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ゾンビシティサバイバル  作者: ディア
第1章 - サバイバル編
27/57

027. 大型商業施設攻防戦 当日 (七)

 3階東側の家具屋では、避難者達が一箇所に集合していた。

 子供達は寝かしたままであったが、エレベーター方面を見張っていた貧相な大学生が大人から老人、そして、浩司(こうじ)達也(たつや)を集め、その集合の中では浩司と大学生がお互い声を荒げながら言い争いを繰り広げていた。


「……だから、ここに居るより4階に避難する方が安全だって!」

桜庭(さくらば)さんはここが一番安全だって言っただろ!」

「状況が変わったんだ! すぐ下の階にはゾンビが居るんだぞ!」

「来たら倒せばいいだけだろッ!!」


 貧相な大学生は、出入り口が多くゾンビが侵入しやすい家具屋に居続けるより、4階のどこかレストランにでも避難すれば出入り口が限定されて何人も見張りを立てる必要が無くなり、たとえ屋上に逃げなければならない事態になったとしても3階より移動しやすく安全だということを周りの皆に説明したが、その意見に対して浩司は真っ向から反対したため口論となっていた。


 浩司は、桜庭の言いつけを遮二無二(しゃにむに)守ろうとしていることも大きかったが、桜庭親子を置いてけぼりにする形で避難場所を移すことを過剰に嫌がっていた。

 達也も浩司と同じく反対寄りで、家具屋には数日分の食料や衣服といった生活用品も運び込んでいるが、それらを置いてまで4階に避難するのは得策ではないかというようなことを心配していた。


 が、しかし、他の避難者達の考えも別れてしまっており、4階へ避難することに賛同する者もいれば、子供達が寝ているのでなるべく移動したくない者、ゾンビに襲われないなら何でもよい者と、意見はバラバラであった。


「確かに、4階に避難した方が安全かも……」

「やっぱり桜庭さんが居ないと不安だわ」

「だが、ゾンビがここまで来るとは限らないぞ。桜庭さんが見回りにも行ってくれているんだし」

「だからってゾンビがここに来ない保障は無いだろう。ゾンビがここまで来て襲われたら、あんた責任取れるのか?」

「どうして私が責任を取るような話になるんだ!」

「なら無責任なことを言わんでくれ、命に関わる話なんだ!」

「あの……、子供が起きるから、あんまりうるさくしないでください……」


 浩司達に影響されたのか、他の避難者達の間でも口論が起き出している。

 今まで意思決定のほとんどを桜庭に依存していた避難者達は、桜庭が居ない今、それぞれが思い思いの意見を言い合っており、この事態に収拾がつきそうにも無い。

 騒ぐだけ騒いで何もしない現状が最悪の状況だと気づいた者が何かを言おうとしても、そこからまた新たな口論が始まるだけであった。

 

 そして、平行線で続く口論にとうとう痺れを切らした大学生は、啖呵(たんか)を切って宣言した。


「とにかく! ゾンビがいつ来るかもわからないまま朝まで見張るなんてオレはやりたくないんだッ! やるならお前達でやればいい、オレは4階に行く!」

「おい、勝手なこと決めんなよ!」


 大学生の宣言に浩司が食ってかかったが、大学生は無視して話し続ける。


「ここに残りたい人は残ればいい。でも、4階に避難したい人はオレだけじゃないんだ。だから、希望者だけが4階に行く。それなら文句無いだろ?」

「ぐっ……!」


 反論しようと声が出かけたが反論に足る言葉が思いつかず、浩司は声が詰まって黙り込んだ。

 暴力に訴えて無理矢理黙らせることもできたが、その考えを察したかのように達也が浩司の肩を掴んで抑えていた。


「浩司、これ以上言い合っても無駄だって……」

「…………チッ、わかったよ」


 達也の言葉で浩司も渋々了承し、大学生の提案どおり希望者は4階に避難することとなった。



 浩司達は周りの口論を止めさせ、希望者は4階に避難するということに決まった旨を説明する。

 説明内容に対しても避難者達から意見や質問等も出たが、とりあえずは全員が納得して話をまとめることができた。


「……じゃあ、4階に避難したい人は挙手を」


 大学生がそう声を上げると、避難者達の中からぞろぞろと手が挙がっていく。


 寝ている子供達四名を除いた避難者の数は19人だったが、その内13人もが挙手し、浩司と達也と子供達の保護者らしき女性一人、足腰が弱く移動を躊躇(ためら)った老夫婦ひと組、それと何か思うところがあった華奢な男性一人を除いて、大多数が4階への避難を希望していた。


「こんなにも……」

「お、おい待てよ! 行き過ぎだろ!」


 挙手しても数人程度だろうと浩司と達也は考えていたが、実際の数は予想していた人数より遥かに多く、現実を突きつけられた二人に対し、大学生は意地悪くほくそ笑んでいた。


「ほら見ろ。桜庭さんの居ないここより4階の方が安全だって、皆は考えてるんだよ」


 挙手した避難者達も声にこそ出していないが、ゾンビに襲われる確率が少しでも下がるのであればと、ゾンビに対する忌避感から4階に行く方が安全だという考えに相違は無かった。


