06
薬草を山ほど摘んだ後、家に帰った私と師匠は何をするでもなくお互いソファに座ってぐだぐだした時間を過ごす。
傷薬を作るには、採取した薬草を乾燥させないといけないので、今出来ることは特にないのだ。
隣では何語かも分からないような本を師匠は読んでいる。
少しだけ覗いて見たけれど、無意味なのでやめた。
「何語ですか?」って聞いたら、また「馬鹿には読めない語」って言われるに決まってる。
何もやることがなく、ぽけっとしていた私は、うつらうつらとし始め、終いには師匠にもたれ掛かってしまった。
肩でぐいっと押されたけれども、反対側に倒れるのも面倒なので、そのままもたれ続けると師匠は諦めたのか何もアクションを起こさなくなる。
温かいなぁ、と師匠の体温を感じながら、ふと思う。
温かいなぁ、とママが私を抱きしめたときもそう思った。
抱きしめたママの肩越しに、パパとケルベロスが見える。
あぁ、ダメだ。
あのままだと、パパが食べられちゃう。
「だめ!やめて!」
叫んだ私の声に、ケルベロスが反応してこちらを見る。
ぐるるる、と唸っている声は「助けてくれ」と呻いているようにも聞こえた。
「おねがい!ぱぱとままをころさないで!」
知っている。
この後、パパとママはこの醜い獣に殺されるんだ。
助けてくれ?
それは、こちらの台詞だ。
だいたい、私はこの獣の言葉を理解できなかったはず。
そう、これは夢。
夢だって分かってる。
だから。
「大丈夫か?」
私と獣の間ではなく、パパと獣の間に颯爽と割って入った、深緑色の髪の人。
振り返ったその双眸は、とても美しい金色で。
目が合った私は食い入るように、それを見つめる。
そして、ケルベロスは一瞬で消滅して。
私だけじゃなくて。
パパとママも無事だったとしても。
これは、夢でしょう?
きゅ、と私を抱きしめるママの腕の力が強まっても。
パパが、あの人にお礼を言う声が聞こえても。
あの人が、私の頭を撫でる柔らかい感触がしても。
全部、全部、夢。
けれども、あぁ、なんて優しい夢なんだろう。
ふっと目を閉じてみると、閉じた視界がさらに暗くなるのを感じた。
誰かが、私の前に立っている。
誰だろう?
そっと目を開けてみれば、そこには師匠が立っていた。
「こんなところで、いつまでも寝ていると風邪をひくぞ」
「え?」
もたれていたにも関わらず、師匠は立ち上がったのか、私の身体はソファに転がっていた。
慌てて飛び起きて、窓の外を見れば夕日が差し込んでいる。
「あれ・・・もう夕方ですか?」
「僕が本を読んでいる間、随分と幸せそうな顔で寝ていた」
「幸せ・・・」
反芻した私に、師匠が眉を顰める。
「なんだ、例の悪夢でも見たのか?」
「いえ・・・」
私は夢の内容を思い出す。
いや、思い出すまでもなく、身体が覚えている。
ママの温かいぬくもりも、血の匂いが充満することなく、みんなが助かった喜びも。
まるで、本物の世界のような夢だった。
「久しぶりに、とっても幸せな夢を見ました」
「そうか、それは何よりだ」
私がそう言えば、師匠は安心したのか、ふっと口元を緩めた。
その表情を見て、師匠にも心配を掛けさせていたのかと少しだけ申し訳なくなった。
あの悪夢を見なくなったということは、師匠の言っていた「魔物」は追い払えたのだろうか?
自力で追い払うことができたのだとしたら、とても嬉しい。
師匠に迷惑をかけることなく、自分で成し遂げたことなんて、今まで1つもなかったもの。
「さて、君の脳内は幸せのようだが、きちんと自分の仕事はこなしてもらわないとな」
「え?・・・あ!洗濯物!」
ソファから立ち上がり、私は庭の方へと足を向ける。
これだけ日が傾いていたら、せっかくお日様に当たった洗濯物はすでに冷たくなってるかもしれない。
師匠ってば、気づいてたなら、取り込んでくれれば良かったのに。
「あれ?」
ふと、視界を過った光に私は思わず足を止める。
けれども、周りを見回してもその光はどこにもない。
「見間違いかな?」
おかしいな。
確かに、光が見えた気がしたんだけれど。
師匠と一緒に昼間に見た、魂の残骸の光が。




