【閑話】お客さんの対応をします
カランコロン、と玄関のベルが鳴り、来客を告げる。
私はサッと、ソファでくつろぐ師匠へ視線を送った。
――駄目だ、本から目を離す気が全くないようだ。こちらを一瞥すらせずに、玄関の方を顎でしゃくっている。
「はいはい。私が出ろってことですね」
仕方なくダイニングテーブルから立ち上がって、玄関へ向かう。
せっかく新しくブレンドしたハーブティーを淹れたところだったのに。冷めたら、師匠に魔法で温めてもらおう。
「お待たせしました〜!」
ドアを開けて、自分を接客モードに切り替える。師匠ほど、にこにこにこにこはしないけど、愛想が大事だというのは正しい。
「あ、えっと、こんにちは!」
訪ねてきたのは、男性だった。私より少し年上くらいだろうか? 師匠よりは年下な気もする。
この方は、いつかの日に、傷薬を買いに来た人だ。そして、あの傷薬を作ったのは、確か……私だったはず! まさか、全然効かなくてクレームを入れにきたとか?!
思わず身構える。
「本日はどのようなご要件で……?」
恐る恐るたずねると、男性は手に持った包みを示す。
「実は、この間の傷薬のおかげで、すっかり怪我も良くなりまして。魔法使いさんに、お礼をと思って……」
良かった! クレームじゃない! 本当に良かった!
「彼は、留守ですか?」
「あー、いえ、師匠はいるんですけど……」
面倒くさがって出てこない、なんて、口が裂けても言えない。
言葉を濁した私に、男性は小さく笑った。
「お忙しいんですね。そしたら、お弟子さんのあなたに、こちら、お渡ししても良いですか?」
「これは……?」
「パウンドケーキです。お口に合うと嬉しいんですけど」
「わーーー! ありがとうございます! とっても嬉しいです!」
手渡されたケーキを両手で大事に抱える。まるまる一本ある。そして、師匠は甘いものをあまり食べない。ということは、これは、全部、私のもの!
「それにしても、あの薬、本当にすごいですね。すぐに怪我が治ってびっくりしました」
世間話のついでとはいえ、手放しで褒めてくれるものだから、つい、嬉しくて饒舌になってしまう。
「あれは普通の水じゃなくて、魔力を含んだ特殊なものを使っていてですね……」
「もしかして、傷薬を作ったのはお弟子さんなんですか?」
「えへへ、恥ずかしながら……」
「ぼくとそんなに年も変わらなさそうなのに、すごいですね!」
照れながら頬を掻く。すごいすごいと、持ち上げてくれて、ちょっと得意になってきた。
「他にも何か作ってるんですか?」
「魔法薬だけじゃなくて、ハーブティーの調合なんかもやりますよ」
「へぇ〜。それも、売り物だったりします?」
「今はまだ……」
「それは残念です。飲んでみたかったなぁ」
「あっ! さっき、新しいブレンドを淹れたばっかりなんで、良かったら――」
飲んでいきますか? という言葉は喉の奥に消えた。腕の中で大事に抱えていたパウンドケーキの質量が、スッと消える。
そして、ずるずると長い、師匠のいつものローブで視界がいっぱいになる。
「すみませんね。弟子のおしゃべりに付き合わせて」
男性から私を隠すように、前に立ちはだかった師匠。その表情は後ろからは分からないけど、きっと、いつもの営業スマイルを貼り付けているんだろう。
「いえいえ! 傷薬、ありがとうございました。すっかり良くなりまして。直接お礼をお伝えできて良かったです」
「こちらこそ。代金を頂いている上で、このような品まで頂いてしまって恐縮です」
「ほんの気持ちなんで。お弟子さんと一緒に食べてください」
では、とその場を辞す男性を見送り、師匠がドアを閉める。
バタン、と閉じた瞬間に、はぁ、と特大のため息が師匠の口からこぼれた。
「パウンドケーキ!」
取り上げられた包みに手を伸ばせば、師匠が呆れた表情になる。
「リザには危機感というものがないのか?」
「えっ?! どこか警戒する場面ありました?!」
師匠の金色の双眸が、不機嫌そうに細まった。
「よく知らない客からの差し入れ。同年代の異性への気軽な声掛け。ほいほい家に人を招き入れる」
「招き入れてなんか……」
「僕が割って入らなければ、お茶に誘っていただろう」
うぐっ、と私は詰まる。なんなら、持ってきてくれたパウンドケーキも一緒に食べようとしていた。
「ほぼ初対面の相手への距離感ではないな」
師匠が手に持ったパウンドケーキをじっと見つめる。
「今回は幸い、善意のようだが」
そのまま、私の両手にパウンドケーキを押し付ける。
無言詠唱で呪い晒しを使ったのだろうか? 毒が入ってるかどうかを確かめたに違いない。
師匠の小言は終わったのか、くるりと背を向けるとソファに向かっていく。無事に私の元へと返ってきたパウンドケーキを胸に抱きながら、その背に小さく文句を垂れた。
「師匠は疑り深すぎます」
ははっ、と私の言葉を鼻で笑って、師匠が半分振り返る。
「長年生きてると、人の良いところも、悪いところも見ているからな。疑うくらいがちょうどいいんだよ」




