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襲撃と逃亡

やらなくてはいけないことは沢山あるのに…

現実逃避です。

 ガツッ、ガツッと何かが馬車の天井を引っかいている。横転した檻の中で、ハズレの九人と一匹は身を低くした。小犬のロウガが低く唸っているが、威嚇にもなっていないようだ。

 

「不味いな、これは…」

 

 冷静にコウキが呟く。

 

「不味いなんてもんじゃないだろう」

 

 慌てる様子もなくカエンが同意する。

 

「逃げたほうがいいだろうね」

 

 村娘Bのユーリが斜めになっている馬車の扉に手を触れ、暢気に言う。どうして皆そんなに余裕があるんだろうとグレンは不思議に思うが、どういう訳か、彼自身あまり恐怖を感じていなかった。

 馬車に対する攻撃が一瞬止み、離れた場所から金属と金属がぶつかりあうような音が聞こえてきた。それに断末魔の叫びが混ざる。

 

「おい、逃げるなら早くなんとかしないと…」

 

「扉、壊すか?何か道具ないか?」

 

 双子はやや慌てているが、エドガーは今の状況に興味ないのか眠そうにしている。一番怯えているのは、ミハルとルナだろう。寄りそうに手を握り合っている。その様子が可哀想で、グレンは村人Aに声を掛けた。

 

「コウキ君、とりあえずここから出ようよ」

 

「あ?そうだな。おい、大道芸人、火系の魔法使えるだろ?」

 

「なんで解った?」

 

 不思議そうにカエンが聞き返す。魔法が使えるなど、彼は一言も言ってないのだ。

 

「なんでって…俺は出来る村人Aだからな。ほら、早く扉を鍵を溶かせ」

 

 偉そうな村人に急かされて、カエンは片手に炎を生み出すと、それを扉の鍵穴に押し込んだ。ポタポタと金属が溶け出し、扉の向こうで錠が地面に落ちる音が聞こえてきた。

 

「よし、開いたぞ」

 

 扉を足で蹴破りながらカエンが叫ぶ。ようやくハズレの仲間たちは、檻から殺風景な荒野に降り立った。時刻はそろそろ夕方に近い頃だろうか。赤茶けた地面に化け物の長い影が躍っている。

 周囲を一望してコウキが口を開いた。

 

「右手に岩場があるな。一先ずあそこに逃げ込むか。カエン、先導しろ。ミハルとルナ、あと双子はカエンと一緒に行け。残りは武器を調達してから逃げるぞ」

 

 村人Aが当然のように命令する。窮地において、冷静な判断を続ける彼に異を唱える者はいなかった。

 

 

 馬車の外では護送兵たちが蹂躙されていた。

 相手は巨大な蜘蛛だ。ただし、その上半身は女の人型をしており、四対の歩脚の先は刃物のような形状になっている。

 

「うわ、キモ…。さすがにあのモン娘は無理だね、愛でられない」

 

 エドガーが他の人間に理解できないことを呟く。いや、本人も理解して言っているのかどうか。確かに不気味な化け物だった。半身とはいえ人の形をしていながら、理性があるようには到底思えない。

 

「兵士の皆さんは…グロい、ほぼ全滅だ」

 

 凄惨な有様に、グレンは思わず顔を背ける。いったい、何人の兵士がここにいたのか、それすら判別できない。

 

「武器は残っているな。俺とロウガで蜘蛛の注意を引くから、出来る限り拾い集めてくれ。拾ったら岩場まで逃げろ」

 

 近くに転がっている血で汚れた剣を拾いあげると、村人Aが振り返りながら言った。

 

「お前一人で大丈夫なのか、私も一緒に行くぞ」

 

 ユーリがコウキの無茶を咎めるように言い返す。

 

「はっ、俺様を誰だと思っているんだ?」

 

 胸を張って平凡顔に笑いを浮かべる男に、その場にいた全員が答えた。

 

「村人A」

 

「………よし、じゃそういうことで」

 

 なにが『よし』なのかは分からないが、コウキは小犬と一緒に蜘蛛のほうへと駆け出した。

 

「あの馬鹿、おい待て!」

 

 漢らしく叫びながら村娘Bがそれを追いかけていく。グレンは少し迷ったが、ここは脇役らしく剣や槍を拾い集めることにした。エドガーもやる気なさそうに遺体から、装備の指輪や巾着を剥いでいる。

 剥いでいる?

