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金魚わらしと水の街  作者: せせり
6.踏みつけられた花
12/22

 目を覚ましたのは深夜だった。柱時計の振り子の音が闇にくっきりと冴えて、少しこわい。泣きすぎてまぶたが重い。頭も、にぶく痛んでいる。

 更紗の姿は、消えていた。

 トイレに行こうと階下に行くと、風を感じた。縁側の戸があけ放たれているんだ。

闇のなかに、まるで人魂みたいに、ぽうっとオレンジ色のひかりが揺れている。その光に照らされている、ひとの影。更紗かな、と思って近寄れば、それは凪子さんだった。

「凪子さん?」

「あ。清良。どうした? 眠れない?」

「凪子さんこそ」

 あかりもつけずに、小さなランプ型のランタンの光だけで、庭の泉を眺めている。

「ん。ちょっと一杯やろうかと思って。これね、梅酒。五月ごろ漬けてさ、そろそろ味見してみようかな、なんて」

 グラスをかかげて見せる。なかの氷が揺れて、ランタンの光を浴びてきらりと瞬いた。

「おじさんくさい」

「なにを言う」

 かかかと、笑う。ちょっと酔っているのかな。ろうそくの炎みたいな、あたたかな色のついた光に照らされているから、凪子さんの顔色まではわからない。

「お姉ちゃんと、派手にやり合ってたね」

 くくくっと、笑う。

「聞いてたの?」

 なにがおかしいんだろう。思わず、むすっとむくれた。

「聞こえたの。壁うすいし、声はでかいし、しょうがない」

「……やだな、恥ずかしい。あたし、ひどいこといっぱい言っちゃった。前の学校でも、ママがあたしのために、何度も何度も先生と話して、頑張ってくれてたのに」

 パパが亡くなってから、あたしを必死で育ててきてくれたことも。ちゃんと、わかってる。だけど、どうしても許せなかった。

 凪子さんは、そっとあたしの頭に手のひらを置いた。

「でもさ。すっきりしたんじゃない?」

「え?」

「あんなに派手に怒鳴ったら、すっきりするだろうなー、って。お姉ちゃん強いし正論で責めてくるからさー。あたしだってあんなに歯向かえなかったよ。うん。立派立派」

「なんでママと喧嘩して褒められるの?」

凪子さんは、あははとわらった。ていうか、凪子さんもお姉ちゃんに歯向かってみたかったってこと?

そっとグラスを傾けて、凪子さんは、だいじに、ちびちびと梅酒を飲む。ぱしゃんと音がして、泉の水面に波紋ができる。鯉が、跳ねたんだ。

「楓のことだけどさー。何があったか知らんけど。ま、気にすんな。清良の味方だよ、あれは」

 ふいに楓くんの名前が出てきて。胸がきゅうっと苦しくなった。

「わかってる。わかってるけど……。守られたくなんか、ないんだもん」

「守るとか言ったの? あいつ。くっそ生意気」

 また笑ってる。心底たのしそうに笑ってる。なんで? なにがおかしいの?

「あたしが、弱い子だからでしょ?」

「お子様だなー、清良は。あのね、オトコっつーのは、そういうことを言いたいもんなの。相手のオンナが、弱いとか強いとか、そういうのは関係ないわけ。だから、勝手に言わせとけばいいの」

 なにそれ。目をぱちりとしばたいた。

「よく、わかんない」

「ま、そのうちわかるって」

 清良も飲む? と、梅酒のグラスをあたしの顔にぐいっと寄せてきた。

「もうっ。冗談やめてよ。ママに言いつけるからね?」

「こっわー。それだけは勘弁して」

 おおげさに身をすくめてみせる凪子さん。なんだかすごくおかしくて、あたしは、笑った。


 つぎの日、あたしは楓くんに電話した。

 行ってみる、と、告げた。みんなで遊びに行く話。だけど守ってなんてくれなくていいからね、って。ちゃんとはっきり言った。

自分のちからで、みんなに溶け込めるようにがんばりたい。それぐらいできなくちゃ。縮こまって楓くんの背中にかくれているようじゃ、いけないんだ。

 となりを歩きたい。楓くんと、ほんとうの友だちに、なりたい。




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