「白の汚染」
勝敗の結末。それを確認するのに時間はかかった。
嵐の様に荒ぶる炎と熱。砕けて飛び散る水晶。クロトもその壮絶な空間に取り残されたまま、衝動に耐えるしかなかった。
ようやく視界を解放できるようになっても、わかるのは酷い惨状というもののみ。
粉塵と水晶の塵が合わさり空間に漂う。微かに見える周囲の水晶はどれも熱に負け溶け落ちてしまっている。唯一無事なのは、魔女が施した防護壁の奥にある祭壇のみだ。その防護壁ですら亀裂をはしらせ、崩れ落ちてゆく。
忘れかけていた呼吸を取り戻しつつ、クロトはタダその場に確かに立っているのだと実感する。
足はしっかり地を踏みしめ、その身は熱と破片でボロボロ。それでも、不死の力が衰えずその身を治癒しようとしていく。
『……え? は? か……た……、のか?』
この結果にニーズヘッグも驚きを禁じ得ない。
何故なら、ニーズヘッグも敗北の寸前を目の当たりのしているのだから。
どうして戦況が覆ったのかなどすら、理解できずにいる。それは、半分クロトも同じでいた。
クロトは自身の左手にへと目を向ける。粉塵に紛れ、左手にあったモノは光を帯びてガラスの様に脆く砕けて消えてゆく。
夢なのか、幻だったのか。しかし、確かにその左手にあったモノがこの戦況を覆した事に変わりはなかっただろう。
それが何だったのかは、今となっては思い出せはしない。
だが、これだけははっきりと言い切れた。
魔女の【怒り】。それを撃ち砕けたのだと。
でなければ、今も目の前にあの竜は恐怖の象徴として居座っていたことだろう。
『なんか……終わったって思って……。でも、なんか勝ってて…………。意味わかんねーんだが!?』
「うるさい。……っ」
体は治るも体力までとはいかない。今でも限界を超えた体力消耗は、ほんの少しの動きですら大きく身を傾かせてゆく。
一歩が重い。倒れそうになるなど遅れて気付いて、近くに突き刺さっていた水晶の剣を掴み取りなんとか支えた。
『おいおい平気か!? ……つっても、俺もへとへとなんだが…………。変わって動いてやる事もできねーわ』
無理矢理枷を壊し、自分にかかる負荷も相当なものだったのだろう。こちらを気にかけるも、その姿はとても頼りなく地に横たわっていた。
クロトは握った剣を杖代わりに、一歩ずつ遅くはあっても祭壇にへと歩み寄る。
玉座でエリーは今も目覚めぬまま。まるでこちらとでは世界が切り離されたかのようだ。近くに思えて、とても遠くすら感じる。
「……っ。あとは、こんなもん止めて、……それで終わりだっ」
エリーが要であるなら、玉座から彼女を引きずり下ろせばよい。そう考え、前へ前へと身を動かす。
「…………」
段差の前でクロトは一度足を止める。
平面だけでも歩きづらいというのに、段差があるとなると余計に億劫にもなる。そんな気だるさが押し寄せてもくる気はした。
呼吸を整え、剣を持ち上げる。
……が。その刃先は段差の高さよりも高く、なんならあらぬ方向にへと向いていた。
そのまま狙いを定め、一気に剣を突き刺した。
「……っ」
クロトは剣を自身の腹に突き刺していた。息を吐く口から血が溢れ吐き出す。
何故自分をこの状況で傷つけたのか。そのニーズヘッグの疑問はすぐに晴れた。
「…………ぁっ」
クロトは後ろにへと目を向ける。
そこには……こちらに何かしようとしたであろう魔女がいた。
剣は魔女の胸を見事に貫いている。触れそうに伸ばされていた魔女の手から、カランと石が滑り落ちる。その石にニーズヘッグは寒気を帯びる。脳裏をよぎったのは、自身を宝石に封じ込めた時の屈辱。それを使おうとした理由は、恐らくクロトとニーズヘッグの繋がりを剥がそうとしたのだと思える。繋がりがなくなれば、クロトは不死ではいられない。これ以上余計な事が出来ないと、最後の悪足掻きだったのやもしれない。
「……っ、よく……わかったわね」
「本当にいるなんて、思ってなかったよ……っ。だが、あれでお前が死ぬのも……考えられなかったからな。保険だよ」
剣を躊躇いなく引き抜く。
両者から血は噴き出すも、クロトは直ぐに治癒しようと炎が纏わりついてくる。だが、魔女はそうはいかない。魔女は不死ではないのだから。胸から鮮血を溢れさせ、力なく倒れてゆく。
「お前、よく俺の背後にいたりしてたよな……。お前は無意識だったみたいだが、こっちはよく覚えてるんだよ。何回お前にそうやって屈辱を味合わされてきたか。…………だから、お前殺す方法で幾つか考えてたんだよ。そういうタイミングあれば、だいたいこの辺狙えば当たるんじゃねーかって……」
すでに傷は消えてはいるが、クロトは突き刺した傷口付近に手を当てる。
「無駄にならなくてよかったよ……。正直、アホな策考えてんじゃねーかって、思ってた時もあったからな」
この数年間は無駄ではなかった。
ひたすら魔女を追い、どうすれば倒せるかそれをずっと考えてきた。
その中で、これは愚策の内に入っていた。
だが、それは魔女に致命傷を負わせていた。
皮肉にも思えるだろう。自分が溺愛した者に最後は止めをさされ、目的を阻まれたのだから。にも関わらず、魔女はわずかながら高揚な笑みを浮かべてもいた。
「よくできました」と、褒められている様で後味が悪い。せっかく、目標を達成できたというのに。
どこか勝ち誇れない。それどころか、どうしてか負けた気にすらなる。
そんな気がして止めどなく押し寄せる胸騒ぎに戸惑いを得てしまう。
血の気の引いてゆく魔女は、血を吐きこぼしながら言葉を紡ぐ。
「……残念……ね。もう、…………時間なの」
その時、祭壇の砂時計の砂が、全て落ちきる。
頭上を描く星の数々、それらが重なり合い極光を放ち柱となって落ちた。祭壇を光が覆い、その場全てを呑み込み始める。
遅かった。それが結果だった。
抑えきれない光の嵐。それに抗いながらクロトは叫び、声も姿も掻き消されて白に呑まれてゆく。




