第三話
カードは薄っすらと、不思議な輝きを放っている。
ボクはそのカードを見て、思わずつぶやく。
「なに……これ……?」
こんなカードを持っていた覚えはない。
それに何より不思議だったのが、カードに描かれている絵柄だ。
トレーディングカードゲームのように、大きめの枠の中にキャラクターのようなものが描かれているのだけど。
そのキャラクターの絵柄が、その……。
どう見ても、ボクにそっくりだった。
チビの童顔で、やる気のなさそうな眠たそうな目をしていて、長い黒髪を背中まで流している……のだけど。
そんなボクが、ファンタジー世界にいそうな「魔法使い」のコスプレをしているような絵が、カードには描かれていた。
……しかもなんか、杖を持ってそれっぽい決めポーズ。
すごく恥ずかしい。
とか思っている場合じゃなくて。
「……勇希、これ……」
「何それ、カード? ……ほえー、相変わらず絵うまいね真名。もうプロ級じゃん」
「……違う。……これ、ボクが描いたんじゃ」
一応、中学校の漫研レベルではまあまあいい線いってるんじゃないのかなぁというぐらいにはキャラ絵は描けるつもりだけど、いくら何でもここまで巧くはない……じゃなくって。
論点はそこじゃないし、状況もそれどころじゃない。
「待て……与太話は終わりだ勇希、真名。──来るぞ」
神琴が警告の言葉を飛ばしてくる。
そうだ。
こんなカードを見つけたって、何になるんだ。
もっと武器になるようなものを探さなきゃいけなかったのに、その時間ももうなくなった。
ボクたちを取り囲んだたくさんのゴブリンたちが、じりじりと包囲網を狭めてくる。
その距離はもう、五歩分もない。
ボクが、そして勇希と神琴が、じりと後ずさる
このまま、やられるしかないのか。
もう、あとがない。
ゴブリンどもが、今にも一斉に飛び掛かって来そうな距離まで近付いてきて。
再び棍棒を拾い上げたボクが、未練たらたらでカードをポケットにしまおうとした──そのときだった。
「異世界の少女たち、カードを掲げて叫ぶんだ! 『ブレイブ・イグニッション』だ!」
どこかから、聞き覚えのない声が飛んできた。
え、なに……?
ていうか、誰……?
「なんだって! ぶれいぶなんとか!? っていうかどこの誰だよ!」
「ブレイブ・イグニッション──勇気に火をつけろだと? 今更……!」
勇希と神琴が、ついに襲い掛かってきたゴブリンどもを追い払いながら、声を張り上げる。
でも彼女らには、何も起こらない。
…………。
「カードを掲げて」叫べ、って言ってた、よね……?
何だか分からないけど──
もう破れかぶれだ、やってやる。
ボクは羞恥心を明後日の方角にポイ捨てして、自分の絵柄がかかれた不思議なカードを天に掲げた。
そして、叫ぶ。
「──ブレイブ・イグニッション!」
すると──
「えっ……何これ……?」
──パリンッ。
まずボクが手にしていたカードが弾けるように割れて、光の粒となってボクの体の周囲に降り注ぐ。
そして──
──ゴォオオオオオッ!
何か光り輝くエネルギーの奔流のようなものが、ボクの体の周囲で渦巻き始めた。
その上、さらに──パリンッ!