 二度見してグレンは小声で咎めた。

 

「エドガー君、武器だけでいいんじゃないかな?」

 

 自分が追い剥ぎの一員になったようで、どうにも気持ちが良くない。

 

「武器も大切だけど、金目のものも大事だよ。この先、全く知らない世界で僕らが生き抜くためには、知識と武器、あとはお金が必要だと思わないか?」

 

 真顔でエドガーに言い含められ、グレンは返す言葉を失くす。彼の言葉に一理あるからなお更だ。

 

「それに、楽して生きていく方法を探すのが、ニートである僕の使命だと思うんだ」

 

 続けて言われた言葉にグレンはドン引きした。

 

「なに、それ。ニートって何なの?」

 

 グレンの『脇役』以上に意味の分からない職業だった。

 

 

 二人がそんな掛け合いをしている間に、コウキとユーリ、あと一匹の小犬は蜘蛛女に向っていた。しかし、彼らが蜘蛛の気を引く前に、化け物はカツカツと金属質な足音を立てて方向を変えてしまった。

 

「あ、逃げる気か?」

 

 コウキが呟く。未知のモンスターと正面から戦って勝てるか否かより、無視されたことに彼はムッカリきていた。

 

「違う、あっちに何かあるようだぞ」

 

 どこかで槍を手に入れたユーリが薄闇が迫る街道の先を指差す。確かに巨大蜘蛛は獲物を見つけたように、急いでいる。そこには車輪が外れて立ち往生している馬車があった。

 

「俺たちだけじゃなかったのか?」

 

 コウキが眉を寄せた。

 

「私たちの前に襲われていたのかもしれない。逃げるなら今のうちだぞ?」

 

 試すようなユーリのセリフに、平凡村人Aはフンと鼻を鳴らした。

 

「お前もやる気満々のくせに、ふざけんなよ」

 

 剣を低く構えたまま走り出すコウキの後を、村娘Bも追いかける。

 

「待て、抜け駆けするな!」

 

「ワンワン!」

 

 小犬までやる気満々のようだった。

 

 馬車の上品な色合いや描かれた紋章まで判る距離まで行くと、悲鳴が聞こえてきた。

 

「きゃああ!坊ちゃま!」

「お嬢様、ダメです!」

「お下がり下さい、モニカ様!」

 

 若い女性たちの叫び声の後に、切迫した幼い声が上がる。

 

「フラン、止めなさい!戻って!」

「ぼ、僕がおねえ様たちを守る!あっちに行け、化け物!」

 

 最後の声はもっと小さな少年のものだ。

 

「子供がいるのか!」

 

 襲われている馬車に生き残りがいると判ると、コウキのふざけた空気が霧散した。

 

「ロウガ、蜘蛛の注意をこっちに向けろ!」

 

 主人の命令に、ロウガは思いも寄らぬ速さで蜘蛛に駆け寄ると、背後から駆け上って人型の腕に噛み付いた。

 

『ぐううるううう』

 

 蜘蛛が呻くような叫びを上げて腕を振り上げる。その反動でロウガは吹き飛ばされるが、起用に空中で体制を変えて地面に着地した。

 

「よくやった!」

 

 地面スレスレに構えていた剣を振り上げて、コウキが切りかかろうとすると、蜘蛛は刃のような二脚を彼に突き出してきた。大きさの割りに素早い。しかも、彼が身を翻して攻撃を避けると、後ろの二脚がすかさず斬りつけてくる。

 この剣のような四脚に、兵士たちは避けることも出来ずに斬り刻まれたのだろう。次から次へと突き出してくる脚を、拾った剣で凌いでいく。

 

「ああ、鬱陶しい!」

 

 拉致があかないと踏んだコウキは、蜘蛛の腹の下に潜りこむと、下から蹴り上げた。

 

「ユーリ!」

「任せろ!」

 

 蜘蛛の体が大きく傾いだ瞬間、ユーリは槍を構えて跳躍し、人型の胸を刺し貫いた。

 

『ぎぎぎぎ!』

 

 鎌状の上顎を軋ませ、蜘蛛が大きく揺れる。その太い腹をコウキの剣が両断した。ズンっと音を立てて仰向けに倒れた蜘蛛は四対の脚をばたつかせ、やがて動かなくなった。


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