とうの昔に身体を脱ぎ捨てたひとたち
いままで書いてこなかったここへの入り口の子供たちを記すことで、この連載を完とします。
ぐみのき園に住む人たちには若い人は少ない。入ってきたたときは皆んな子どもでも齢をとっていくのだから、一緒に住んできた施設の建物と同じだけ古くなる。それでもたまには新しいひとが入ってくる。新しい人は幼い人と決まっている。施設の肩書きに児童が入っているから、入るときの入り口は子どもでなければ通さないとお上のきまりでそうなっている。
きまりを守ってやってきた今日の幼いひとが明日に急に大人になることはない。
日が沈み日が昇る。
何百年からか何千年前からなのか、かつての栄華に彩られたこの島で毎日毎日同じ繰り返しの十年三十年五十年の昨日と今日、今日と明日は、つなぎ目もほころびも見えないで繋がっている。
時間の長さは測れても、繋がる重さを測る術は見つからない。
同じ顔したまんま皺だけが刻まれ老いていく幼いひとひとたちは、こねたパンを切り分けるみたいに刃のついてない包丁みたいな四角い金属片で分けるわけにもいかないから、延々此処で暮らすことになる。
それは、優しさが積みあがった配慮なのか、本音を口にしたらどうしようもないことだからか。
そのあたりの事情など分からなくても、それが一番ならそれでいい。こねたパンを片手で切り分ける四角い包丁みたいなものがスケッパーだなんて知らなくても何も困らないことと同じだ。
そして、いずれは、死んでいく。
たまにくる幼いひとが入るのは、その亡くなったひとの部屋だ。ベッドや椅子が空いてしまったときだ。コップや箸やスープ皿が使われずに戸棚にしまわれたままになったときだ。
新しいひとがくる前の夜、部屋の表札やコップ、シーツや枕カバーの名前は書き替えられる。新しい名前が記される。
やまもとなつみは、さらしなだいすけに変わる。
しょうじかつおは、はやしだまりえに変わる。
書き換えは、深夜、その子の入いる寮の3名の職員によって厳かに行われ、今まで置かれた配列は1ミリたりと動くことはない。
翌朝、幼いひとが入ってくる。その新しいひとに馴染んだようにそれぞれが与えられていく。
部屋、ベッド、椅子、コップ、スープ皿、スモック、外出用の外套に雨傘、それに非常用のヘルメット。この島の文明は大地震で崩壊した伝説があるから、おおむかしから此処に住む人は頭を守るものを欠かしたことがない。
別に儀式めいたものやセレモニーはないし、ことは担々と運ばれていくので、寮にさざ波が立つことはない。しょっちゅうあることではないが、少なくても年に二度の模様替えは起こっていくことだから。
それでも、ここしばらくは、模様替えは増えていく傾向になる。
此処のひとたちはそれほどの齢を経なくても死んでいく。ミイラのように細く硬くなったり、ロースハムのはみ出た柔らかなお肉の隠し場所を探すような太っちょに変わる前に、少し年寄りじみた仕草が目立った辺りで死んでいく。
きざしは一週間前辺りから。
ベッドから出るのがおっくうになったとか、三食の食事のどれもを半分残すようになったとか、そんなヒソヒソが囁かれる始めるとタイミングを間違えることなく死んでいく。几帳面なひとがする六月九月の衣替えのように、身体をすぽーんと脱ぎ捨てる。
病院から送られてくる死亡診断書には、呼吸不全、心不全、脳梗塞とそのためのルールにのっとった原死因が記されてくる。海を隔てた病院から週に一度の定期船にのって食材や紙おむつやトイレットペーパーなどの日用品に交じり送られてくる。梱包された荷を仕分けし、最初にその封を切って読むのはわたしの仕事の範疇になっている。
すでに抜け殻を捨てて、日常から存在の消えたそのひとの病名をしることなどどうでもいいことだ。それは、スケッパーをしらないことと変わらない。
しらなくてもものごとは運ばれていくのだ。しらないから立ち止まるほど世界は優しくない。
切り分けられ、整形され、別の大きさへと変わっていく。