「……って……ちょっ、ちょっと!? うわわわっ……!?」
次にボクが着ていた制服や靴が、光の粒になって割れた。
……うん、割れた、パリンって。
でもって、そのままボクの服は消え去った。
つまり、ボクはあわや全裸に──
と思ったけど、どういう武士の情けか、下着だけは残っていて半裸で済んだ。
いや済んだって言っていいのか分からないけど、とりあえず全裸だけは免れた。
……とまあ、それもさておき。
ボクが手で慌てて自分の体を隠そうとしたとき、今度は謎の光がボクの全身を包み込んだ。
ボクが裸族だったのは、ゼロコンマ何秒ぐらいだ。
そして再び──パキンッ。
ボクの体を覆っていた光が弾けると──
「えっ……な、なに、この姿……?」
ボクを包み込む、新たな衣装が生まれていた。
その衣装を身にまとったボクの姿は、まるでカードに描かれていたイラストそのものだった。
魔法使いみたいな足元までのローブに、魔法使いみたいな三角帽子。
さらに──
ボクの手の中に光が生まれ、それが長い棒状へと伸びていく。
やがてその光も弾け、それは宝石で彩られた魔法使いの杖へと姿を変えた。
「「「…………」」」
その場の空気が凍り付いていた。
襲い掛かってきていたゴブリンたちも、それに応戦していた勇希と神琴も、何が起きたのかという様子であっけに取られている。
そして──最初に動いたのは、ゴブリンたちだった。
「キキッ……!?」
「キィッ……!」
ゴブリンたちは、ボクの姿を見て、怯えるよう後ずさり始める。
そしてボクの方も──
分かった。
感じた。
その「力」──つまり「魔法」の使い方が、ボクの頭の中に直観的に滑り込んでくる。
ボクは精神を集中する。
体の内側から「魔力」を集め、それを腕を通して、掲げた杖の先に集めていくイメージ。
近くにいたゴブリンたちが、危険を感じたのか慌てて逃げ出そうとするけど──もう遅い。
「──フレイムアロー!」
ボクの声に合わせて、杖の先から魔力が解き放たれる。
それは三つに分かれて、杖の前に浮き、それぞれが灼熱の火の玉となる。
「──いけっ!」
ボクは杖を薙ぎ払うように振った。
それに呼応して、三つの火の玉が発射される。
火の玉は炎の矢となって、逃げようとするゴブリンたちのうちの三体へと襲い掛かった。
火の矢たちは、そのまま過たずゴブリンどもに命中し──
──ドォオオオオオオンッ!
「「「──グギャアアアアアアッ!」」」
直撃したゴブリンの体を一斉に燃え上がらせた。
メラメラと燃えながら、倒れていく三体のゴブリン。
そいつらは、やがて──
もわわわっ。
不思議なことに、燃え上がって倒れたゴブリンどもは、紫色のモヤのようになって跡形もなく消え去ってしまった。
「な、何あれ、すっごい……」
「今のは……真名が、やったのか……? それに、その格好……」
勇希と神琴が驚いている。
無理もない。
だってボク自身も、すっごく驚いているし。
「……どうも、そうみたい。でも──これなら、ボクも戦える」
ボクはさらに精神集中を始める。
今度はヤケになったのか、何体かのゴブリンがボクに向かって武器を振り上げ襲い掛かってくる。
でもどっちにしても、結果は変わらない。
「──フレイムアロー!」
ボクが再び杖を振ると、ボクが放った炎の矢によってさらに三体のゴブリンが燃え上がり、紫色のモヤになって消えた。
そして、その一方で──
「……ん? 真名が持ってたみたいなカード、あたしもあるよ? 格好は……剣士みたい?」
「私もだ……。これは、神官か……?」
勇希と神琴の二人も、自分たちの制服のポケットからカードを探り当てていた。
チラッと見えた感じ、ボクのそれと同じようにファンタジー風のコスチュームに包まれた姿が描かれているみたいだった。
「だったら、神琴!」
「ああ、勇希。私たちもやってみよう」
「「──ブレイブ・イグニッション!」」
二人はボクの真似をしてカードを天に掲げ、その言葉を叫んだ。
するとボクのときと同じように、二人が着ていた制服や靴などが消えて、その下着姿があらわになる。
