09
「入りますよ?」
食事の乗ったトレーを片手で支え、右手でドアをノックする。
どうぞ、という声を待って、私は部屋のドアを開いた。
ベッドの上で、アルノーさんが身体を起こしている。
どうやら、今日は調子が悪いらしく、外を出歩くのは苦しい様子だった。
昨日はあれほど元気だったのに、翌日には動けなくなるなんて、なんとも信じ難い。
けれども、彼が吐血する場面を見れば、普段の元気な姿の方が無理をしているのではないかと疑ってしまう。
それほどまでに、病状は悪化しているのだと嫌でも思い知らされた。
アルノーさんの部屋には、よくわからない植物がたくさん置いてある。
小さな鉢植えだけでなく、私の背丈くらいはあるだろう木も部屋の隅に鎮座しているのだ。
以前、聞いた話しでは、これらは融合に成功した植物らしい。
新しく開発したものは、リュルザに時魔法で成長させてもらうのだが、そうでないものは、きちんと育てて土壌や植物に最適な環境というのを研究しないといけないらしい。
なんとも気の遠くなる話だ。
時間がかかる研究をしているのだから、アルノーさんには無茶をしないで欲しい。
「やっぱり外に出たりしないで、ちゃんと療養した方がいいです」
「嫌だよ。それより、今日の昼食は何?」
私の心配をばっさりと切り捨てて、からからと笑いながら、アルノーさんがお皿を覗きこむ。
調子が悪くとも、食欲はあるようなので、今日は普通の食事だ。
「ニョッキですよ」
「なにそれ?美味しいの?」
「じゃがいものお団子だと思ってください」
へぇ、と声を上げながら、アルノーさんは手近にあった机を引き寄せる。
そして、その上に乗っていた、魔法陣が書きなぐってある紙や虹色の羽根ペンをどかした。
私はその中に、いやに見覚えのあるものを見つけて目を瞬く。
「アルノーさん、それ・・・」
「どれ?」
「その羽根ペンです」
「綺麗でしょ?でも、あげなーい」
机の上にトレーを置きながら、私は苦笑する。
「誰もください、なんて言ってないですよ」
「わかってるよ。でも、例え、リュルザにせがまれてもあげられない」
「・・・プレゼントですか?」
以前、雑貨屋で見た記憶をたどりながらそう尋ねれば、アルノーさんが驚いたように目を丸くした。
「どうして分かったの?」
「え、あ、えーと、すごく大事にしているようなので」
「そうそう、オレの幼馴染みが、昔、誕生日にプレゼントしてくれたんだ」
あの茶髪の少女のことだ、とぼんやりしたシルエットを思い浮かべる。
アルノーさんはとても優しい目で、羽根ペンを見つめていた。
「融合魔法を学んだきっかけもさ、彼女に青い薔薇をプレゼントしようと思ったからなんだ」
「青い、薔薇?」
「うん。アイリスの瞳は、とっても綺麗な青色で、青い薔薇を髪に飾れば似合うと思ってさ」
アイリス、という単語にぴくりと身体が震える。
以前、魔法具の置いてあるお店で見た白昼夢の中の少女はアイリスだったのか。
茶髪に綺麗な青色の瞳、それは、以前アイリスに触れた時に見た彼女の姿と重なる。
あの女は、アルノーさんの幼馴染みで、こんなにも彼に大切に思われているだなんて。
胸の中で、黒くどろどろした感情が渦巻いた。
「で、数年前に成功してさ。プレゼントしたらもう、おおはしゃぎ」
「・・・アイリス、さんのこと。アルノーさんは大好きなんですね」
「え?そりゃ、もちろん」
躊躇うこと無くそう言い切ったアルノーさんに、アイリスは私の両親を殺したんだ、と叫びたくなった。
目的のために、そう、アルノーさんのために、残虐な行為を繰り返したアイリスを、きっと、彼はまだ知らないのだ。
知っているなら、こんなにも穏やかな顔であの女のことを語れるはずがない。
「今はこうして離れているけど、近いうちにアイリスもこっちに来るんじゃないかな?」
「え・・・」
「ほら、これ。手紙をくれてね。研究に一区切りついたから、俺のお見舞いに来てくれるみたい」
なんて、嬉しそうな顔をするのだろうか。
手に持った紙切れを愛しそうに見つめて、微笑みを浮かべるアルノーさんが、とても遠い。
持ってきた食事を叩き落として、アイリスは最低な人間なのだと喚き散らしたかった。
私は気持ちが鎮まらず、つい意地の悪い問いかけをしてしまう。
「もし、アイリスさんが・・・研究のために、酷いことしてたらどうします?」
「酷いこと?」
「例えば、他人の命を奪う、とか」
アルノーさんは面食らったようだが、からからと笑って私の言葉を受け流す。
「あいつが?虫一匹殺せないような子だから、無理だよ」
ひゅ、と喉が締め付けられる。
私の知っているアイリスなら、きっと笑いながら虫を捻り潰すだろう。
そして、あっという間に見るも無残な姿に変えてしまうのだ。
「君が何を心配しているのか分からないけど、アイリスはいい子だよ。きっと、会えば気が合うんじゃないかな?」
「どうして、そう思うんですか?」
「んー?だって、アイリスは面倒見が良いし、優しい子だから。まぁ、あの間延びしたしゃべり方は直したほうが良いといつも言ってるんだけどね」
いただきます、と手を合わせてから、アルノーさんが食事に手を付ける。
美味しい、と頬をほころばせて褒めてくれるのが、いつもなら嬉しいと感じるはずなのに。
幸せそうにするアルノーさんを、どうしてか憎く感じてしまった。
「あの、しばらくしたら、またお皿取りに来ますね」
余計なことを言わないうちに、部屋を出てしまおうと私は口早に告げる。
アルノーさんは、1人で食事をすることが不満なのか、口を尖らせて目を細めた。
「えー?行っちゃうの?っていうか、リザもこっちに食事持ってきて、一緒に食べようよ」
「すみません、リュルザと外で食べる約束しちゃいました」
「まったく!リュルザ、リュルザ、ってそればっかり!あいつもリザ、リザってさ」
ふん、とそっぽを向く彼に、私は肩を竦める。
「リュルザに言って、ここで3人で食べます?」
「いいよ、いいよ。若い者だけで楽しんでおいで」
行った行った、と手をひらひらと振るアルノーさんに背を向ける。
けれども、やはり、どうしても言いたいことがあって、ドアに手を掛けてから半分だけ振り返った。
「アルノーさん」
「なに?」
「私、やっぱり、アイリスさんとは仲良く出来ないです」
きょとん、としているアルノーさんの表情を背に受けて、私は逃げるように部屋から出る。
アルノーさんにとってのアイリスが、どんな人物なのかは分からない。
アルノーさんのことは、大好きだ。
話は聞かないし、ずいぶんとからかってくることもあるけれど、彼はとても優しい。
けれども、彼のことが好きだからといって、彼が好きなものまで好きになれるわけではない。
私にとっては、どう足掻いても、アイリスは敵にしか見えないのだ。




