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第四話 やめてくれよ、日曜の朝は見逃してくれ



「いやあ、正義のトップから悪の首領に選らばれるなんて、流石だね。亜心」



背景に花が咲き誇るエフェクトの幻覚が見えるほど華やかな笑みを浮かべて誉めちぎる叔父。


亜心は半ば悟りの境地を開きながら粗茶を出した。



「ただの自慢になってしまうがね、実は、私は6歳の亜心に会った時から確信していたよ。次の悪はこの子のものだとね!」



無意味に綺羅きらしい装飾過多(しかし上品)な和物の軍服をこれ以上なく美しく着こなす叔父を見て亜心は泣きたくなった。


この叔父は、容姿のせいで気がつけば独りぼっちになって親にすら敬遠される亜心のことを唯一気にかけてくれる家族で、誰よりも尊敬していたのに。


なんでそんなに華麗に「悪」だの「正義」だの言えるのか。


57歳、還暦間際の万能な美丈夫の思考は亜心ごときはわからないらしい。


というかもう、なんの自慢になるのかもわからないし、出会った当時からクレイジーなお人であったとは知りたくなかった亜心である。


スパンコールつけてるの?ってくらいにぴかぴかしてる悪役っぽい軍服がやたらと目に染みる。


べ、別に泣いてななんかいないんだからね!と内心言い訳しつつ、亜心は緑茶を啜る。


なんの味もしないと思った。



「で、それで私の言いたいことはわかるね、亜心?」



にっこおり、悪魔のような微笑みが亜心を襲う。


表面的には泰然自若としており、動揺などこれっぽっちもしていなさそうな通常運転をしていた亜心の表情筋が一瞬強ばる。


実は自然に振る舞っていても決して見ようとしない一角があったのだが、それに関わることなのは明らかだった。



「まあまあ、青臣さん。急がなくても大丈夫ですよ。1ヶ月も待たされたのに比べれば、全然ですから……ね」



コイツぜってえ根に持ってるわー、の典型的な態度で話したのは、最近お馴染みなりつつある自称正義のストーカーである。


今日はもう学校に行く気がさらさらないのが丸わかりの赤を基調とした私服だった。趣味がよく似合っているのだが、なんとなく戦隊もののレッドの私服という感じがするのが不思議だった。


赤味がかった優しげだが意志の強そうな鳶色の瞳がお手本のように細められ、完璧な慈愛溢れる微笑を湛えているが内心は隠せていない。否、隠そうとしていない。


恐怖のメールからどんなに探しても見つからないとは言え、確実にカメラや盗聴機が仕掛けられてるにしても在宅中の家宅侵入は固く阻止してきたのにあんまりだった。


それはもう諦めるとして、亜心はこのストーカーと叔父が結託して、しかも親しそうな状況に戦慄していた。


退路が絶たれたとかそういうレベルではない。


もう缶詰にでもなって製造ラインのベルトコンベアーにのせられた感しかない。


もはや悪の首領とか正義を考える余裕もないほど焦ってきた。このやたらと人の支持を集める派手な二人が仲良く協力したら、人相の悪い亜心など即日逮捕間違いなしである。罪状は思い付かないが。


亜心は観念して和やかに話す青臣とストーカーに意識を向けた。



「はは、次代の正義は大分穏やかで気長らしいな」


「悪の程ではありませんよ。次期をこんなに泳がせるなんて、こちらでは信じられないですから」



……和やかに思えるのは表面上だけらしい。


仲良くないなら不要な結託も無いとは思ったが、身も凍るようなオーラを出しながら笑顔で言い合うのはやめてほしいとものである。


おい、叔父よ、40年も下の少年相手にムキになるなよ……と知らずに亜心が溜め息をついた瞬間、二人は示しあわせた様に亜心に向きなおった。


恐怖のシンクロ。コイツら二人三脚でもやってろよ。と怯えつつも悪態をついておく。



「まあ、それはともかく。悪の不手際で亜心さんは状況がわかっていらっしゃらないご様子なので、しっかりと説明させていただきますね」



春のそよ風のような優しさと暖かさを湛えるストーカーの笑みが深まるのと同時に、青臣の氷の彫像のごとき整った微笑みを浮かべる口元がぐっと上がった。


なにこれこわい。


亜心は見目に似合わぬ小心者っぷりを遺憾なく発揮して話だけは聞くことにした。


絶対に悪の首領とかいう意味のわからないものにはならない、たぶん!という強い決意を胸に顔を上げた。


その漆黒の瞳はぶれることなくストーカーの赤茶の目を見据えているように見える。


……実際には、絶妙に眉間を見ているのだが。


THE張りぼてプライド。


幸いなことにストーカーは気付いた様子も無く、満足そうに頷いてみせた。



「では、まず……僕の自己紹介からすべきですね」



まずは盗撮カメラ盗聴器の撤去からすべきですよね、亜心は自分の安全の為に心に浮かび上がったツッコミを封じ込めた。ファインプレー。



「僕は、“正義の”一止(いっし) 緋義(あけよし)です。亜心さんがこれから勤める“悪の”側と対立するのが主な仕事で、そうですね……対立する“悪の”選定や、ストーリーを作る役割を担っています」