そして次の瞬間には、二人は新たな衣装をまとった姿になっていた。
勇希は、胸当てや小手などの軽装鎧を身につけて、剣を手にした勇ましくも可憐な剣士姿に。
一方の神琴は、純白のローブをまとった凛とした美しい神官姿に。
「おお、すっごい! 体が軽い! 力もみなぎってくる!」
勇希がそう叫んで興奮するけど、すぐに「痛てて……」と左肩を押さえる。
姿が変わっても、傷が癒えたというわけじゃないらしい。
と、そこに神琴が歩み寄っていく。
「私のほうは身体能力にそう代わりはないようだが──勇希、傷口を見せてくれ」
「……ん、こう?」
神琴に言われて、肩の傷を見せる勇希。
それを見た神琴は、安堵した顔でうなずいた。
「よし、この程度ならば問題ない。勇希、少しじっとしていてくれ──ヒール!」
神琴が勇希の傷口に手を当てて、その言葉を口にした。
すると──神琴の手から柔らかな光が生まれて、勇希の傷口をみるみるうちにふさいでしまった。
あとには傷ひとつ残っていない、勇希の乙女の柔肌。
「おおっ……!? すごい、もうちっとも痛くないよ。完全に治ってる! 神琴すごい!」
左腕をぐるんぐるんと回して全快アピールをする勇希。
それに神琴がうなずく。
「ああ。どうやらこれが私の得た力のようだ」
「よーし、だったらあたしも……!」
勇希が生き残りのゴブリンたちを鋭く見すえた。
ゴブリンたちは明らかにうろたえている。
そこに向かって、勇希は地面を蹴った。
その動きは、まるで稲妻のようだった。
剣士姿の勇希は瞬くような速さでジグザグの軌道をとって、二体のゴブリンの間を駆け抜ける。
その間に勇希の剣が二度、閃いていた。
「「──グギャアアアアッ!」」
一瞬後に、二体のゴブリンが悲鳴を上げて、紫色のモヤになって消滅した。
勇希は背後で消え去ったゴブリンたちを見て、口元を緩ませる。
「ふっふーん♪ これはご機嫌だね。体が軽いどころの話じゃないよ。これなら相手が何体いたって──」
勇希は自信の笑みを浮かべ、残るゴブリンたちに向って駆けていく。
何あれ、カッコイイ……。
剣を振っているときの勇希はいつも綺麗でカッコイイけど、あれはいつもに増してヤバいかも……。
……うん、無理。
全国の女子が惚れるよアレは。
あれで普段が残念じゃなければなぁ……。
その一方で──
「──はぁああああああっ!」
神官服姿の神琴も、持ち前の空手の技だけで、残ったゴブリンどもを一体、また一体と撃ち倒していた。
神琴も服装が変わったせいか、さっきまでよりもキラキラ輝いて見える。
演武のように舞うたびに、丈の長い白の神官衣がたなびいて──修道僧ってあんな感じなのかなって思うような。
普段から凛としている横顔が、いつもよりもさらに綺麗でカッコ良く見える。
……うん、無理。
あれも全国で鼻血を噴いて倒れる女子が続出、間違いなしだ。
ちなみにだけど、ボクもこの間ずっと見ていただけじゃなくて、フレイムアローの魔法を撃って撃って、ゴブリンの数を減らしていた。
そうやってみんなで叩いていれば、たくさんいたゴブリンもあっという間だ。
「──とりゃあっ!」
勇希が最後の一体を切り捨てた。
これでゴブリンたちは全滅だ。
すでに近くのゴブリンを全部倒していたボクと神琴のもとに、勇希が軽い足取りで戻ってくる。
「やったね、真名、神琴♪ 一時はどうなることかと思ったよ」
「まったくだ。……しかし真名、これは一体どういうことなんだ?」
そう聞いてくる神琴に、ボクは首を横に振る。
そんなのボクだって分かるわけがない。
でも──
「……あの人なら、ひょっとしたら知ってるんじゃないかな」
ボクは杖の先で、一つの方角を指す。
その先の木の陰には、さっきボクたちに助言をしたらしい何者かの人影があった。
人影は、ボクたちのほうへと歩み出てくる。
「危ないところだったけど、間に合って良かった。この世界の住人を代表して歓迎するよ、異世界の少女たち──ようこそマナリスフィアへ」
そう言って現れたのは、茶色のローブを着てフードを目深に被った、一人の美少年だった。