「カルト・カントリー・ハイダウェイ ep3」
病院としか思えない自称ホテルの建物は、ホラー映画の舞台におあつらえ向きなほどに光源が不十分で暗い階段をステイシーの手を繋いで部屋に向かった。
「確か受付の看護師は3階に上がってすぐ右の奥の部屋と言ってた」
ーうん、ぐすっ、ごめんなさい……
「いや、仕方ない。俺に謝らなくていいさ」
2階に上がると待合室の方で何か動いた気がした。ステイシーが同じものを見たのか、ビクッとしたのが繋いでいた手から伝わってきた。ぎゅっと大丈夫だ、と握りしめて3階へ上がる。
「おいおい、これは……」
3階の右手には立ち入り禁止の看板が立てかけられていた。窓から入ってくる月明かりしかない中で、振り返ってステイシーを見ると——
若いナース服の女。色白でショートカットの黒髪の女がステイシーの代わりにいた。
ーごめんな、さい……、ごめんなさい……
女が縋り付くように、抱きついてきて謝りながらも頬や首筋にキスをしてくる。
「嬉しいけど、誰なんだよ」
ーひどい! 私のこと忘れたの!?
いきなり声をあげて、女は部屋があるはずの廊下とは反対方向へと走っていってしまった。無視して部屋に向かうか、女を追うかで迷いながらショーンは放って置くことにした。
「入り込んだ世界ではできるだけ慎重であれ」
と言うのが長年の経験でショーンが学んだことだったからだ。
立ち入り禁止の看板を通り過ぎると、ドアが3つほどあり、突き当たりを右にいくと214号室を書かれた部屋が見つかった。
「あれ。この番号で合っているか、覚えてないぞ」
しかし他の部屋にはどれも部屋番号が書かれていないので、ここなのだろう。そう思ってショーンは部屋の前に立ち、鍵がないことに気がついたと同時にジャケットのポケットからルームキーを見つけた。
中に入ると、窓から部屋に光が差し込んできていた。荷物を置き、上着をクローゼットのハンガーにかけた。クローゼットの中には、痣だらけの裸の女がいて、人差し指を立てて「シーっ! 誰にも言わないで」と小声で言ってきた。
うなづいて、クローゼとを閉めるとクローゼットの扉越しに「ありがとう! お礼にもういくね!」と声がしてから、階段を駆け上がっていくような音がした。
ショーンは椅子に腰を下ろしてため息をついた。眠ってしまいたいはずだったが、すでに部屋の中では朝が来ていた。そこで、少し休んでからタクシーでモーテルの近くまで戻ろうと思った。
シャワーを浴びて、身だしなみを整えて部屋を出て行こうとすると、TVがついた。人間の顔がアップで映っていた。
「こいつ何をしている?」
穴の中を覗き込んでいるような感じだった。見覚えのある顔。あの作業服の不気味な男だった。森の中で穴を掘って人間を埋めているのだ。近くには古びたトレーラーがあり、その中に鎖で繋がれた女がいた。
今埋められているのは、あのメキシカンの店にいた。格好つけたオタク風の青年だった。すでに息はなさそうだった。繋がれている女は赤毛でショートカット、妙なタトゥーをしていた。
画面が切り替わると、愛想の良さそうな青年と一緒にいた男が、蛇のような目でモリーを責めていた。モリーが可哀想なほどに謝っていた。ステイシーが逃げちゃって、私が目を離した隙に。と言っていた。ステイシーが逃げた?それとも逃したのか?
