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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第10話 野良猫のルール
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2

 にゃおう、と小さな声が修威を微睡みから覚まさせた。んみゃー? と妙な声を出しながらゆるりと目を開いた修威はそこで自分の仰向けた胸の上にちょこんと載っている小さな動物と視線を合わせる羽目になる。一瞬びくりとした修威だったが、それがまだ小さな子猫であることに気付いて緊張を解いた。

「何ですにゃ、人が疲れて寝ているところを起こさないでほしいですにゃ」

 にゃー、と子猫は気ままな調子で鳴き、そのまま修威の胸の上にくるりと丸くなって座り込む。おおう、と修威は呆れた。

「なんっつーか、怖いものしらずの猫にゃんですにゃー」

 にゃー。

「にゃー。にゃんにゃー」

 にゃー。首輪も何もつけていないその子猫は修威の言葉に何やら返事のような鳴き声を上げつつもそこから去ろうとはしない。小さくて軽い子猫なので、修威もそのままそこに載せておくことにした。飽きたらそのうち勝手にいなくなることだろう。

 曇天を見上げ、子猫と微睡むベンチの上。学校の敷地は広く、校舎にひしめく生徒達の気配もここまでは届かない。穏やかな時間は修威の好むものだった。

「……にゃんにゃーは、猫だよな。この前みたいにいきなり人間を襲うような、そういうものじゃないよな」

 不意に小さな不安に駆られ、修威は子猫に向かってそう問い掛ける。子猫は修威の胸の上で居眠りを決め込んでいて答えない。むぅ、と修威は小さく唸る。そういえばひとつ気になっていることがあった。

 あの抜き打ちの避難訓練の後、戦いのあった場所で雄也を見た。亡骸の残っていない獣に花を手向けていた彼を修威は確かに見たのだ。あれは一体どういうことだったのだろうか。

「あのでかい犬みたいのも、歳沖(としおき)部長の魔法で動かしてたのかな。木人みたいに」

 だとすれば随分と乱暴な話だ。あれは修威達に明確な殺意を向けていた。木人とは異なり、瞳の奥に感情を持って修威達に攻撃を仕掛けてきていた。侮蔑と不快の眼差しは今も修威の脳裏にこびりついてなかなか忘れられない。

「……木人とは違いすぎる」

『何がですカ』

 不意に尋ねる声が聞こえて、修威は思わずがばりとベンチの上で身体を起こした。振り落された子猫がくるりと回りながら地面に降りて不服そうににゃおんと鳴く。その子猫を、作業服をまとった腕が優しく抱え上げた。

「驚かせてすまない」

「……歳沖部長」

 この学校で普段から作業服ばかり着ている生徒は1人しかいない。ろくに見もしないままに呼んだ修威の声に対して、雄也はああと頷く。そしてその後ろに隠れるようにしてついてきていた小さな木人……ぽくじんがとてとてと歩いて修威の方へと寄ってくる。

『サボりですカ、アケゾノ』

大和瀬(やまとぜ)先生の許可もらってのサボりだよ。てかぽくじん、お前技術準備室から出られないんじゃなかったの」

『ワタシもたまには散歩をしたくなるものデス』

 答えになっていない。修威は諦めて雄也の方へと目をやる。雄也は相変わらず寝癖のついたようなぼさぼさの黒髪を揺らして頷きながらぽくじんの言葉を肯定した。

「確かに、あまり準備室から出したくはない。だがずっと部屋の中に置いておくのも可哀想だからな」

「はあ、そういうもんですか」

 ぽくじんは課外授業の時間でなくとも自ら動いて言葉を発するが、木人であることに変わりはないはずだ。ならば別にずっと部屋の中に置いておいてもよさそうなものだが、どうやらぽくじん自身が散歩に出掛けることを望んでいるらしいので雄也はその願いを聞き届けたということなのだろう。そこで修威はふと気付く。

「歳沖部長、サボりっすか」

 修威は許可を得て休んでいるものの、今はまだ授業時間である。修威の問い掛けに対して雄也は何でもないことのように頷いた。

「課外授業の次の時間はいつも授業に出ないで木人の回収と破損状況の確認をしている」

「……あー、なるほど。でもそれって許可は?」

「取っていない。だからサボりになるが、黙認されている」

 それも木人部が裏部活動であるから、ということなのだろうか。修威は納得したようなしていないような複雑な気分でとりあえず頷いておいた。どちらにしても雄也のサボりは修威に直接何の関係もないことだ。それよりもせっかく雄也に出会えたのだからと修威は先程考えていた疑問を当人にぶつけてみることにする。

