こうして弟子になりました
はるさんからのリクエストで、「師匠とリザのその後」です!二人はこんな感じで、時々昔を懐かしんだりしながら、のんびり日常を送っています。
本棚から本を抜き取っては、少し開いて立てて、窓に向けて並べていく。いわゆる、虫干しというやつだ。
数冊ならまだいい。けど、家にある本が一体何冊あるとリュルザは思ってるんだろう?
「おーわーらーなーいー」
すでに、虫干しを始めてから数時間経っているにもかかわらず、本棚の十分の一くらいしか進んでいない。一目で分かる。今日中には絶対終わらない。
「もう! 少しくらい魔法で手伝ってくれたらいいのに」
むぅ、と膨れても、今ここにはスノウもリュルザもいない。スノウは今日はまだ来ていないし、リュルザは自分の部屋を片付けている。まぁ、危ないものがいっぱいある部屋だから、自分でやらないといけないのは理解してるんだけどね!
ため息をついてから、本棚に手を伸ばす。そして、ゆっくりと次の一冊を抜き出した。
「あ、これ……!」
私は両手で本を握りしめると、ゆっくりとその表紙を眺める。
ドラゴンと小さな子供が描かれた表紙。
幼児向けの絵本だ。そして、何より、この本は――
「ママが描いた本……」
懐かしさに、自然と頬がゆるむ。これは、私がリュルザに弟子入りするきっかけにもなった一冊なのだ。
あれは――ちょうど、十歳になったくらいの頃だったと思う。
◆
本棚を整理するお兄さん背中を、私はじっと眺めていた。ここにある本は、読んだり触ったりしていいと言われているけど、何が書いてあるのかさっぱりだ。
「リザ、これを」
「はーい」
時折手渡される本を開いて、床に並べる。虫干し、というらしく、本を長持ちさせるために必要だとお兄さんは言っていた。
お兄さんは、魔物から私を助けてくれた、すごい魔法使い。名前は教えてくれないし、素性も何も分からないけど、この家で面倒を見てくれてる。
ママとパパのことはあんまり覚えてないけど、どちらかが魔法使いだった気がする……ような、しないような。
「お兄さんは、どうして魔法使いになったの?」
ふと気になって聞いてみれば、「さぁ?」と短い返事が返ってきた。
「気がついたら、魔法を使っていた。特別、魔法使いを志した訳じゃない」
「そうなんだ。お兄さんは、私のママとパパのこと、何か知ってたりする?」
本を捲っていたお兄さんの手が止まる。振り返った金色の瞳は、探るようにこちらを見ていた。私は慌てて言葉を付け足す。
「その、えっと、ママかパパのどっちかが、魔法使いだったような気がして……」
お兄さんは黙ったまま、再び本棚に向き合う。そして、下の方から一冊の絵本を取り出した。
「これは、君のお母さんが描いた絵本だ」
「えっ?!」
差し出された絵本を、震える手で受け取る。表紙には、大きなドラゴンと小さな子供の絵が描かれていた。どうやら、冒険物語のようだ。
早速、表紙を開こうと手をかける。けど、なぜか、お兄さんがやんわりとその手を止めた。
「?」
疑問符を浮かべてお兄さんを見上げる。
「初めてだから、一緒に行こう」
「???」
ますます分からない。私がぽけっと首を傾げていると、お兄さんは小さくため息をついて、絵本に手を添える。
「開けば分かる」
謎に二人で本を持ったまま、私は表紙に目を落とした。とりあえず、ママが描いたというこの絵本を読みたい。お兄さんが言ってることは分からないけど、開けば分かるというなら、開いてみようじゃないか。
私はそっと表紙を開く。
途端に、目の前がキラキラとした光に覆われる。眩しくて、思わず目を閉じて、お兄さんに助けを求めた。
「わ! えっ?! なんか光が!」
「大丈夫だから。慌てるな」
頭の上に、ぽん、と手が乗る。きっと、お兄さんの手だ。小さい頃から、私が怖がるとあやすように乗せられる温かい手。私はいくらか安心して、ゆっくりと目を開いた。
そして、目の前に現れたドラゴンに、一瞬で腰を抜かした。
「わぁぁぁぁ?!?!」
「……もう少し落ち着けないか?」
「そ、その声?! お兄さん?!」
私の身体の倍はある緑色の巨躯を見上げる。ぎろり、と金色の瞳が動いて、こちらを見定めた。
「絵本の中に入って、物語を体験できる。これが、君のお母さんの魔法だ。自分の体も見てみるといい」
そう言われて、自分の体を見下ろす。確かに、いつもより手の大きさがずっと小さい。それに、目線の高さもいつもより低かった。
「す、すごい! 子供になってる!」
「子供が何を言ってるんだ」
「私、もう10歳だよ!」
はぁ、と大きなため息がドラゴンから漏れてくる。それが何だか面白くて、私は声を上げて笑った。
「お兄さん! 背中に乗せて!」
「……分かったから、走り回るな。ほら」
お兄さんが、身体を屈めて、私に乗るように促す。よいしょ、とよじ登れば、ドラゴンの背中に乗るというあり得ない体験に心がわくわくと弾んだ。
「しゅっぱーつ!」
「まったく……」
ばさりと、翼が広がる。お母さんの絵本の世界を冒険できるなんて、夢みたい!