ここにきて、ショーンはこの世界に違和感を覚えていた。他の妙な世界よりもずっと、現実とリンクしているのだ。冷や汗が浮かぶ。ホテルをさっさと出ようと思った。
足早に出口へ向かうと、ステイシーが小走りでついてきて——
「探したわよ!あたしもここを出たい!」
「勝手にしろ」
外を出ると、途端に夜になってサーチライトが二人を探すように動き始めた。隠れながら、街を進んでいきタクシーに手を振る。タクシーに入って行き先を告げると、黒人の運転手が「任せとけ!」と威勢よくいった。
タクシーから降りると、どこかの建物の中で——
——収容手続きなるものにサインしている所だった。
ステイシーが手術服のようなものを着て、中が見える白い部屋に隔離されていた。体育座りをしてひどく心細い感じで震えている。ショーンも似たような部屋に案内されていたが、途中で案内人の顔面にパンチを喰らわして逃げた。
途中でショーンは壁をよじ登り、外壁から3階に侵入した。空いていた窓から院長室らしき部屋に入ると、クラゲ人間たちがいて、この施設に関しての説明を聞いているところだった。
ーえー、オホン。よろしいですか。ここが我々「神の満ち引き教」の重要施設でありまして……
ーええ、ええ。そうです。市長は歴代みんな満ち引き教でありまして、役所のバックアップもあり、毎年順調に教団は幸せを増やしております。
ーええ、ええ。収容されたものは皆幸せですし、自ら望んで来たものだけです。それに職員は軍の出身者も多いですし。はい、逃亡は大罪なので可哀想ですが、法律などは無視して対応せざる得ないのです。ええ。
ーなぜ収容しているかって? あのーそう言う話は巫女に聞くのがよろしいかと。まぁ、かいつまんで言えばココとですね。繋がっている世界があるらしいんですよ。はい、そこの人間を誘拐してですね。それを資源とするとお金がザックザックと取れるんですね。はい、女、子供、あ、男色ですか? もちろん大丈夫ですよ。人間はこの儀式のおかげでタダみたいなもんです。
一人のクラゲ人間が言うたび他のクラゲがうなづく。
ーええ。ええ。あのね、偽物を置いておけば問題ないらしいんですよ。うん、本当に。それだけ。最初は非合法に使って、その世界の人間は死んでも捨てるところがないくらいの体でして。薬にも、麻薬にも酒にもなるし、皮はどんな動物のものよりいいですし、骨なんて、どんな木材よりもいい。歯なんて、象牙なんて2度と欲しくならないですよ。みんなチェスの駒とか、ペンダントとか、あそこの人間の歯で作り始めているんですよ。
クラゲたちはショーンが見えていないようで、物騒な話を続けていた。
「これはいよいよ、まずいぞ。俺の世界の人間を捉えてるって……」
クラゲ人間の一人を掴むと、クラゲは恐ろしく貧弱で体重は見た目に反して20キロもないのでは、というほど軽かった。それを窓の外に放り投げる。もう一人も同様にすると、べちゃっ!と言う音が窓の下から聞こえた。
説明をしていたクラゲ人の首を絞める。
「おい、俺の声が聞こえるか?」
ーウグゥ、な、なんだ。貴様は! どこから現れた!
「お前らが世界をどう渡っているか、教えろ。じゃないと殺すぞ」
ーそれは巫女しか知らぬ! お前などが知っていいことではない!
ショーンが力を入れるとクラゲの首がちぎれ頭部が飛んで、カーペットを濡らして消えた。
シャー!!
いきなり部屋のスプリンクラーが起動した。
天井が浴びせかけてくる水から逃げるように部屋のドアを開けると、途端に息ができなくなった。
***
水の中にいるのを理解して、浮上しようと試みる。
なかなか水面に出る感覚がやってこなくてもどかしくて仕方なかった。パニックにだけならないように辛抱強くいると、水面から出ることができた。
「ぷはぁっ! はぁ、はぁ……、ふざける、な」
地面に手をついて片膝をつくと、アスファルトの水たまりの上にいた。髪も服も雨でずぶ濡れだった。フラフラとしながら、空を見るとあのバーの目の前にいた。
「戻ってきたのか、はぁ……、疲れたな」
時間を確認しようと、腕時計を見ると壊れていた。
バーに入ると——
ーやぁ、どうした。忘れ物か? それとも何かあったのか?
バーテンが声をかけてきた。
「ああ、ちと酔っちゃって。時計を壊した。俺が出て行ってからどのくらい経った?」
「あー、どのくらいな。1時間もないとは思うな。すまん、具体的には覚えてない」
「いや、十分だ。ありがとう」
礼とともにチップを渡すと、バーテンは片眉をあげて、恭しく頭を垂れた。
モーテルに戻ろうとすると、道路を挟んで向かい側に金髪のベリーショートの女を見た。車を待っていたらしく、しかも目当ての車が反対車線に止まったのを見て、うんざりしたように軽く地面を蹴ってから、こちらへ渡ってきた。
女がこちらを見てきた。少し妙な顔をして。
ー何見てんの?
