05
「リザ、薬草を摘みに行くぞ」
「はーい」
師匠に声を掛けられて、私は慌てて本を閉じてその後について行く。
外に出て、スノウがいないかと周りを見回したけれど、珍しく留守のようだ。
どこかで飛び回ってるのかな?
あの話の後から、なんとなく気まずくて、師匠に話しかけることができない。
見捨てられたらどうしよう、とか。
ここから放り出されたら、どこに行けばいいんだろう、とか。
悪い想像ばかりが働く。
どこかに歩いて行く時、私のことなんか気にかけない師匠は、自分の歩調で進んで行く。
置いて行かれないように、私の歩くペースも随分早くなったものだ。
普段通りなのだけれど、もしかして、師匠がいつも自分のペースで歩くのは私が隣にいるのが煩わしいからなのだろうか?
嫌な想像をしてしまい、私はその考えを必死で頭から振り払う。
このまま無言で歩いていると泥沼にはまりそうなので、とりあえず当たり障りのない話題を振って会話をすることにした。
「いい天気ですね、師匠」
「雨の日にわざわざ摘みに行く必要はないだろう」
「もう、どうしてそんな捻くれた受け答えしかしないんですか」
いつもと同じような師匠の態度でも、もしかして、嫌われたのではないか、とひやひやしてしまう。
普段なら笑って流してしまう内容も、今の私は一字一句逃すことなく受け止めてしまうようだ。
受け止める度に、ぐさぐさ、と心に突き刺さる。
「傷薬の注文が大量に入った。今日は、かなりの量を採取しないといけない」
「珍しいですね。傷薬の注文って」
「うちで作るものは品質がいいと評判になっているらしくてな。病院から大量に注文を受けたんだ」
「さすが、師匠・・・」
それに比べて、私は点で役立たずだ。
師匠の下で唯一成し遂げたことといえば、スノウと友達になったことくらいしかパッと思い浮かばない。
「帰ったら、休む間も無く作ってもらうからな」
当たり前のように下されたその言葉に、えー!?と文句を言おうとして、私は、はたと気づいた。
傷薬を調合しているのは私。
そして、外では傷薬の評判がいい。
ということは、私の傷薬が評価された。ということ?
師匠はそれ以上何も言わなかったけれど、「評判が良かった薬」を「私に作らせる」と言った時点で「君の薬が評価された」ということを伝えようとしたのだろう。
途端に、沈んでいた気持ちが浮上してくる。
さっきまで、ぐさぐさと突き刺さる言葉に血を流していた心は、回復魔法を掛けたように元気に戻った。
「師匠!師匠!」
「なんだ、やかましい」
「それって、それって、私の傷薬の品質がいいってことですよね!」
「・・・まぁ、そうだな」
「うわぁ!嬉しい!師匠!私、魔法使えなくても魔法薬の勉強頑張る!将来は魔法薬で生計立てることにします!」
「はしゃぐな、馬鹿娘。それに、魔法が使えるようになるまで、自立はさせないからな」
一気にテンションが上がって、走り回る私を師匠が不愉快そうに見つめる。
そんな顔したって、「・・・まぁ、そうだな」って言ったってことは、師匠も認めてくれてるってことですよね!
それに、魔法が使えるようになるまで、自立をさせてもらえないってことは、裏を返せば魔法が使えるようにならなければ、ずっと師匠の下にいられるということ。
今のところ、師匠に私を追い出す気はないようで、ほっと全身に安堵が広がる。
「師匠、師匠!今度、他の薬も調合してみたいです!」
「それなら、植物の成長剤でも作ってもらおうか」
師匠の言葉に私は更にはしゃぐ。
昼間の森の中で、木漏れ日を浴びながら、私は師匠の腕に自分の腕を絡める。
お気に召さなかったのか、ぐっと腕を引かれたけれど、意地でもしがみつく私に諦めたのか師匠は振りほどくことはしなかった。
「君は能天気だな」
「そんなことないですよ。だいたい・・・」
言い募ろうとしたところに、ふと気配を感じて私は言葉を止める。
そして、左に視線をやる。
ふわふわ、と浮かぶ光。
ウィル・オー・ウィスプかと思ったが、白い色だけでなく、青や赤、黄色に橙色と様々な色が浮かんでいる。
ウィル・オー・ウィスプは白い光を放つ魔物だ。
あんな色鮮やかな魔物ではない。
あれは、かつてシオンさんと一緒に潜った遺跡で、ルーニーラビットの化け物を倒した後に見た光にそっくりだ。
綺麗だ、と思うと同時に、所在無さげに漂うそれらは、この世のものではないように思える。
まるで、間違えてここに迷い込んでしまったような。
「師匠・・・あれ、なんですか?」
「・・・見えるのか」
師匠は私の問いには答えず、ちらりとそちらに視線をやっただけで黙り込む。
光が降り注ぐその場所に漂うそれらの光は、綺麗だけれども、夜ではなく昼にその場所にいるのが不気味にも思えた。
それらの正体が知りたくて、私はもう一度師匠に尋ねる。
「ウィル・オー・ウィスプではないですよね?」
「あれは、魂の残骸だ」
「魂?」
「ゴーストの虚弱版のようなものだな。この世界から消えかけている、死者の霊だ」
師匠の説明に、私はふーん、と相づちを打つ。
それならば、あの遺跡でかつて見た光はルーニーラビットの魂の残骸だったという訳か。
ふわふわと浮かんでいる、あの光に触れたりしたら、呪われたりするのだろうか?
師匠は私の方にちらりと視線を寄越すと、眉を顰めた。
「君には見えていなかったはずなんだがな」
「え?」
「この道は何度も通っている。そして、その度にあれらが僕たちの周りをうろついていた」
「知らなかった・・・」
なぜ、突然見えるようになったのだろうか。
不安になった私は、ぎゅ、と師匠の腕を掴む。
「師匠にも、見えるんですか?」
「あぁ。君よりも、もっと沢山のものがな」
師匠は、私と目を合わせることなく、どこか遠くを見つめながらそう言った。




