後日談
子どもが生まれた。
ヨハナ家に嫁いだレリア、共に暮らすクロード、そしてアクセルとの初めての子シャーリーに続いて、四人目である。
今回は何事もなく無事に産むことができた。一度お腹を切ってしまった者は、息んだ時に子宮破裂の恐れがあるという。しかしレリアは魔法で綺麗に治してもらっていたため、そんな心配もなく、普通に産むことができた。
子どもの名前はショーン。元気な男の子である。
「アクセル様。どうかなさいましたの?」
レリアが問うと、アクセルは小難しい顔を向けてくる。仕事で何かあったのだろうかと思っていたが。
「クロードの様子はどうだ?」
「クロード? どうとは……ショーンが生まれて喜んでいますけど」
「塞ぎ込んではいないだろうか」
「いいえ、ちっとも。何故塞いでいると思ったんですの?」
レリアはアクセルの考えることがわからずに、首を傾げた。
「俺はクロードを、自分の子として愛情を注いでいる」
「ええ……ありがとうございます」
「それが、クロードに伝わっているだろうか?」
アクセルはそのことを考えて、胸を痛めていたのだ。自身の本当の子が生まれ、クロードはどんな気持ちでいるのだろうかと想像してしまっていたに違いない。
「大丈夫です。あの子もアクセル様の愛情は感じておりますし、アクセル様を父として誇りに思っておりますわ」
「だが俺は、クロードに一度も父と呼ばれたことがない。何か俺に不足しているところがあるのだろうか。どうすれば、クロードにとって俺は父となれるのだろうか」
アクセルの言葉は真剣だ。本当に何にでもまっすぐで、誠実で、正義の人である。まぁそこがよいのだが。
「恐らく、照れているだけではないかと思いますが……」
「いや、きっと遠慮しているのだ。俺の後を継ぐつもりなど毛頭ないというのが、雰囲気でわかる。クロードは今回ショーンが生まれたことで、この家を出ていく。そんな気がしてならない」
それはアクセルの思い込みではなく、ただの勘である。そしてこの男の勘は、当たるのだ。
「でも、それは……この家を継ぐのは、クロードではなくショーンですし」
「どうしても嫌だと言うのならともかく、あの子には商才があり、資産を運営して行く能力がある。俺はクロードに後を継がせたい」
「……まぁ」
そんなことを考えていたとは驚きだった。レリアは、アクセルとの間に男の子が生まれたら、当然のようにその子が後を継ぐと思っていた。
「いいんですか、それで……まだ後継ぎを決めるには早過ぎですが」
「もちろん俺はまだ引くつもりはないし、ショーンが大きくなってからどうするか、皆で話し合うべきだろう。だからそれまで、クロードはうちにいてほしい」
「クロードが出ていくなんて、そんなことは……」
と言いかけたところで、慌ただしくノックが鳴った。アクセルが入室を促すと、召使いが青い顔をしている。
「どうした?」
「あの……クロード坊ちゃんが荷物をまとめていて……出ていくおつもりのようなのですが……」
「ええ!?」
レリアが声を上げるも、アクセルはいたって冷静だ。
「まだ部屋にいるか?」
「はい、おられます」
「わかった、行こう」
アクセルはさっさと歩き始め、レリアも慌てて続いた。部屋の中ではクロードが、着替えなどをバッグに詰め込んでいる。
「あ……アクセル様、お母様……」
「何をしている、クロード。出ていく気か?」
「……はい」
クロードはアクセルの目をまっすぐに見つめて答えた。アクセルもその視線を外すことはしない。
「どうしてだ?」
「ショーンという立派な後継ぎが生まれました。僕がここにいては、余計な波風を立てることとなってしまうでしょう」
「だから出て行くつもりか? 俺たちに何の相談もなく」
「僕の存在意義はなくなりました。この家にはもう必要のない存在のはずです。そうでしょう?」
「……クロード」
レリアはハラハラと二人を見守った。きっと、クロードはアクセルに怒られ……いや、怒鳴られるに違いない。正論を口にし、その考えは間違っていると、クロードの考えを修正させるに違いない。
「お前にそう言わせてしまったのは、俺の責任だ」
しかしアクセルは、優しい口調でそう告げていた。相変わらず小難しい顔をしてはいたが。
「俺は、完全に浮かれていた。シャーリーとショーンが生まれて、嬉しくて……。クロードを蔑ろにしているつもりはなかった。俺の態度がお前にそう思わせる要因になっていたんだな。謝ろう」
「ア、アクセル様!?」
頭を深々と下げるアクセルに、クロードは困惑している。レリアもどうしていいかわからずに狼狽えた。
「ち、違います! アクセル様はとてもよくしてくださいました! いつも僕を気にかけてくれて、まるで本当の父親のように接してくださったこと、感謝しているんです!」
「では俺の何がいけなかった? 教えてくれ。何故本当の父親だと思えないのかを」
アクセルに迫られて、クロードは唇を噛み締める。
「……思ってます。本当の父親だと……。でも犯罪者の息子である僕が、いつまでもここにいるわけにいかないんです」
「……クロード」
アクセルは歩み寄り、グッと涙を堪えているクロードの頭を撫でた。
「誰が何と言おうとも、お前は俺の息子だ。クロードが俺を父親と思ってくれているのなら、俺は全力でお前を守る。いかなることからもだ」
クロードの目に涙が滲む。アクセルを見上げるその顔は、今にも泣き出しそうだ。
「だから、出て行くなどと言うな。俺は、クロードの父親であり続けたい。賢く優しいお前の父親で」
「アクセル様……」
「俺を、父と呼んでくれるか?」
アクセルがそう言った瞬間、堰を切ったように、クロードの目から涙が溢れ出る。
「アクセル……お父様……!! すみません、僕……!!」
「何も言わずともいい」
「お父様……」
アクセルはしゃくり上げるクロードを、ずっと抱きしめていた。
クロードも成長したが、アクセルも成長した。
自分の意見を押し付けるようなことはしなくなり、声を荒げることも少なくなった。丸くなったなぁ、と思う。
愛する夫と息子が愛情を注ぎ合う姿は、こんなにも美しいものなのだなと、レリアは目を細めた。
アクセルはクロードの涙が止まるまで、ずっとそうしていてくれていた。
レリアは心の中に、その微笑ましい光景をスケッチしていた。
お読みくださりありがとうございました。
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