12
「リザ、いつからこの家は動物園になったんだ」
バタン!と大きな音を立てて扉を開け、1週間ぶりに帰って来た師匠の第一声はそれだった。
「師匠!おかえりなさい!」
かつて、こんなにも師匠の帰りを望んだことがあっただろうか?
勢い余って、ぎゅっと抱きつけば、師匠はうざったそうに私を引きはがす。
「あぁ、ただいま。それより、外にいるルーニーラビットはなんだ」
せっかく出迎えてあげたのに、まるでつい先程まで一緒にいたかのようなこの対応。
1週間も離れていたのに、師匠は寂しいとも思っていなかったのだろうか!
「師匠、つれない」
「何を馬鹿なことを言っている。それで、あれは何だ」
がたがた、とトランクを運びながら、師匠が言う。
あまりにもあっさりしている師匠の対応に私は下唇を出してむくれる。
けれど、正直なところ、師匠の帰宅云々よりも、早いところあのルーニーラビットたちを何とかしてもらいたい、というのが本音だ。
今日は、おそらく80匹くらいはいる。
「それが、その、ですね。あの、直接の原因かどうかは分からないんですけど・・・」
ぼそぼそ、と師匠が片付けをしている横で私は遺跡での出来事をざっくり話す。
もちろん、師匠に怒られそうな内容は省いてね!
それを聞き終えた師匠は、眉根を寄せると私の頭をぐっと掴んだ。
「うわっ!」
「・・・呪いか」
呪い晒しの呪文を使ったのだろうか。
師匠は大きくため息をつくと、胡乱気な目でこっちを見る。
「君は本当に馬鹿だな。その化け物うさぎはおそらくゴーストだ」
「え、やっぱりゴーストなんですか?」
「あぁ。今、君に取り憑いている」
さらっと言われて、最初は意味が分からなかった。
「取り憑いている」という部分を何度か反芻してみて、ようやっと意味を飲み込んだときには、がたがたと身体が震え出す。
「しししし、師匠!え、私、だ、大丈夫なんですか?」
「それほど悪影響のあるものではないが、そいつを元居た場所に封印しないと、ルーニーラビットが集まって来る一方だろうな」
「えぇー・・・」
肩を落とした私に、師匠は追い打ちをかけるように残酷に告げる。
「封印を解いたのは、君だろう?1人でもう一度、封印し直して来い」
「そんなぁ!師匠も一緒に来てくださいよ!ていうか、入り口のガーディアンどうすればいいんですかー!?」
無茶だ。無謀すぎる。
私1人で行くとか、死にに行くようなものだ。
師匠は意地悪い笑みを浮かべて、にやにやと笑っている。
「なんだ。怖くて1人では行けないか?」
「怖いっていうか、自分の力量ではとてもじゃないですけど・・・。師匠ー、来てくださいよー」
「それが人に物を頼む態度か」
腕組みをして、私を見下ろしている師匠。
ダメだ。完全に困ってる私を見て楽しんでる。
長年の経験から、この場合、へりくだって師匠のご機嫌を取らないと、絶対に一緒に来てくれない。
「お願いします、一緒に来てください」
「嫌だ」
「すみません、ごめんなさい、1人じゃ怖いので、一緒に来て下さい」
「・・・まぁいい。僕も家が動物園のままじゃ困るしな」
面倒そうに玄関に向かう師匠を追いながら、私はふぅっと息を吐く。
これで、うさぎだらけの生活ともおさらばできそうだ。
あ、そういえば、私だけ呪いはかかっているのだろうか?
一緒にいたシオンさんは、大丈夫かな?
「師匠ー!」
「今度は何だ」
「あの、シオンさんも、もしかしたら呪いが・・・」
シオンさんの名前を出した途端、師匠の顔がぐっとしかめっ面になる。
「放っとけ。あいつは自分で何とかするだろう」
「えー、でも・・・」
私が言葉を濁すと、師匠はしばらく沈黙した末に諦めたように言葉を吐く。
「そんなに心配なら、街まで行って呼んで来い」
「師匠先に行きませんよね?」
「待っててやるから」
なんだかんだ言って、師匠もきっとシオンさんが心配に違いない。
けれど、そんなことをうっかり口にしてしまえば、お叱りを受けるのは目に見えてるので、心の中でくすりと笑う程度に留めておいた。