「歳沖部長」

 改めて名を呼ぶと、雄也は「ん?」と小首を傾げて修威を見る。その青灰色の瞳はどこか先程の子猫に似ていた。子猫は今、雄也の腕の中でもぞもぞと動いている。

「こないだの避難訓練の後、俺歳沖部長を見たんですよ」

 雄也は視線を動かさずに修威を見つめる。子猫は居心地のいい場所を見付けたのか、雄也の作業服の袖にくるまるようにして身を丸める。

雛摘(ひなづみ)先輩が止め刺した犬みたいのがいたとこで、部長、花を供えてなかったですか」

 修威の視線と雄也の視線がかち合う。修威はそれに疑問と疑念を乗せて。雄也は修威のそれを正面から受け止めるようにして。少しの間の後、雄也が口を開く。

「習性のようなものだ」

 そして彼は修威から視線を逸らすと、子猫をそっと地面に下ろした。子猫はそれでも雄也の足元にまとわりつく。それをぽくじんが眺めている。

「俺も、野良猫だからな」

 そう言って雄也はふっと笑みを零す。野良猫っすか、と修威が呟くと雄也は妙に強い調子で頷きを返した。

「そう、野良猫だ」

「動物、好きなんですか」

「……ああ、そうだな」

「だから避難訓練の仮想敵にも花を」

『アケゾノ』

 不意にぽくじんが修威の名を呼ぶ。びくり、と修威の身体は修威自身が驚く程に大きく跳ねた。修威はどういうわけか身動きひとつ取れず、それでもちらりとぽくじんの方へ視線をやる。ぽくじんの目に見立てたただの穴はぽっかりとした虚ろを修威に向けるばかりでそこに何かの感情が存在するはずもない。そう、確かにそこに感情はないのだ。それなのに修威の身体は恐怖にも似た何かによってそこに縛り付けられている。

「……野良猫の、習性なら。それならそれでいいんすよ」

 修威は口元を歪めながらやっとの思いで言葉を絞り出す。

「だけど、あれは俺達を襲って……苗田に怪我までさせた。そんな奴に花なんてくれてやる、部長の気が知れなくて」

「……そうか」

 雄也が小さく頷いて、細く息を吐き出す。そうだな、と彼は独り言のように呟いた。修威の身体の硬直が解ける。

「不愉快な思いをさせて悪かった。それと、明園」

「……何すか」

「お前は優しいな」

 はい? と修威は思い切り訝しげに首を傾げる。どうしてそういう感想になるのやら、雄也の気が全く知れない。それでも雄也はどこか嬉しそうに、満足そうに微笑んで足元の子猫を指でじゃらし始める。動物が好きだというのは本当のようだ。

 修威は何となく気が抜けて、その傍らに屈み込む。2人の間に割り込むようにして身体をねじ込んできたぽくじんがぐいと修威を押したので、修威はそれをぐいぐいと押し返した。

『アケゾノ、何をするのですカ』

「押してくんじゃねぇよ」

『木人相手にむきにならないでくださイ』

「木人相手にむきにならなかったら課外授業は成り立たないぞ」

『今は課外授業の時間ではありませン』

 ああ言えばこう言うぽくじんに、修威は面白半分で言葉を掛け続ける。雄也はいつしか子猫をじゃらす手を止めてそんな修威をじっと見ていた。視線に気付いた修威が顔を向けると、雄也は一瞬だけびくりと身構える。そして何事もなかったかのように小さく笑いながら言う。

「お前は人間で、俺は野良猫なんだ。そういうことにしておいてくれないか」

「……って、歳沖部長だって人間でしょう。その髪はたまに猫の耳みたいになってますけど」

「ああ」

 そうだな、と雄也はあまり気のない様子で頷いた。するとそれまで雄也の手にじゃれついていた子猫が不意に興味を失ったように踵を返し、どこへともなく走り去る。野良猫は自由で気まぐれだ。

 雨粒がぽたりと修威の肩に落ちる。予報に反して降ってきた小雨に、修威と雄也、そしてぽくじんは慌てて校舎に戻ったのだった。

執筆日2014/12/21

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