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今日も今日とて木人部は課外授業で破損した木人の修理、補充に追われている。修威達1年生も入学して2か月近くが経ち、全体的に能力が上がってきたのだろう。木人の破損数は課外授業の度に増えている。
「その大半がしゅいちゃんと真奈貴ちゃんの功績だけどね」
放課後になると木人部員以外に近付く者のいなくなる技術室で、梶野がそう言って口の端を持ち上げる。そうですかね、と彼の隣で作業をする修威はあまり興味のない様子で頷いた。修威にとって、3階までの廊下で現れる木人はいくら数が多くとも手強い敵ではない。所詮は単純な動きしかできない人形である。真奈貴の炎で足止めをして修威が鉛筆槍を振るえばそれで大概片が付くのだ。
「問題は階段っすよ」
ふん、とわずかに鼻を鳴らして修威は煤で汚れた木人の表面にやすりをかける。拭いても取れない汚れは削るしかない。
「あの番人は雄也の力作だからね。手強いよ」
梶野は欠けた木人の肩に小さな木片を貼り付け、表面を整えながら言う。今日は修威と梶野だけがこの部屋での作業をしていた。部長の雄也は不足分の木材を調達するために外へ出ていて、真奈貴は別の用があるからと授業の終わった後すぐにどこかへ行ってしまった。舟雪は例によって本屋でのアルバイトである。そして副部長である寧子はというと、なんと他の部活動との兼部をしていて今日はそちらに行っているらしい。副部長が兼部というのもなかなかに無責任な話であるが、考えてみれば木人部は表向きには存在していない部なのでそもそも兼部しているという事実すら表面には出てこないのだろう。ならばあとは部長である雄也が許可するかどうかである。そして雄也が寧子の行動に文句をつけるということは考えにくい。
「あのですね、七山先輩」
「何かな、しゅいちゃん」
「しゅいちゃんて言わないでください。雛摘先輩と歳沖部長の関係って、あれ一体何なんすか」
「直球」
「本人に聞いてないから変化球です」
「それもそうか」
作業の手は止めることなく、梶野はうーんとひとしきり唸ってから少しばかり言葉を選ぶようにして語る。
「相性はいいんだと思うよ、あの2人」
「……はあ」
「寧子ちゃんはとにかく足癖のよろしくない子だし、雄也は雄也でむしろ踏まれたい方だから」
「どっちも普通じゃないですね」
「でも相性はいい。でしょ?」
梶野はそう言って修威に柔らかな笑顔を向けた。修威はそんな彼に視線を返すことなくこう断じる。
「相性がよかろうと、傍から見ていてすっげぇ微妙です」
「それは僕も否定しない」
うん、と2人は頷き合って作業を続ける。単純な作業は眠気を誘うので、こうして何かしら世間話をしながらでないとそのうち手が止まってしまいかねない。特に修威はその傾向が強い。
「で、七山先輩」
「そろそろ梶野お兄様って呼んでくれてもいいんじゃない?」
「雛摘先輩が兼部してるのって何部なんですか」
「しゅいちゃんのスルー具合がどんどん極まっていくね」
「蹴り部とか踏み部とかってないですよね、この学校」
「それはあったらおかしいよね。せめてキックボクシングとか」
「雛摘先輩ならすごく強そう」
「そうだね……でも違うよ。うちにキックボクシング部はないし」
あったら寧子は入っていたのだろうか。それはともかく、と梶野は寧子が兼部しているもうひとつの部活動について教えてくれる。
「寧子ちゃんが入っているのは茶道部だよ」
「……サド部?」
「うん、みんなそう言う」
みんなですか。修威は胡乱な目つきで呟いた。修威の目から見ても一見楚々とした美少女である寧子が畳の上に座って茶を立てている様子というのは想像しても特に違和感がない程度には似合っている。しかし修威の彼女に対する第一印象は“犬みたいな獣の眉間をハイヒールのブーツでぶち抜いた、アニメみたいな服を着たとんでもない人”である。それが慎ましく茶道をたしなむというのは理解しがたいことだった。
「あれでしょ、雛摘先輩はサド部だと思って入ったけど実は茶道部だったと」
「しゅいちゃん、寧子ちゃんは普段は普通の子だからね。いつでも誰かを踏みつけているわけじゃないよ」
「うーっそだー」
「寧子ちゃんがあの本性を見せるのは、ここにいるときと課外授業のときだけなんだ」