「手を挙げた人数が多いからって4階が絶対安全っていう訳じゃねぇだろ!」

「それでもここに居るより安全に決まってるだろ。お前達も意地になってないで来ればいい、全員で移動した方が安全だ」

「だから、桜庭さん達をなぁ!!」


 浩司はまだ納得できていない様子であったが、すぐ側に居る達也は深刻そうな顔をしている。

 家具屋に残る避難者のうち、ゾンビ相手にまともに戦えそうなのは浩司と達也と、もう一人残っていた男性くらいであり、ゾンビが襲撃してくる可能性が低いとしても達也が危機感を覚えるのには十分過ぎる状況であった。


「……あの、すいませんっ! せめてあと二人、いえ一人だけでも残ってくれませんか!!」


 不安になった達也が声を大きくして残留してくれる人を(つの)りだした。普段はしゃしゃり出ることのない達也を知っている浩司は、達也の突然の声に少し驚いた表情になった。

 しかし、先ほどとは打って変わって挙手する人は現れず、皆黙って達也の方を見ているだけである。大学生も少しムッとした表情になったが(さえぎ)る理由もないので様子見している。


「小さい子供もここに残るんです! もしものときには人が要るんですよ!!」


 達也は必死に説得しているが、それでも避難者達はだんまりを決め込んでいる。

 避難者達は、その"もしもの事態"から逃れるために4階へと避難したいのであって、たとえ子供のことを出されたとしても手を挙げる気持ちにはなれなかった。


 段々と重苦しい雰囲気になっていく達也。

 その達也の様子を眺めていた浩司は苛立ちがスッと冷めていき、そしていま、自分が何をするべきかなのか、ようやく理解した。


「…………オレからもお願いしますッ!!」


 浩司も達也の横に立ち、誰か残留してくれるよう声を挙げ、同時に被っていた帽子を取って頭を深く下げ始めた。


 頭を下げて懇願する浩司。

 その姿を見た避難者達の中では小さなどよめきが起きた。


 浩司は、ゾンビに対して積極的に戦い他の避難者達を守っていたが、普段の態度には横暴なところがあり、特に桜庭以外の年上相手には敬う素振りすら見せず、ヤンキーのような見た目も相まって他の避難者達からあまり(こころよ)く思われていない部分があった。

 事実、浩司に反感する思いが後押しして4階行きを希望した者も居たくらいである。

 そんな風に思っていた浩司が、このショッピングセンターに避難してきて初めて自分達に頭を下げてお願いしてきている。

 それを見て、複雑な思いを抱いた避難者は少なくなかった。


 そして、4階行きの避難者の中で一人、先ほどから悩ましそうな顔をしている男性が浩司達の方をじっと見続けていた。

 彼は優柔不断で周りに流されやすく、4階行きを決めたのも周りで手を挙げるのが多くいたため、釣られて挙手したといった次第であった。

 しかしそれ故に、いま必死に頼み込んでいる浩司と達也の姿を見て、他の人よりも強く心を動かされつつあった。

 彼は残留するべきかどうか悩み込んでいたが、しばらくしてようやく決心がつき、誰も手を挙げないのなら自分がと手を挙げようとした。


 が、しかし、男性が挙手する前に一人の老人が浩司達の方に歩み寄っていた。

 老人は二人の顔をまっすぐ見つめると、少し息を吐いてから優しい声で語りだした。


「……達也くん、それに浩二くん。君達にちょっと言いたいことがあるんだけど」

「あ、はい! なんですか?」「もしかして残ってくれるんスか?」


 老人の声に反応した達也の表情がパッと明るくなり、浩司も目を輝かせながら老人の方に視線を向けた。

 しかし、老人はゆっくりと首を横に振った。


「私はここに留まるつもりはないよ。君達が桜庭さんのために、ここに留まるという気持ちはよくわかるよ。私も桜庭さんにはすごく感謝しているし、可能な限り力になるつもりだった。

 ……だけどね、私や他の人達も、いくら桜庭さんのためであっても自分の身を危険に晒すつもりは無いんだよ。少なくとも、私は孫達が無事かどうかわかるまで死にたくはないんだ」