それでも、奥深く、小さなところまで潜っていけば、それは何ら変わっていない。
パンのかたちになっていても穀物と水と塩が抽出されるように、変わってなどいないのだ。
炭水化物、タンパク質、ビタミンB1、ビタミンB2などと消化しやすい名前で言い換えても、呼び名を変えただけ。
死んでしまって魂は、上へ上へと晴れた日の狼煙のように真っ直ぐに雲の上へと昇っていき、そこで胡坐をかいて、おすましか静謐かのポーズをとっている・・・・のだろうか。
・・・・・・そんな絵に描いたような昇華した魂なんて、夢のまた夢。
丁寧に剝がしたつもりでも、ベンジンで綺麗に拭き取ったつもりでも、新しい名前の下の古い名前は残っている。
さらしなだいすけの下には山本夏美が、はやしだまりえの下には庄司勝男が見えている。
そのことに一番初めに気づくのは、更科大介と林田麻理恵だ。山本夏美も庄司勝男も一番いい第一印象を考えて、ふたりの前に現れる。
更科大介は一番に面倒をみてくれたお姉さんがいるので、山本夏美は此処にきた同じ齢よりも5つ経った13才に整えた。庄司勝男は反対に林田麻理恵の可愛がっていた弟に似せて5才に縮めた。戻ろうと思えばマリエに抱いてもらえる位の赤ちゃんにだって戻れるのだが、それでは先輩としての指導が行えないのでぎりぎりおしゃまな5才で我慢した。
夏美に、「あんた、また赤ちゃん返りのクセだそうとしたでしょ・・・・シベリア帰りのお父さんに勝男なんて勇ましい名前つけてもらったくせに、60過ぎても直んなかったわよね、その甘ったれ」と言われ続けたので、勝男は姿を変える前に首元に付いていない蝶ネクタイを整える仕草をする。
そんな癖が刷り込まれてしまっている。
「こんにちわ」
麻理恵の方から先にあいさつがあった。「こんにちわ」と勝男もあいさつを返した。そのあとはしばらくは沈黙が続く。麻理恵もこうした急に向こうからやってくる突然の訪問は、家族5人が1Kアパート6畳間で雑魚寝している深夜2時にもときどきあったが、はじめてやってきた暖かい島の新しい部屋の最初の夜だったので少しドギマギしている。勝男もそれが分かっているので、せいぜい麻理恵の弟に似せた仕草でマリエの方から近づいてくれるのを待つしかなかった。
「しょうじかつおさんだよね。はじめまして、よろしく。これからも、どうぞ、よろしく」
天然なのか、麻理恵は、空気を介して壁を通り部屋の外にまで伝わる本当の声で話し始めた。
勝男は慌てた。ー お世話係の高丸さんに聞こえたら面倒だよ。あの人、寮長さんの声は聞こえないのにコッチの内緒話からはみ出した地声は地獄耳なんだから。
麻理恵はウフふフと笑う。自分たちだけが内緒話するときに使う低い声に戻したので勝男は安心した。慌ててしまった顔が真っ先に出たのでもう演技しなくていいかと、かたちは5才児のまま、普段使いの17才に戻った。蝶ネクタイを外して、少しとんがった喉ぼとけを麻理恵に見せたくなる。勝男は17才が一番好きだったし、その中にいるのが一番落ち着けた。麻理恵は幾つが落ち着くことになるんだろう。 ーあんまりおばさんになった齢が落ち着くようだと嫌だな、16才で停めてくれるといいんだけど・・・。
隣の部屋から低いゴホゴホが聞こえる。 ー 何が17才よ。赤ちゃん返りがあきれるわ。
夏美は高丸さんとは同じ地獄耳だから、変に誤解されると後が面倒になる。
「あのね、わたしもっと大勢のひとがいるかと思ってたの。ひいおばあちゃんの住んでる処なんか、お部屋の中がおじいさんおばあさんでギュウギュウ詰めだったもん」
「年寄りばかり集める施設じゃ仕方ないさ。どこの部屋も、上京したてのひとりもんのアパートみたいにクルクル回ってどんどん増えてく一方なんだろうな・・・・・・ここは児童施設だからね、幼いひとが入ってから死ぬまで暮らしていくから、出ていくのはやっと始まったばかり・・・・・・それでも古株はあと5人だから、生身だけ入っているのはその子たちの部屋だけ。新入りさんが来れば部屋には必ず誰かしら一人ウラのお世話係が付いくることになる」
