02
師匠の様子がどうもおかしい。
いつもおかしい、というのは禁句だけれども。
ポストから郵便物を取って家の中に持って入るのは、私の仕事だ。
残念ながら、私には外の知り合いはシオンさんくらいしかいないので、届いたものは全て師匠のものなんだけれど。
その郵便物に、最近、毎日のように同じ封筒で同じところから送られて来る物がある。
金色のものものしい装飾を施されて、こちらも金色の蝋で封印されたゴージャスな封筒。
一体、どこから来てる郵便物なのだろうか。
12年間一緒に暮らしていたけれども、こんな封筒見た事が無い。
もちろん、宛名は書かれていなかった。
誰も師匠の名前を知らないからか、大抵の郵便物には住所しか書いてないのだ。
珍しいものだと「魔法使い様」と書いてあったりするけれど。
それから、差出人の名前を見れば「アリーセ」とある。
アリーセ、はどこからどう見ても女の人の名前だ。
はっ・・・こ、これは、もしかして師匠の恋人?!
遠距離で会えないから、こうして手紙を送って来るとか?!
と、思ったのは一日目だけ。
残念ながら、師匠はこの封筒を見た瞬間に私の手から引ったくり、ビリビリに引き裂いたのだ。
「え?し、師匠!恋人からの手紙を破るなんて、何事ですか!」
「君の頭は悪い悪いと思っていたが、ついに目も当てられないくらいに落ちぶれたな」
師匠は心底嫌そうに顔を顰めると、破いた手紙を更に燃やす。
「彼女が恋人だなんて、君が僕より魔法が上手くなるくらい、あり得ない事だ」
ここまで嫌悪感を表しているときは、大抵、師匠が本当に嫌がっているときだ。
嘘ついてるときは、私の反応を伺ってにやにやしてることが多いもの。
まぁ、そんなことがあった日から一週間は連続して手紙が送られて来ている。
それが、どんどんグレードアップしているようで、今日なんか、師匠が燃やそうとしたら手紙が水を吹き出したからそりゃもう大変。
おかげさまで、私が後始末させられる羽目になっていますとも。
「師匠ー、どうして師匠のせいなのに、私が片付けしないといけないんですか」
「僕が片付けるのが面倒だから」
「正直にもほどがありますよ、師匠」
「僕は、常に嘘偽り無く生きてるからな」
「それ自体が嘘じゃないですか」
なんて、馬鹿な会話を交わしたりした次の日。
「師匠、またアリーセさんから手紙来てますよ」
「もう、その手紙は持って来なくていい」
「でも、こんなに手紙を送って来るってことは、師匠に伝えたいことがあるんですよ」
「伝えたいこともないのに、こんなに手紙を送って来たら気持ち悪い」
「ほら、屁理屈言ってないで、今日こそ読んであげたらどうですか?」
そう言って、私は師匠に手紙を押し付ける。
師匠は眉を顰めた後、諦めたように手紙を開封する。
中から出て来たのは、どうやらメモ用紙一枚のようだ。
あれだけしつこく送ってきていた割には内容が薄そう。
「師匠、なんて書いてあるんですか?」
「・・・残念ながら、君を置いて僕は出て行かないといけないようだ」
「え?!どういうことですか?!」
師匠が金色の双眸で、悲しそうに私を見つめる。
ちょ、ちょっと!待って!
「し、師匠、嘘ですよね!?そんなメモ一枚で、どうして私を置いて出て行くことになるんですか?!」
「残念ながら、開封して読んでしまったからには、無視する訳にはいかないんだ」
「そ、そんな!何かの呪いでも掛かってたんですか?!」
「せっかく僕が無視していたのに、君が開けて読んであげろなんて言うから」
師匠はため息をつくと、空いている方の手で私の頭を撫でる。
その大きな手の温かさに、私はガーディアンとの一件を思い出す。
師匠が優しいときは、大抵何かがあるときだ。
ちょっと、これ、どうしたらいいの?!