 浩司と達也は老人の言葉を黙って聞いている。その様子を見て老人は言葉を続けた。


「街中にゾンビが現れたあの日から、私達は思い思いに考えて安全だと信じた"選択"をし、それでこれまでなんとかゾンビに食べられることなく生き延びることができたんだ。

 このショッピングセンターに逃げてきたことも"選択"したことだし、桜庭さんの言うことを聞いて外へ脱出する機会を待っているのも"選択"したことだよ。

 そしていま、ゾンビがやって来るかもしれないここに留まるより、4階に一旦避難した方が安全だということも、"選択"したことなんだよ」

「…………」「…………」

「今までもそうだったんだけどね、この"選択"はいつも命懸けで決めていることなんだ。他の人もきっとそうだろう、間違えると死んじゃうかもしれないんだからね。

 ……だからね、人が命懸けで決めた"選択"をそう簡単に、それも危険だとわかっている方に変更しろだなんて、言うべきじゃないよ」


 老人はかなり言葉を選んでいたが、浩司と達也の行った残留呼びかけを真正面から批判していた。

 どんな思いや理由があったにしても、他の人を巻き込んで危険な選択を選ばせようとする二人の行動に対し、老人は忠告せずにはいられなかったであった。


「……言ってることはわかりますけど、ここが危険だって決まったわけじゃ無い、と思います……」

「達也の言う通りッスよ! もしゾンビがやって来たとしても、桜庭さんが居ない分はオレ達がなんとかするんで!」


 達也は顔を曇らせながら少しばかり反論し、浩司も必死に説得を試みたが、それでも老人は首を横に振った。


「……君たち二人の言葉を否定するわけじゃないんだけどね、私達は少しでも安全な"選択"を選びたいんだよ。それに万が一、ゾンビがここまでやってきたとして、本当に君達だけで守り切れるのかが……、ね?」

「…………」


 老人は優しい口調のままであったが、浩司達では頼りないということを伝えていた。

 事実、1階への食料調達時にゾンビを倒す必要が出てきた際は桜庭が一人で戦って終わらせることが多かったため、浩司でもゾンビと直接戦った経験は少なく、達也に至ってはゾンビと対峙したことすら皆無に等しかった。

 その上、二人はまだ高校生である。桜庭ならいざ知らず、高校生に自分の命を預けるほど老人はまだ耄碌(もうろく)していなかった。



「……わかりました」


 ここまで言われて何も返す言葉が思いつかない達也は、うなだれながら応えた。

 浩司も何か言いたげではあったが、桜庭とは違って自分はまだ信用されていないということを突きつけられ、ただ言葉を噛み締めることしかできなかった。


 その二人の様子を見て、老人の方も少しストレートに言い過ぎたかと思ったが、自分の言った言葉を二人が真摯に受け止め、今後も生き延びていくための良い経験となってくれればと考えながら、二人の前から静かに身を引いていった。


 そして、老人の前に挙手するつもりで悩んでいた男性もいつしか挙手する思いが消え失せて、少し離れた場所で経過を見ているだけとなっていた。



「じゃ、皆が納得したところで、そろそろ4階に行こう」


 落ち込んでいる浩司と達也を尻目に、大学生は素知らぬ顔でエレベーターの方へと向かい出した。その後から他の避難者達もぞろぞろと着いて行き始める。

 その様子を、残った避難者達は何も言わず眺めているだけであった。

 

「浩司、少し休んでから、また見張りに戻ろう……」

「……おぅ」


 事が思いどおりにならず、すっかり意気消沈している二人であったが、残った避難者だけでどう見張りをするのかも考える必要があったため、重い足取りで残った避難者達の元へと歩いていくのであった。



「よし、着いた!」


 エレベーター前にまでたどり着いた大学生は、エレベーター横の操作パネルに駆け寄って行って上の階へのボタンを押した。

 すぐにエレベーターは動き始め、3階まで上ってくる様子が扉上部にあるインジケーターから見て取れる。

 他の避難者達もエレベーターがやって来るのを、今か今かと扉の前で待ち構えていた。


「……あれ?」

「ん、どうかしたか?」

「いや、なんか……」


 エレベーターの到着を待っている避難者の中で一人だけ、目の前のエレベーターに"違和感"を覚えた人が居た。

 しかし、その"違和感"の正体を考えるのには、あまりにも時間が短かった。


『ピンポーン』


 エレベーターが到着したことを知らせるチャイムが辺りに響き渡る。

 これで朝まで安全な場所で休められると安堵した大学生は、ここに来てようやく表情が柔らかくなってきていた。


 彼は、今まで人々を率先して行動したような経験は殆ど無く、このショッピングセンターにやって来たのも他の避難者が向かっていたので着いてきていただけであった。

 ショッピングセンターに避難してきた後も、桜庭に言われるがまま従って生き延びられていたが、そこかしこでゾンビが溢れて危険な状況になったのであれば、いつかは自力で生き延びられるよう考えて行動できるようになっていかなければならないと彼は常々考えていた。


 今回の提案も、見張りを辞めたいと思ったのがきっかけではあったが、自分で考えて動くということを実践し、そして、それが思いのほか賛同者がいてくれたことに心から充実感を得ていた。

 たとえ3階に居てゾンビに襲われることが無かった結果になったとしても、今回の主導的な行為は良い経験となり、今後、危険な目に遭ったとしても適切に行動して生き延びていける自信に繋がっていくだろう。


 エレベーターのドアがゆっくりと開いていくのを見ながら、大学生はそんなことを考えていた。



 ……だが、

 エレベーターのドアが開いた先に待っていたのは、大量のゾンビ達であった。


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