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「カルト・カントリー・ハイダウェイ ep2」

 


「なんで金が必要なんだ?」


「妹の結婚式にどうしても行かなきゃいけないのよ、あんま貯金してなかったし、遠くて飛行機代とホテル代はあったけど。もっと増やしたくて、それでベガスでちょっと擦っちゃってさ」


 疑問に思っていたことを聞くと、なんとも破天荒な判断をする女だと窺い知れるような答えが返ってきた。


「スった時のこと考えなかったのか?」


「別にいいでしょ!? 今こうやって頑張ってんだから!金くれないなら長々会話してられないわ」


 ちょっと聞くと、使えないやつめ。と言う具合に返されてショーンは苛立った。失礼なビッチに恵んでやる金はないな、と言う言葉を寸前で飲み込んで——


「ああ、そうかい。じゃあね」


 というと女は違う客に話しかけに行った。タトゥーだけじゃない、特徴的なピアス。トランプのカードのようなピアスだった。


 途中で老人の一人が、「もういいから、これでその芸を終わりにしてくれ」と言って50ドルをその女に与えると店主も「そろそろ終わりにしろ」と暗に告げて、その女は店を出て行ったのだが、ショーンはひどい違和感に襲われた。


 他の客も五十ドルに続いて10ドル札などをいくつか、あの女に私のにも関わらず赤毛の女はそれを至極どうでも良さそうにしていたのだ。クールぶっているわけじゃないようだった。本当に金銭に興味がなさそうだったのだ。


 まるで、本当の目的は金じゃないみたいだ。ショーンは今日であったばかりのお気に入りのウィスキーを胃に飲み下しながら訝しんだ。散々騒いで50セントや数ドル稼いでいたのが、一気に札を老人から恵んでもらって、あそこまでどうでも良さそうにするものか? それに少しもあいつは感謝していなかった。まるで、仕事で仕方なく、この店であんなことをやっていたみたいに。


 本当に金がないわけじゃない? 


 ならば何故、何のために。そこまで考えたところで、ショーンはその女の特徴を思い返し、おかしな点に気がついた。


 女の特徴は赤毛のショートカット。トランプのピアス。記憶に残るようなタトゥー。全てが、変装でどうにかなるような特徴なのだ。


 あいつ、……そもそも、あの赤毛やタトゥーは本物か? 今考えれば染めたような赤髪にも思えてきた。タトゥーもだ、あれも描いたものか? なんのためにこんなことをやっているんだ。


「! チッ、いつの間にか入ってしまった」


 ショーンは世界が変わっていることに気がついた。店内の人間がクラゲのような質感の肌に変わっている。


 幼少期より別世界に迷い込む体質であるショーンはその経験から——多分、そんなに危険な場所ではないだろうと予想した。


 クラゲのような透き通るような乳白色の客たちはおとなしく、好き好きの酒を飲んでいるだけだ。服を着ているものもいれば着ていないのもいた。壁に飾られた絵の中の男女がGIF動画にように動いていた。下手な油絵まがいの絵画の中でハットにベストを着て葉巻を加えている男が手を取っていた大きなフレアスカートの女に後ろを向かすようにするとスカートをたくし上げて頭を突っ込み始めた。スカートの裾からハットが落ちたと思ったら、絵の中からレコードが落ちてジュークボックスの方まで転がっていった。


 ビリヤードをしていたクラゲ人間がレコード拾ってジュークボックスに入れて音楽を流し始める。ビバップらしき曲と共に、その背後で女の喘ぎ声が流れていた。


「エロい声の女だけど、そんな場合じゃない」


 ショーンは奇怪な空間にいることよりも、どちらかといえば、あの女とその正体の方を不気味に思っていた。仮に自分の予測が多少なりとも当たっていたなら、あいつは何故ここで変装していたのか。


 みんなに覚えさせるため? この特徴の女が今日、ここに何時から何時までいた、と。


 何かのアリバイづくりだったのか?


 ここにいた客たちはなんと証言するだろうか。


「金に困っていたようだった」「特徴は赤毛で、タトゥーが……」「旅費が欲しいようだった」「一文無しだったかもしれない」「愛想は良く無かった」


 途端に窓の外が明るいことに気がついた。


 窓の外は昼の川縁で、ずぶ濡れの赤毛の女の死体が引き上げられている様子が見えた。やや太り気味で赤ら顔の保安官がトランシーバーでどこかに連絡していた。窓際まで近づいてよく見ると……


 引き上げられた女の顔は、さっきまでバーにいた女とは別人だった。少しは似ているがショーンの目は誤魔化せない。超認知、と呼ばれる能力がある。


 超認知、スーパーレコグニションを持つ人間はたった一度見ただけでも、かなりの時を経ても人間の顔を恐ろしくよく認識、判別できる。人口の数%が持つと言われるものだが、その数%にショーンは入っている。そしてショーンは仮に現実世界でこの死体が明日か数日後に打ち上げられると言う考えに取り憑かれそうになった。


