09
理解が、できない。
一体、何が起こってるの?
シオンさんと遺跡の探検に来て、何か変な呪文読んで、そしたらウサギが出て来て。
そのウサギがでかいったらありゃしない。
しかも、人語を操るときた。
「ちょ、え、シオンさん・・・シオンさーん!」
半泣きになりながら助けを求めるも、気絶しているのかシオンさんは壁に背を預けたままぴくりとも動かない。
「ルーニーラビット!墓荒らしは、やっつける!」
赤い目でじっとこちらを見て来る様子に、私は全身が粟立つ。
まずい、こんな動物みたいな姿でも、魔物は魔物だ。
おまけに、呪文を読んで発動したということは、間違いなくガーディアンかトラップの類だ。
「やっつける!ルーニーラビット!墓荒らしは墓へ返す!」
「わあああああ!ちょっ、ちょっと待って!」
どすどす、と走ってこっちに向かって来るウサギに、私は慌ててシオンさんの方へ逃げる。
な、なんとかシオンさんを起こさないと!
私の魔法で倒せる相手ではない!
「シオンさん、起きて!起きて!」
がくがく、と揺すると、呻きながらシオンさんが目を覚ます。
「良かった!シオンさん!大変!なんか変な魔物!」
「んぁ?・・・うげっ、なんやあれ!でかっ!!」
言いながらも、シオンさんは素早く飛び起きると双剣を構えた。
そして、こちらに向かってくるウサギに飛び込んで行く。
「おおおおお!墓荒らしは墓へ!ルーニーラビット許さない!」
「なんや、こいつ!ルーニーラビットの進化系かいな!」
進化系、というよりは成長系じゃないだろうか。
だいたいにして、ルーニーラビットはウサギと見分けがつかないくらい、大人しい魔物だ。
その毛皮に微量な魔力が宿る程度の比較的どこにでもいる魔物。
そして、サイズだってこんなにでかくない。
ルーニーラビットの毛皮はふわふわしていて、とても触り心地がいいと、確か、去年のファッションの流行になったっけ。
ルーニーベストとか言って、私も欲しかったけど、値段が高くて断念したのを覚えている。
「なんや、こいつ!でかくてかなわんわ!」
しゃべりながらも、拳を振り回す魔物にシオンさんは僅かに双剣を掠めて行く。
くるくると、円舞を描きながら戦うその様子は、普段のシオンさんからは想像できない。
相手は特に魔法が使える訳ではないようで、ひたすら肉弾戦のようだ。
「埒あかんな」
シオンさんの双剣を上手く避けるウサギ、そしてそのウサギの攻撃を上手く避けるシオンさん。
確かに、互角すぎて埒があかない。
シオンさんは、素早く後ろに飛び退ると、双剣を目の前で交差し呪文を唱えた。
『たゆたう陽炎、描くは双龍、纏えし灼熱!』
聞いた事のない詠唱。
一体、なんの魔法だろう、と考えたその時、双剣から炎があがる。
「え!?シオンさん、すごい!」
「魔法剣士舐めたらあかんで!」
炎を纏った剣を手に、シオンさんは舞い続ける。
掠めるだけで、ウサギの皮膚を焼くその剣は確実に、相手の体力を削って行く。
「私も、見てるだけじゃだめだよね・・・」
「ピッ?」
ひょっこりと服の中から顔を出したスノウは、怖いのか出て来る気配はない。
そんなスノウを尻目に、私はシオンさんに加勢しようと、手近にあった石を手に魔法陣を書こうとして気がついた。
ここ、元々魔法陣の描かれている部屋だ。
魔法陣の上から更に魔法陣を書くと、二重円になり、複合魔法が発動する可能性がある。
上手くいけば、あのウサギを消滅させることができるけれど、下手すると強化することになりかねない。
私の知識では、この陣の反対魔法を解明することは無理そうだ。
私は石を投げ捨てると、シオンさんに目を向ける。
少しずつではあるが、炎の効果でシオンさんが化け物ウサギを圧してきていた。
このまま黙って見ていても、シオンさんは勝てそうだけれど、そんな甘ったれたこと、自分が許せない。
ついて来たのだから、何かしら役に立たないと。
「よっし!」
私はすぅ、と大きく深呼吸をする。
大丈夫、落ち着いてやれば、きっとできる。
「大地に宿りし巡る命よ、芽吹きの祝福を与え賜え!」
ぶわっと地面から、無数のツタが飛び出す。
やった!成功だ!
あとは、このツタがあのウサギの動きを止めれば!
と、思ったら、みるみるツタが枯れて行く。
「あ、あれぇ・・・?」
こんな時にも失敗するとは。
私が、がくり、と肩を落とすと、気持ちを代弁するようにスノウが小さな声でしょんぼりと鳴いた。
その時、シオンさんが大声をあげる。
「ちょぉ、リザちゃん!逃げぇ!」
「えっ?!」
呪文を唱えたせいで、ウサギの攻撃の矛先が変わったのか、こちらにどすどすと突進してくる。
「ルーニーラビット許さない!」
「う、うわぁ!」
思わず頭を抱えてしゃがみこんでしまった私の耳に、シオンさんの声が聞こえる。
「このやろっ!」
瞬間、パンッと言う弾けるような音がした。
そして、目を閉じていても分かるくらいに、何かが強い光を発したようだ。
「うっわ、なんや?!」
素っ頓狂な声をあげるシオンさんに、目を覆っていた手をそっと降ろして、おそるおそる様子を窺う。
そこには、炎を纏った双剣を携えたシオンさんがぽつりと立っているだけだった。
その周りには、白い色だけでなく、青や赤、黄色に橙色と様々な色が浮かんでいる。
色とりどりの光が私たちを取り囲んでいた。
触れるのかと思って手を伸ばしてみると、それは私の身体の中に入り込むように消えて行く。
その様子があまりに不気味で、思わず身震いしてしまった。
あの化け物ウサギはどこに行ったのだろうか?
「し、シオンさん・・・。ウサギは・・・?」
「いや、斬ったら弾けてしもうた。」
「はぁ・・・?」
よく分からない説明に、私は首を傾げるしかない。
弾けると言っても、物理的に弾けたならば、想像したくはないが、その辺に肉片が飛び散っているはずだろう。
けれども、どこを見ても化け物ウサギが存在したという形跡が全くない。
「ピィー」
情けない声をあげながら、スノウがそろそろと私の服の中から出て来る。
そして、あのウサギがいないのに安心したのか、頭の上に登ってきた。
「あれや。斬ったら、ぴかーって光って弾けてしもた」
シオンさんは首を捻りながら考え続ける。
そのシオンさんの説明に、私は更に首を捻る。
なんだかよくわからないけれど、倒したのならそれでいいんじゃないだろうか。
そう、心の中で自己完結した私の耳にふと声が聞こえる。
『ルーニーラビット・・・許さない・・・』
ぞわり、と肌が粟立ったけれども、あのウサギはもういないのだ。
私はその声は、気のせいだということにして、シオンさんには何も言わなかった。