亜心唖然。


来るぞ来るぞとは思っていたけれど、ここまで直球だとは予想外だった。


助けを求めるように青臣を見てみれば、至極当然というように常と変わらぬ様子である。


なんということだ。


常識(かみ)は死んだ。


亜心はこの自分だけ亜空間に取り残されたような疎外感にドン引きしつつも安心していた。孤立してるのが普通の象徴になる日が来てよかったね。


「ここまでは理解できてますよね」と静かに亜心を見据えながらストーカー改めて、緋義が断定形で言う。訊かないなら確認するなと思いつつ、精一杯の虚勢をはってみる。



「悪の選定か、流石正義のだな」



とりあえず、一生懸命考えた皮肉らしい。


本当は「正義が悪の選定とか随分な設定ですねwww」と言おうとしたのだが、自殺願望はないのでやめておいた。プギャーは心の中に秘めておくべきものである。


まあ、流れに乗らないと思いつつ無意識に乗ってしまうあたりが亜心の弱点である。普段は誰とも話さないので露呈することは滅多にないが。



「ふふふ、当たり前でしょう?正義は力あるところを指す言葉ですよ。正義と悪があるのではなく、正義が悪を作るんです……まあ、極稀に悪のが力を持ったまま留まり正義を選ぶこともありますが。所詮はシステムの仮称のようなものですから」



普通に返されてしまう。


正義のと悪の設定はこの場合完全にあるものとして扱われるらしい。


というか、より厨二臭が増してきたことに亜心は震えた。やたらと正義が正しくないとする姿勢には覚えがある。なにとは言わないが。



「そのシステムとしての正義と悪は結構色々なところに潜んでましてね、先の冷戦もなあなあで終わったでしょう?戦争や対立も含めて、人類が全滅するのを予防する為には様々な活動が必要になります。もちろん、表だってのものから、秘密裏に行うべきものまで」



青臣さんは悪の表の花形ですよね、と要らんことを付け加えて緋義は話続ける。果たしてお茶が無くなるまでに話は終わるのだろうか。



「毎回、代が替わるごとに合同総会を開いて当代の粗筋を決めるのですが……それの内容も含めて悪の首領の適任は貴方にしかないのです、亜心さん」



長くなると思ったところで急転直下、直球できた緋義。亜心は「だからどうした、何を言われてもやらんぞ!ただし何かするのはやめてくれ、危害を加えるのだけは勘弁してくれ」という紙のようにうっすい意思を鉄面皮に包んで返した。鏡はないが、多分いい感じの顔になっているはず。



「亜心さんの見た目の華、無意味なほどある威圧感、余計なことをしそうにないその性格。全てが今回の理想通りなんです」



真剣な光を赤茶の瞳にのせて真っ直ぐ見てきての発言がこちら。


見た目の華は辛うじて誉め言葉だろうが、残りの2つなど喧嘩を売ってるようにしか感じない。


温厚でチキンな亜心でも腹にくるものがあった。



「それは面白そうだな。役に立たないのが良しとされるとは」



亜心は表情だけでなく口調にもフィルターがかかっているらしく、思っているより数段刺が立つ。そこら辺は生まれついての性質だとか。……しっかり悪役である。



「役に立たないなんて言ってませんよ。むしろ、こちらの理想ではありますが、亜心さん本人からすれば役不足だと懸念しているほどです」



王子然としたきらりと光る至高の営業スマイルに頬を引きつらせそうになった亜心。直後に聞こえた「懸念ではない。実際役不足だぞ、緋義くん」という叔父バカ発言はしっかり流しておく。


まずはこれを見てくださいとばかりに緋義は何処からともなく書類を引き出した。



「……今、何処から出した」


「何処って言われましたら、ジャケットの内ポケットですかね?」


「A4の資料を?」


「それがどうか?」


「なんだ、亜心は出来ないのか?教えてやるぞ!」


「……これを読めばいいんだな」



聞いてはいけないこともある。


もう教えてもいいんだよね?!とばかりに目を輝かせる青臣。ああ、叔父さえも味方ではないんだ……亜心は一人で戦い抜く覚悟を決めて視線を落とす。



『企画書 「陰陽師戦隊 ゴギョウジャー」』



この世には、見てはいけないものもあったらしい。


亜心は悟れそうなほど心が広がっていくのを感じた。「で、日曜の朝でも侵略するのか?」と口から出なかったのは最早奇跡だと思った。


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