 すでにショーンは妙な世界に入ってしまっているので、確証も保証も何も無かったが。どうにも落ち着かなかった。


 店内にいるクラゲ人間の頭部がいつの間にか、全てあの赤毛の女に変わっていた。女のグリーンの瞳は恐ろしく冷たく、爬虫類のもののようだった。


 一人の老人客の肉体が店の鏡の前でその女の顔をまじまじと見つめている。口紅を取り出して、赤い泣きべそを描いていた。


 雨に降られてきたような薄汚い野良犬がビリヤード台の近くにちょこんと触っていて、それがショーンに向かって軽く鳴いた。着いてこいと言っているようだった。扉を開けると犬が突然、キャンキャンと泣き出して外に走り去ってしまった。


 犬を追いかけていくと、いつの間にか街中ではなくて土の道路にいた。左右は農場の敷地が続いている。真っ暗な中で携帯の電灯トーチをONにして、進むしか無かった。この時点でショーンは嫌な予感がし始めていた。


 トボトボと進んでいると、足が痛くなってきた。車が通り次第ヒッチハイクでもしようと思い始めた頃に、背後から2つのライトが近づいてきた。古ぼけたバンだった。


 手を振って、乗せて行ってほしい意思表示をする。


 ーやぁ、何してんの!? 乗せてってもいいけど殺人鬼じゃないでしょうね!?


 二人組の女だった。一人はウェーブのかかった色褪せたブロンドの女、名は「ステイシー」。20から25くらいだろうか。もう一人は「モリー」と言う茶髪で太った女だった。俯いていてシャイな感じ。年齢は同じくらい。


 運転手と連れが同世代の女二人だったことで、ショーンも少し安心した。もちろん彼は殺人鬼ではないのだが、彼としても殺人鬼のような不審者がドライバーだったら、どうしようと思っていたところだったからだ。


 彼女たちの車に乗せてもらって、モーテルの名前を告げると、ちょっと遠いから違うところで下ろすしかないと言われた。残念だが従うよりない。タクシーは頼めないかと聞いても、ここらは無理ね。とだけ言われた。



 ーねぇ、それよりあんたのアクセントめっちゃ好き! もしかしてイギリスからきた?


 ブロンドのステイシーが前を見ずに運転席から言った。


「そうだよ、でも前を見てくれ!」


「そうだよ、ステイシー」


 この車の中ではモリーがショーンの味方だった。


 ーわーかったわよ! もう! 信用してないんだから!


 ステイシーがヘソを曲げたような、演技がかった拗ねた口調で言うと、運転がマシになった。


 フロントガラスから見える光景は水族館を思い起こさせた。クラゲのようなものが浮遊し発光している。そう思うと今度はリュウグウノツカイのような光の線が空に現れて消え、煌めくヒトデが道路脇に並んでいた。


 途中から外が明るくなった。赤くなった、つまり赤い光だった。街灯が嫌に赤い光を放って街を照らしていて、夜ではあるが商業区画のようなのに通行人は一人もいなかった。殺伐とした赤灯区画をゆっくりとステイシーの二十年落ちの車が進んでいくと、レンガ調の外壁の施設の前で停車した。


 ーここがあんたが滞在できそうなホテルよ。


 ステイシーがいった。


「ここが?」


 ーええ、だからあたしたちとはここでお別れ。それとも一緒に受付まで着いてきてほしい?


「ああ、できればそうしてほしいね。ホテルとも書いてないし」


 そういうとステイシーの顔が変わった。最初フルメイクだった顔はすっぴんになり、ひどく疲れたような表情で……


 ーそうだよね。……そりゃそう言うよね。じゃあ、一緒に言ってあげるね。私は断るの下手だから……


「私は行かない! 私は絶対に行かない!」


 モリーが後ろの席で泣き出した。


 何が起きているのかもわからずに、建物の入り口にステイシーと向かう。


 蛍光灯がバチバチと点滅しているが、そもそも着いている電気が少ないところだった。受付らしき場所には、年老いたやつれた看護師がいてこちらを見るや否や、そっぽを向いた。



「すいません、ここはモーテルじゃない、病院ですよね? だから泊まれない」


 ーいいえ、泊まれますよ。逆に、なぜもっと早くに予約なさらなかったのです? あなた癌細胞なの?


 ステイシーがショーンの脇腹を肘でこづいた。


「あ、いや。えーと色々あって、元々予約してたモーテルまで戻ってられなくなったので今夜だけ泊まる場所を探してたんです」



 ー面倒なら歓迎しますよ。いいです。214号室でいいなら二百ドル。


「現金で今払います」


 横のステイシーを見ると今にも泣きそうな顔をしていた。


「どうした?」


「モリーが行っちゃった……」


 入り口のガラス戸の外を見ると、モリーが後部座席から運転席に移り、鍵をかけて発進するところだった。



「モリー! 何やってる!」


 急いで外に出て呼び止めるが、モリーはまるで怪物に追いかけられているように急発進して行ってしまった。


 ステイシーを見ると、彼女は涙ぐみながら——


「お願い私も泊めて? 夜にこんな街で出歩いたりなんてできないわ」


 彼女は何故か僅かにスカートをたくし上げながら、「ねぇ、お願い!」とウィンクしながら言った。


「どう反応すればいいかわからないよ。ステイシー」



とりあえず、部屋に行こう。





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