ふう、と梶野はどこか遠い目をして溜め息をついた。彼の作業の手が一瞬だけ止まり、西日の射し込む教室の静寂がしんという音を修威の耳に伝えてくる。すりすり、と修威は沈黙の音を削り取るようにやすりを動かす手を速くした。雛摘寧子、なんとも妙な人物である。
「で、問題は階段っすよ」
「あ、しゅいちゃんが話を逸らした」
「正直雛摘先輩のことは置いておきたいです」
「まぁ、いいんじゃないかな。それで、そんなに苦戦しているのかな。階段の番人……巨木人に」
梶野の声が少しだけ真剣みを帯びて、それに気付いた修威は顔をしかめる。いつの間にかそれに気付ける程に彼と話すことに慣れてしまった。すりすり、とやすりを動かしながら修威は敢えて変化に気付かないふりで話を続ける。
「あれは硬くて、俺の武器じゃ歯が立たない」
そうだね、と梶野は手を止めたまま頷く。どうやら休憩がてら修威の相談に乗ろうという心積もりらしい。ありがたいことであることに間違いはなく、修威はとにかく考えていることを口に出していく。
「真奈貴ちゃんの魔法でもどうにもできない。動きには大分慣れたから、怪我はあんまりしなくなった。でも勝つための方法がまだ見付からないんです」
「そっか」
「鉛筆より丈夫なもの。それこそここにある工具みたいな鉄の塊とかを武器にできりゃあ、相手は木なんだから壊せねぇことはないと思うんすよ。でもそんなもん、武器にできるくらいにでかくしたら俺が持てないし」
修威の魔法は物体の拡大と縮小である。身の回りにあるものであれば電子機器や生物の類を除けば大体のものの大きさを変えることができる。しかし修威の腕力では普段使っているシャープペンシルでさえ巨大化させると重くて持つことができないのだ。
「じゃあ、いっそ巨木人を小さくしちゃえば?」
梶野の提案に、修威は黙って首を横に振る。どうして、と梶野は少しだけ笑みを浮かべながら尋ねた。
「木人の仕組みは大体分かったでしょ。雄也が作っているところだって見ただろうし」
「俺だってそれ考えましたよ。けど、効かないんす」
「しゅいちゃんの魔法が?」
「ええ。手応えはゼロじゃないんですけど、縮まない」
修威が考えるに、おそらくは雄也の魔法が働いているためにそういうことが起きるのだろう。ものに仮の生命を与えるという雄也の魔法が木人を動かしている。修威は木人の身体そのものを小さくすることはできるのだろうが、雄也の魔法によってそれに宿った生命にまでは魔法の力を発現させることができない。結果として、木人は雄也の魔法によって与えられた生命の力で修威の魔法を拒絶する。
「ただの木じゃない。課外授業の間、木人は生き物になってる。生き物に俺の魔法は通用しないんです」
「そうか……なかなか手強いな」
「先輩はあれを倒したんですよね。っつーか、実際にぶっ壊すとこを見たし。ただのトランプなのにあの切れ味って反則じゃないですか」
口先を尖らせて言う修威に梶野はあははと朗らかに笑う。僕だって最初は苦労したんだよ、と彼が言って修威はぐいと眉根を寄せた。不審がる修威に梶野は巨木人の手強さを彼の体験として語る。
梶野によると、いくらカードの強度を増したところで簡単に巨木人を切ることができるわけではないのだそうだ。彼はサイコロを振って出た目を使い、物体や事象の内部変数を操作している。しかしカードの強度を巨木人を切れる程度にまで変えたとしても、それを当てる速度や角度や位置、またそこにカードが命中する確率とそれによって巨木人の身体が切れる確率までをある程度操作しなければ実際に巨木人を切ることはできない。つまり梶野はほとんど一瞬のうちにそれだけの魔法を操り、ただのトランプカードで巨木人を細切れにするという芸当をやってのけていたのだ。
うげ、と修威は思い切り顔をしかめる。そこまでしなければあの巨木人を倒すことはできないのか。思わず作業の手を止めて大きな溜め息をついた修威に、梶野が優しく微笑みながら囁きかけた。
「悩めるしゅいちゃんに、僕からとっておきのアドバイスをあげようか」
「……梶野お兄様とは呼ばないですよ」
「いいよ。梶野お兄さん、で。何ならお兄ちゃんでも」
修威は顔を上げて横を見る。そしてそこにある梶野の笑顔を仏頂面で睨み付けた。
執筆日2014/12/25




