時すぎ。


 その時――門の方から車の音が聞こえた。


 戻って来たのは佐藤さんだった。

 そして、その隣には、ひとりの女性がいた。


 「皆さん、お疲れさま。遅くなってすまなかった」

 佐藤さんの足には簡単なギプスが巻かれ、松葉杖をついていた。


 「昨日の夜のこと……話してくれないか?」


 俺たちは、夜中に起きた出来事をできるだけ正確に伝えた。


 佐藤さんは、真剣な面持ちでそれを聞いていた。

 やがて、小さく「やっぱりか……」と呟き、眉間に深いシワを寄せた。


 「……皆に紹介しておくよ。この方は瑞希さん。霊能者だ。こういった現象に詳しい」


 そう言って、隣の女性に目を向けた。


 「初めまして。瑞希と申します」


  彼女は、透き通るような白い肌と、黒く長いロングヘアーを持つ20代後半の女性だった。

 スッと通った鼻筋、深い黒目に、どこか神秘的な雰囲気が漂っていた。

 その佇まいだけで、空気が少し変わったような気さえした。


 「佐藤さんから、ここで“何か”が起きていると聞いて来ました。……あなたたち、よく無事でしたね」


 彼女の声は柔らかく、けれど芯の通った、どこか張り詰めた空気を帯びていた。


 「早速、祠と井戸を見せてもらえますか?」


  俺たちは、顔を見合わせた。


 何かが、動き始めている――そう感じざるを得なかった。



【リビングでの対話 – 過去の因縁】


 夜、作業を終えた俺たちはリビングに集まっていた。

 瑞希さんは静かに座ると、小さな布袋からいくつかのものを取り出した。


 「これ、お守りです。できるだけ、身に着けていてください」

 全員の手に、それぞれ違った模様の入ったお守りが渡された。


 次に、半紙に筆で書かれた“お札”を数枚、佐藤さんに手渡す。


 「これは、玄関と裏口に貼ってください。外からの侵入を防ぎます」

 瑞希の声は淡々としていたが、その言葉には重みがあった。


 俺は、ずっと気になっていたことを佐藤さんに尋ねる。


 「佐藤さん……この別荘、何か隠してることがあるんじゃないですか?」


 佐藤さんは一瞬だけ視線を逸らし、黙った。

 数秒の沈黙のあと、重たく口を開いた。


 「ああ……そうだ。この場所には、昔から曰くがある」


 空気がひんやりと冷たくなるのを感じた。


 「ここは、もともとある富豪が所有していた邸宅だった。

 だけど、数十年前、その家で働いていた一人のメイドが――井戸に落ちて亡くなった」


 誰かが小さく息を呑んだ。


 「それだけじゃない。その富豪の家族も、次々と不審な事故や病気で亡くなっていった。不可解な形でな。

 

やがて持ち主が変わっても、同じようなことが続いた。……入居者の死。病。失踪……」


 佐藤さんの顔がどんどん険しくなっていく。


 「それで、ある霊能関係者がこの場所を買い取った。そして、ここを浄化しようとしたんだ。

 私は、その計画の一部として、住み込みで片付けと管理を任された。……けど、やっぱり何かが動き始めた」


 「地元じゃ有名だったらしいよ。だけど、誰も口にしない。小片の禁忌って呼ばれてるそうだ」

 佐藤さんの言葉に、誰かが小さく震えた。


 「そして瑞希さんは、全国でも知られる霊能者でな。ようやく時間が取れて、今回、来てもらえたってわけだ」


 その説明を聞いたとたん、俺たちは一斉に口を開いた。


 「えっ……僕たち、呪われてるってことですか?」

 「俺ら、どうなっちゃうんですか……?」


 不安と恐怖が、リビングの空気を支配していく。


 瑞希さんは、ゆっくりと皆を見回した後、静かに言った。


 「昨夜、ドアを開けなかったこと――それが、あなたたちを守りました。

 もしあの時、玄関を開けていたら、今ここに全員無事ではいなかったと思います」


 言葉のひとつひとつが、心の奥に冷たく沈んでいく。


「でも……目をつけられてしまったのは確か。これからの数日間が、本当の勝負になります」




 購読、ありがとうございました。久しぶりの投稿になります。

今回は、新たなホラーサスペンスとして書いて見ました。



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