029. 大型商業施設攻防戦 当日 (九)
悠気は桜庭とのニアミス後、そのままエスカレーターを上って3階西側に向かっていた。
あの後、どこへ行って何をするべきか悠気は悩んでいたが、桜庭がまだうろついている2階に留まることは絶対に危険であることと、3階中央や4階は他の人間が巡回している可能性も考えられたため、桜庭の巡回直後である3階西側が一番安全だという考えに至った。
(エレベーターからゾンビ達を連れ出して西側を封鎖するという考えを変えるつもりはない。その後しばらく待ってから4階へと行き、そこからゾンビ達を引き連れて東進しよう。
……途中で人間達に見つかってしまうリスクを常に負うことになるが、4階さえ塞いでしまえば人間達を建物内に閉じ込めることが出来るはずだ。
無事閉じ込めた後はゾンビ達を使って数で押し切り、隙を見て弱そうな人間を狙えるようになることを願うばかりだが……)
考案していた計画の修正を余儀なくされたが、それでもめげずに計画を考え直し、それに基づいて悠気は動き出す。
そしてその道中、3階へのエスカレーターを停止させて上っていった際に、降り口付近で仕掛られていた防犯ブザーのワイヤートラップを悠気は見落とすことなく気づくことができた。
ゾンビが引っかかりやすいよう目立つ位置に設置されていたワイヤートラップは、よほどのことがない限り簡単に気づくものであったが、それを見つけた悠気はマジマジとワイヤートラップを眺めていた。
(……なるほど、いい仕掛けだな)
単純な仕組みであるが、防犯ブザーとストラップ部分をガムテープ等で固定するだけで設置できるため設置場所を問わず、また再利用も可能で、ひとたびトラップが作動すれば防犯ブザーの方に誘導されてゾンビが集まっていくので、その隙に逃げることもできる。
人間が引っかからないよう防犯ブザーとストラップは目立つ色となっており、たとえ誤作動で鳴らしてしまっても人間の手なら簡単に解除できるだろう。
そこまで考えられて仕掛けられていたのかは不明だったが、悠気は目の前のトラップに対して素直に感心していた。
そして、この防犯ブザー自体は他の何かに使えると思って回収しようかと考えたが、防犯ブザーを固定するために貼られたガムテープはゾンビの不器用な手先で剥がすことが至難であった。
誤って防犯ブザーを作動させてしまう危険もあったため、悠気は安全な選択を考えて防犯ブザーの回収を諦め、それよりも早く3階に行くべきだと判断して、防犯ブザーのワイヤートラップをそのまま回避して3階西側へと到着した。
(フロアガイドを見た限り、この3階西側には家電製品屋がある。ガイド上ではかなりの広さがあるように見えたし、この身体でも使えるような道具が何かしら置いてあるはずだ!)
期待を新たに、悠気はまっすぐ家電製品屋へと足を運んでいくのであった。
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悠気が家電製品屋の前にたどり着くと、そこには多くの家電が所狭しに展示されているのが見て取れた。
パソコンやカメラ、最新のスマートフォンが綺麗に並べられており、どれも電源を入れればすぐにでも使えそうな状態である。
だが、悠気はそれらには一切興味を示さず無視して前を通り過ぎただけであった。
(どれもこれも今の状況下では使い道が無い上に、この身体じゃ使いこなせそうにもない……。もっと単純で、大雑把にでも使えるような道具を……)
電気機器に疎くなった年寄りのような発想をしながらも、悠気は店の奥へと進んでいく。
テレビ、エアコン、洗濯機……、いずれも普段生活する上でなら便利な道具が並んでいるが、それらも悠気が欲しいと思える物ではなかった。
それでも悠気は諦めず店内を探索し続け、だいぶ店の奥までやって来たとき、そこで歩みが止まった。
(……見つけた!)
何かを見つけた悠気が最奥にある商品棚に向かって足早に駆け寄っていった。
商品棚は店内の奥に置かれていたことから、けっして人気商品ではない様子であったが、悠気はその商品棚の前に到着すると、ようやく希望に沿う物を見つけたせいか、思わず笑みがこぼれていた。
その商品棚に陳列されていたものは、大量の懐中電灯であった。
大小様々な形や色の物があり、殆どのものは暗闇の中でも使いやすいよう大きめのスイッチとなっている。
携帯性を優先させた小さいものや、いろいろなボタンが付いていて複雑な機能となっているものは使えそうになかったが、比較的大きめで単一電池を使うようなものであれば悠気でも電池交換が出来そうで、使用するにも十分そうであった。
(懐中電灯は暗い場所で見落としを無くすため欲しかったが、うまく使えば人間をおびき寄せたり、目くらましにも使えるな!)