女が独り言のように言った。
「こっちのセリフだな」
カチンと来たのが、見てととれたが女は何も言わずに車に乗り込んで行った。車の中からこちらをずっと見ていたのも見えた。
「あの赤毛の女だ。俺の顔を覚えていたのか」
そこまで言って、もしあの女がこのセリフを聞いていたら、「それこそこっちのセリフよ」と返してくるのだろう。そう想像してショーンの口から笑いが漏れた。
モーテルまで歩いて行って、部屋に戻り着替えてシャワーを浴びてから寝た。
深夜に目を覚ますと、あの女が枕元にいた。あの赤毛の格好をしていた。
ーおはよう。目が覚めたかしら?
「ああ、誰だ。お前は」
ー知ってるはずよ。あの世界の巫女よ。
「それで? どうやって入った?」
ー入ったんじゃない、あなたにこちらに入らせたのよ。
寝室の扉が開け話になっていて、大きな包丁を持ったあの作業服の男が入ってきた。
女は無表情で涙を流していて——
「神託が降りたのよ。あなたが名探偵だって」
と言った。
「何を言っている、それにお前は……」
人間なのか? そう質問する前に作業服の男が襲いかかってきた。素早く躱し、腕に飛びつくようにして関節を極めて腕をそのままへし折った。男はくぐもった声で、のたうち回る。焦ったような顔で銃を取り出した女から、それを奪って、逆に眉間を撃ち抜いた。
地面に倒れた女は、金髪のベリーショートになっていた。瞳孔が開き切って、幻を見ているような雰囲気だった。
ーお前は何者だ。
「お前は運がいいね。そんな力を持って、呪われない」
「何を言ってるんだ、お前は誰だ。なぜ人を攫う、殺す?」
「みんなが望んだことなのよ。私はみんなの望みを叶えるために生まれてきたの」
「お前は人間なのか?」
「さぁ、最初は多分ね。でももう今はわからない。境界線は曖昧なのよ、特にこの土地は」
「この土地?」
「この地は人をおかしくさせる。特に私はあなたみたいなのをね、他にもいるけど。この土地自身もあなたが嫌みたい。出て行って欲しくて私と出会わせて、戦わせたのよ。そしてあなたが勝った」
「土地にそんなことができるとは思えないが」
「そういう土地もあるのよ、なんだってありえるわ」
「お前が変装していた女は?」
「有名人の生贄はたまには慎重にやらなきゃね」
「気を使い必要がある殺人だったのか」
「いいえ、まだやってないわ。あなたの後でやる気だったからね」
「じゃあ、そのターゲットは生きてるのか」
「そうよ、俺が助けたんだ。って教えてあげたら? セックスくらいさせてもらいなさいよ? それが目当てならね」
「そこまで飢えてないんだ」
「ステイシーはどう? 対して美人じゃないけど、あなたとすごくHしたがってた」
「Hの話から離れろよ、もう。彼女は無事なのか?」
「そうね。彼女はこっちに戻ってきてるわよ。この世界の子だし、よかったわね」
「そうか、よかった。モリーも?」
「いいえ、その子は違うわね、心配しなくていいわクラゲだから。それと、タダで人の命を助けても、あなた貧乏なままよ? わかってるのかしら」
「印税は入ってきてるよ。心配するな」
「わたし、あなたが好きよ。気が合いそうだし、話してて楽しい。もっと早く会いたかったな。Hしてあげてもよかったな」
「ああ」
「死にたくないな。だって人のために生きてきたのに、人に裁かれて死ぬのは嫌だもの」
「そうだな」
「なんで、皆、もっと良いことに私を使ってくれなかったの? なんでもっと良いことをした時に喜んでくれなかったの?」
「さぁな、俺には分からないよ」
「じゃあ、仕方ないわね。私を止めてくれてありがとう。この土地はいろいろなものが混ざり合うわ。現実と異界、虚構、幻想。どれを選んでもいいけれど、飲み込まれてしまう前に離れなさい。あなたは、特にね」
言い終わると、女は満足したように安らかな笑みを浮かべて命を終えた。
モーテルの扉から外へ出ると、家の前に来たものに反応して光るライトに照らされた。壊れた時計や、車などの状態、自分の呼吸の状態、様々なものを頼りに今自分がどちらの世界にいるかを確認した。今は現実に戻ってきていると思った。扉を再度あけて中を見ると、女の死体も、のたうち回る男も消失していた。
朝を待たずにもうここを出ようと思った。それは女の忠告を信じた方がいいというショーンの直感だった。
「とんでもない所だ。本当にこの土地が全てをおかしくさせているのだろうか、それは分からないが」
あの女のようになるのは、ごめんだ。
とショーンは思った。




