第一話 水一杯、十億。――それがこの世界の現実だ
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乾いた空気が、喉に刺さる。
かつて当たり前に存在していた水は、今やこの世界からほぼ消え失せた。
10年前――「落日」と呼ばれたあの日を境に。
太陽は地球へ異常接近し、海は蒸発し、川は干上がり、雨は止んだ。
本来なら、その時点で人類は滅びていた。
だが――この世界には魔法があった。
各属性の神の加護を受けた人間たちは、結界を張り、熱を防ぎ、都市を守り抜いた。
それでも守れたのは“命だけ”。水までは守れなかった。
そして、残された僅かな水を巡り――人は、人でなくなった。
配給所にできた長蛇の列は、やがて悲鳴へと変わり、
一杯の水を奪い合い、殴り合い、踏み潰し、命を落とす者が後を絶たなかった。
水を運ぶ車列は襲われ、護衛ごと消え、
井戸が見つかれば、その日のうちに血で濁った。
子供が隠し持っていた水を、大人が奪い取る。
そんな光景すら、珍しくなくなった。
水は金や権力を超える“絶対資産”となり、人々は奪い合い、国は支配しようとした。
その結果、水魔法の使い手は“資源”として扱われ、
国の管理施設へと集められ、限界まで酷使され――そして、壊された。
そんな施設の一つから、逃げ出した男がいる。
すべてを使い潰される前に、水魔法を極め、
自らの身体すら水へと変える領域に至り、監視も拘束もすり抜けた。
そして今――
そんな世界の片隅、闇市の一角にある小さな店。
そこでは、水が売られている。
「……聞いたぞ」
場違いなほどふんぞり返った男が、机を指で叩いた。
「ここじゃあ、水が買えるらしいな」
カウンターの奥、男――通称マスターは何も答えない。
「一本一万で買ったって話だ。安すぎて笑える」
くく、と喉を鳴らす。
紙幣の束が机に叩きつけられる。
「10倍だ。そのまた10倍でもいい。全部買ってやる。あるだけ寄越せ」
――沈黙。
やがて、マスターは無言で手を動かした。
次の瞬間、机の上に一つの透明な容器が置かれる。
中には、なみなみと満ちた水。
一切の濁りもない、完全な透明。
この世界ではありえない、“奇跡”。
「……はは……本物、かよ……!」
男は笑う。欲望に濁った目で。
マスターは、短く告げた。
「……億だ」
「は?」
「一本、十億」
空気が凍る。
――この男は、水を売る。
善人には相応。
悪人には、人生すべてと引き換えに。
国に管理され、使い潰されかけた水魔法使い。
その施設から脱出し、“水を握る側”へと回った男。
これは、水が命より重い世界で、
最強の水魔法使いとなった男の物語。
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