悠気は懐中電灯を十二分に役立たせる方法を考えつつも、とりあえず使いやすそうなものを物色して懐中電灯を手に取ろうとした、その時……。
──パッ。
悠気の視界の端が少し明るくなったような気配を感じた。
(……んっ、何だ?)
その気配に気づいた悠気は手を止めてその場で固まった。
悠気が恐る恐る頭を上げて気配を感じた方に視線を向けると、少し離れた場所にあるテレビ売り場一帯がまるでスポットライトを当てられたように照らされていた。
その光景を見た悠気は赤い目を見開き、心拍数が一気に上がっていくのを感じた。
(まさか……)
光の出処が何なのか予想がついた悠気は、その場で伏せて近くの商品棚の裏に隠れ潜んでいった。
このまま何事も無く事態が過ぎ去ってくれることを願ったが、事態はそう思いどおりにいくはずもなかった。
『タッ、タッ、タッ、タッ、タッ……』
遠くの方からフロアの床を蹴って何かが駆け寄ってくる音が鳴り聞こえてくる。
(誰かがこっちに向かって来ている……!?)
予想が的中した上に、予期せぬ出来事に悠気は身を少しこわばらせているが、頭では冷静に状況把握しようと意識を集中して耳を澄ませた。
聞こえてくる足音の間隔から、その音の主はゾンビではなく人間である可能性が高いことと、さらにその足音は一人ではなく、複数人が走り寄ってきているものだと聞き取ることができた。
そして、その足音はどんどんと大きくなっていき、悠気の方へと向かって来ているかのようであった。
(何がどうなっているのかわからないが、頼むからここには来てくれるなよ……)
悠気は祈ることしかできなかった。
だがしかし、まるで悠気の思惑を汲み取ったかのように足音は家電製品屋にまっすぐ向かっていた。
複数の足音は家電製品屋に侵入し、パソコン売り場やカメラ売り場をそのまま通り過ぎ、悠気が隠れている棚のすぐ近くにあった洗濯機売り場まで到着すると、そこで複数の足音は鳴り止んだ。
(なんで……、わざわざ、ここにッ!!)
あまりにも理不尽な事態に悠気は体を震わせて歯を食いしばったが、せめて物音を立てないようにその場でうずくまった。
呼吸が漏れ聞こえないよう息を殺し、どんどん早まっていく鼓動が非常にうるさく聞こえてくる。
今、この場で何が起きたのかというのは見るまでもなく想像がついたが、それに対して隠れて過ぎ去るのをただ待つという悪手を打ってしまったことに、悠気は死ぬほど後悔するしかなかった。
そんな悠気の存在を気づかずに、今度は近くから話し声が聞こえ始めた。
「……とりあえず、ここで隠れよう」
「だな。ここなら東側からも離れてるし、当分は安全だろ」
声の主は、浩司と達也であった。
そして、浩司と達也以外にも家具屋に居た避難者達は全員やって来ており、子供達も含めて十数人の人間が集まっていた。
家具屋では西側に避難することが満場一致で決まったが、その際に浩司と達也の二人は避難の先陣を切ることを申し出て、前方にゾンビが潜んでいないかを確認しながら他の避難者達を誘導する役目を果たした。
結局、家具屋から家電製品屋までの間でゾンビとは一度も遭遇しなかったが、全員を家電製品屋まで無事避難させることができていた。
「桜庭さんとは合流できなかったけど、置き手紙を見てくれればここまで来てくれるはず……。それまでここで静かに待とう」
「おぅ、それが良いな。……他の皆もそれで良いよな?」
「あ、あぁわかったよ」
「不安だけど、今は仕方ないか」
「みんな、静かにね」「うん……」「はーい」
避難者達も二人の判断に反対すること無く従っている。桜庭の真似をしているのか率先して行動する浩司と達也の姿は、他の避難者達には頼もしく思えた。
だが、それでもやはり桜庭と合流できなかったことは皆も落胆しており、このままで本当に助かるのか、まだ不安がる気持ちが強いままであった。
浩司と達也も桜庭の代わりが務まる自信など毛頭無く、内心は不安な気持ちでいっぱいである。
……しかし、今この家電製品屋で最も不安になって生きた心地をしていなかったのは、他ならぬ悠気であった。
(最悪の状況だ……)
悠気は緑がかった顔面を蒼白にして、その場で絶望するしか無かった。