「師匠!私を置いて行かないでください!」
「しかしな・・・」
「やだ!絶対やだ!私も着いて行く!」
思わず、師匠にぎゅっと抱きつく。
こうしてくっついていれば、離れて行かない気がする。
師匠の胸に顔を埋めながら、私は駄々っ子のように首を振る。
「嫌ですよ!絶対離れませんからね!師匠がダメって言っても、着いて行きますから!」
「リザ、君は・・・」
・・・あれ?
師匠の身体が、まるで笑いを堪えるように震えている。
ぴったりくっついている私には、はっきりとそれが分かる。
「し、師匠?」
「あはは、本当にお馬鹿さんだね」
そう言うと、師匠は声を上げて笑い始める。
・・・これ、私、騙された?
ぱっと師匠から離れれば、いつもの仏頂面、不機嫌面、真っ黒な笑みではなく、心底可笑しいと言ったように笑っている。
「もしかして、嘘ですか?」
「あぁ、ほぼ嘘だ」
「師匠の馬鹿!」
必死になって抱きついた自分が馬鹿みたいだ。
急に恥ずかしくなって、頬が熱くなってくる。
「傑作だな、そんなに僕がいなくなるのは嫌か」
「・・・っ!師匠なんか、どこにでも行けばいいじゃないですか!」
「抱きついてまで、ついて来ると言い張っていたのに?」
「嘘です!演技です!師匠なんかもう、知りません!」
「そこまで言うなら、そういうことにしておいてあげよう」
にやにやと、意地の悪い笑みを浮かべながら師匠は私を見下ろす。
くそう、こうやって私ばっかり師匠に弱味を握られていくんだ。
いつかこの師匠に『リザがいないと僕はやっていけないよ』とか言わせてみたい。
「師匠なんか大嫌いです」
「そうか。君が嫌がる姿を見るのが僕は好きだから、それは都合がいい」
「性悪!」
ふん、とそっぽを向くと、師匠は頭を軽く小突いて来る。
「まぁ、今のは冗談だとしても、しばらく家を空けるのは本当だ」
「嘘でしょ」
「嘘じゃぁない。明日には出ないと間に合わないからね」
じとっと師匠を半眼で見つめれば、師匠は可笑しそうにまた笑う。
「リザの大好きないちごショートを買ってあげるから、しっかり留守番してるんだよ」
「子供じゃないんですから、留守番くらいできますよ!それに、今はスノウもいますし」
「それは頼もしいね。君が1人で留守番しているよりも、スノウが1人で留守番してる方が安心だな」
師匠はさくっと嫌味を言ってから、自室に足を向ける。
・・・出掛けるの、本当、なんだよね?
「師匠!」
「なんだい?」
「あの、どれくらい家を空けるんですか?」
「・・・そうだね。ざっと一週間くらいかな」
「一週間・・・」
12年間、師匠と暮らして来たけれど。
そんなに家を空けるのは初めてだ。
今までは、長くても2日だったのに。
「いいね、くれぐれも魔物には気をつけるんだよ」
「えっと、あの!師匠・・・何しに行くんですか?」
私の質問に、師匠は少し考えるように顎に手を当てる。
ぎらぎらと光る金色の双眸が少し細められ、私を捉えた。
「・・・内緒だ」
「えー?」
「心配しなくても、危険なことをしに行くわけじゃない」
「どちらかというと、師匠に危険なことをされる人がいるんじゃないかと心配ですが」
「生意気を言うのは、この口か?」
ぐい、と頬を引っ張られて私は思わず悲鳴をあげる。
師匠ってば、それを見て楽しそうにしてるんだから、本当に意地が悪いったらありゃしない。
「これから僕は出かける準備をするから。昼食の時間になったら、呼びに来てくれ」
「はーい」
そう言って、自室の扉をくぐった師匠に、ひりひりする頬を抑えながら私は立ち尽くした。