今度は、ウふふふぅと笑う。少し打ち解けたのか、唇が和らいで八重歯と虫歯を治療したあとのかぶせものを被せた奥歯が光る。大人の女がすると一気に引くが、8歳児は可愛く映る。そのくせ、「ひとり付いてくるなんて、なんだかお高いサービスしてくれるお店のメニューみたい」と、返すセリフはおませに出来ている。
「わたしも、かっちゃんみたいにフリーに好きな自分を選べるのかな」
年上の男を相手にことわりを入れず「かっちゃん」なんて呼び出すんだから、間合いをすぐに詰めてくるキモの太い子なんだろう。本人はわかっちゃいないけどフツーだったらそっちに進んでいく子だったんだろう。だったらすぐに伝えてもいいと思った。自分が生きていくためにあたまの良くなった子だから、きっと話しそのものを受け入れることが出来る、と。
「マリエは8歳だから、大人になるまでまだまだ天井があるよ。できるところまで精一杯伸ばしてから好きなところを掴まえればいいんだ。ただひとつ、気を付けなきゃいけないことがある。どこで大人になるかなんて見えたりしないし誰も教えてくれないから、一杯に伸ばしした先を自分で決めないといけない。
そこでストップだ。永遠はあるけど未来はないんだ。あんまりぼんやりしてたり欲張ったりしてると、気持ちよくないものや汚いものまで吸い込んじゃうから。吸い込んだモノは吐いても出て行ってくれないから。ちりひとつない綺麗なフリーを用意したいんだったら、あんまり大きくしないことだな」
カツオは出来るだけ出来るだけ余韻を残さずにサラサラ言った。フリカケにお湯を注いで食べる引っかかりのないお茶漬けを搔っ込む感じを浮かべての、サラサラ、さらさら・・・・・・・なんとなく感じてはいたのだろうけど、引導を渡された後の処女のようなうつむいた顔が見えてきた。勝男は顔を背けそうになったが、そんな真似をしたら夏美に怒られる。チャチやいけずでなく本当に怒られる。
隣の部屋からしくしくの泣き声が始まった。更科大介が泣いている。それでも、泣いている時間は長くは掛からなかった。ひと泣きしたあと、夏美との内緒話に戻っていった。やっぱりこんな役回りは二人とも夏美に任せておくのが良かった。お世話係だって得意分野はチェンジした方が相手にとってもいいに決まってる。
「・・・・・それじゃ、ぼくは今の処でストップするよ。お姉さんも言ったじゃない、大介くんは、だいちゃんって小っちゃく可愛く呼ばれるのがぴったしだって」
身体ばかりではなく、魂にもかたちはある。それがどんな形かは身体を脱ぎ捨てたときでなければわからない、ふつうは・・・・・。
ふつうではないわたしたちは、身体がちぐはぐなのを時折感じてムズムズを繰り返すうちに飛び出すことを覚える。ふつうのひちたちが使う大人への目覚めだ。自我であり、異性であり、何もないと思っていた空間にスケルトンだが幾つものややこしい鍵の掛かった部屋の在りかが分かっていく。
でも、大人ってなんだろう、本当にいるんだろうか。
こどもって何だろう。本当にあったのだろうか。
誰もがみんな、その間をさまよっている。さまよって、妥協して形をつくっていく。
ほんとうの形は見つからなくても、うその形は分かっている。
塵芥にまみれ、その中で出来上がっていく変てこりんなものを自分の顔と決めて鏡を見ずに毎日を生きて、死んでいく。
或いは、ほんとうの形が見つかるまで、その存在を一番に安全で柔らかな場所に自分だけの鍵をかけて、変わり身させたたものでその日その日の折り合いを付けながら毎日を生きて、死んでいく。
死んでいくのは誰もが一緒、わたしたちも一緒。けれど、わたしたちの魂はもっと自由。ふつうのひとたちよりも身体からの束縛が強いから、理不尽さを感じるから、それを意識することで早くに飛び立っていける。
「それが大人への目覚め。大ちゃんはおちんちんに毛が生えなくたって、決めたんなら今から大人でいいんだよ」