◆
「お兄さん、どうしてママの本を持ってたの?」
絵本から戻ってきた私は、未だに冷めない興奮の中、お兄さんにたずねた。ドラゴンではなく、いつもの姿に戻ったお兄さんは、絵本を虫干しの場所に並べる。
「……たまたまだよ。好きになった絵本の作者が、君のお母さんだったんだ」
「ふーん。お兄さんもドラゴンとの冒険に憧れたりしたんだね」
魔法使いのお兄さんは空も飛べるし、何でも自分で出来るのに。やっぱり、男の子というのは、ドラゴンに憧れるものなんだろうか?
お兄さんは何も答えずに、また本棚に向き合い始める。
「ねぇ、お兄さん」
「なんだ」
「私も、お母さんみたいな魔法使いになれる?」
お兄さんの手が止まる。ゆっくりと振り向いて、黙ったまま私を見つめた。
なれるよ、とか、リザには素質がある、とか、そんな言葉が返ってくるんじゃないかと期待して、どきどきしながらお兄さんの口が開くのを待つ。
「…………努力次第じゃないか?」
「えーっ?!」
想像とは違う言葉に、私はぷくっと膨れた。
「やだ! 魔法使いになりたい! お兄さん、魔法教えて!」
「なんで僕が……」
「おーしーえーてー! お兄……じゃない! 先生? 師匠?」
「どっちでもいい」
「どっちでもいいってことは、教えてくれるってこと?!」
やったー! と私は両手を上げて、飛び跳ねて喜ぶ。
「よろしくお願いします! 師匠!」
師匠は呆れたように、天井を仰いだ。
◆
「あいたっ!」
ごつん、と後頭部に衝撃を感じて私は現実に引き戻された。振り返れば、そこには本を片手に半眼でこちらを睨むリュルザが立っている。あ、これ、本の背表紙で叩かれたやつだ。
「何をぼーっとしてるんだ? 一生、本の片付けをして過ごすつもりか?」
「ちょっとくらい思い出に浸ってもバチは当たりませんー」
言い返して、ほら、とママの絵本を見せる。リュルザは予想外の品を見せられたせいか、目を見張って黙り込んだ。私は勝ち誇ったように、ふふん、と笑う。
「私が、リュルザに弟子入りしたきっかけの絵本だよ」
「ほぼ無理やり弟子になったようなもんだろう」
「でも、私が弟子で良かったでしょ?」
「どの口が言うんだ」
ぐい、と頬を引っ張られる。
「いひゃい! いひゃい!」
ばしばしとリュルザの手を遠慮なく叩き(なんなら足も蹴った)、頬から遠ざける。せめて、ふに、くらいなら可愛いもんなのに。
ひりひりと痛む頬をさすりながら、手にした絵本を虫干しの仲間に入れる。
「この絵本、初めて一緒に読んだ時は、リュルザはドラゴンに憧れてたのかなーって思ってたんだけど」
床から立ち上がって、リュルザを見上げる。子供の時と比べたら、だいぶ身長差は縮まったけど、それでもリュルザは背が高い。
「今なら分かるよ。リュルザは、人間と冒険することに憧れてたんだよね」
図星だったのか、リュルザがふい、と視線を外してそっぽを向く。調子に乗った私は、あれあれ〜? とわざと顔を覗き込んだ。
「ねぇねぇ、久しぶりに一緒にママの絵本読もうよ」
「嫌だ」
「リュルザの背中に乗って、飛びたいな〜」
「一人で読め」
「せっかく見つけた、思い出の品だよ!」
リュルザのローブの裾を掴んで引っ張れば、呆れたようなため息が降ってくる。
「やめろ、引っ張るな。読むにしても、ここの本棚の片付けが終わってからだ」
「それって、終わったら一緒に読んでくれるってことだよね?!」
よし! と私は気合を入れて、腕まくりをする。俄然、やる気が出てきた!
「さっさと終わらせちゃおう!」
そして、本がぎっしり詰まった棚と向かい合うのだった。
◆
「お、終わらないー!!」
「絵本はお預けだな」
「そ、そこをなんとか! リュルザ様、師匠様、お兄様!」
「………………」




