「ダーク・タワー」
「ダーク・タワー」
干からびたアスファルトの道を歩いていた。
両脇には永遠に砂漠が続いていて、ずっと向こうには塔が見えていた。
砂に埋もれ、ちぎれたガードレールに反射する光さえもが暑くるしい。熱された肌にダメ押しのように照りつける熱線から逃れるようと身をすくめて早足になる。
誰にも見つからないように逃げなければいけない。まるで鬼ごっこと隠れんぼを同時にやらされているようだった。
ことの発端は──
──炎天下の道路脇に打ち上げられた魚だった。
可哀想に思い近くの川に魚を戻してやると、夜にはアパートの呼び鈴が鳴り、黒服の男が礼をいいにきたとやってきた。
「ようやく礼を言いに来たのか」
ショーンは待ちくたびれていたが、とにかく謝礼だけ受け取って眠りに就こう。と思った。
今日は……、それで終わりのはずだった。
しかし、それがとてつもないアバズレから生まれた息子なのだと、そう思わずには入られない惨めで卑しい存在が、アパートにやってきたのだと知ることとなった。
呼び鈴を鳴らしたのは謝礼の勧誘だったのだ。
最初その男から、異界の匂いを感じて、今現在自分が境界の世界にいることを知った。そして、それを好ましく思った。ちょうど冒険を小説の執筆に着手していた若手作家は飢えていたのだ。
非日常に。
そして非日常は儲かる、丁度ショーンはそのような経験を積み始めていた時期でもあった。
ショーンは非日常の匂いをさせる男に、内心ほくそ笑みながら──
「礼ならいらないし、したくもないね」と断ったのだが、黒服の勧誘員は足を扉に入れて説得してこようとした。
ー待ってください! 感謝は体にいいんです! ビタミンDにも負けないほどですよ! ここのね、アパートの隣のアパートのオーナー知っていますか? わたしは前の家が自然災害にあって家族と共にこの辺に引っ越してきたんですが、その時に転職もせざる終えなくなって。新しいオーナーが職を紹介してくださいました。ほら、さっき言った隣の隣のアパートのオーナーです。あ、それとお礼ならいいです。それよりも本来タダでお礼してもらうところをお金を払ってお礼してもらいませんか? あの、あそこのオーナー。いやうちの社長がお隣さんのアパートはもうちっと裕福な人達が、いや。優しくて正しい人たちが住んでいるから聞いてみて回りなさいって。お優しいことにアドバイスをくれたんです。幸いうちは小さな子供を何人か食わせなきゃいけませんし、え? お礼されるのが嫌?
「違う!黙ってくれといったんだ! いや帰ってくれ、だ!」
ーだったら尚更ですよ! お客さんは非常に頭がよろしい! 高知能の人ほどそう言うんですって、データはないけど。頭のいい人に聞いたんですよ。お客さんすごく評判がいい人なんじゃないですか? お顔も綺麗に整って、オーラもすごいし、お話しさせてもらえるだけで光栄なのですよ。それに絶対お礼なんてされ慣れてると思いました。ええ、もう間違いなく。だから逆にお金を払ってするんですよ、そう言うプランがイケメンや高学歴、成功者の間で流行ってるんです。知ってます? 昔ペットに石を買うのが流行った時や……
「ちょっ、ちょっと! うるさい、うるさい! いい加減黙ってくれ! 一気にしゃべるんじゃない!」
すると、その場では勧誘人は黙るのだが、帰ってくれと言うとたちまち喋り出して止まらない。
さらには、「わたしに感謝しないことなど結構です。しかし……」と言って「法律的に脅しているわけではないのですが、仮に裁判になってもよろしいのですね?」となどと早口で捲し立てるように言い放ち、ショーンを脅した。
流石に携帯で写真を撮り、警察に通報し始めるとようやく男は退散して、それでショーンはあの男の言葉の波から脱出できた。
ショーンは魚を助けたついでに追加で厄介ごとが舞い込んできたのには、どう思って良いのかわからなかった。
そして通報した警察に奴が退散したことを告げようとすると、電話はもう切れていて機動隊がショーンの家に突入してきたのだった。
ラタタタタタ!
「おい! やめろ! 家主を攻撃するんじゃない!」
「お前のどこが家主だ!」
怒鳴り返してくる武装警官達。
よくよく周りを見れば、大都市の全く知らないホテルの中だった。かなりの高層階にいて、大金持ちが集まってパーティでも開いていそうな場所だった。二十人掛けのソファにビキニや裸の女が何人か酒瓶や煙草を片手に寝ていた。
銃を乱射する機動隊員を一人、一本背負で倒し、もう一人をドロップキックでトイレの中にぶち込み、窓を破り最上階のベランダから飛び出しては周り戻ってきて、非常階段とエレベータを使い、エントランス付近を彷徨いていた美女にキスをして(同意の上で)、回転ドアの前に立ち塞がる巨漢のホテルマンを殴りつけ、背後に周りジャーマンスープレックスをかましてから、エントランスから逃げた。
外は暗く、ずっと向こうの街灯の灯りだけを頼りに走っていた。
だんだんと、足を取られていて、そのあまりの走りずらさからショーンは今砂漠にいることを理解した。
何にせよ。
今ショーンは砂漠を歩いている。
すでに夜は明けていて、ひたすらに進むと遥か向こうに──
──塔があった。
巨大な細長い塔は途中で雲の中に入り、一体どれほどの高さなのか見当もつかなかった。その麓は廃墟と化した、人っ子一人いない街が。
塔を見上げると、空は曇りであり、街を見れば眩しく光が反射していた。
浜の前の店や道路くらいの砂。
海は見えないが、近いのかもしれなかった。確信が持てないほど僅かに潮の香りがする気がした。
汗はかいていない。乾いているからだ。水分などという物はとっくの昔に肉体から逃げ出していて、そろそろ干からびてしまう、と言う所だった。
《スコップを担いで、自分の墓でも作る気なのか?》
心の中でそんな声が聞こえた。幻聴だったかもしれない。
どちらにせよ、ショーンは自分がスコップを担いでいることを知って、それを放り投げた。
「考えられない。大立ち回りをしてしまった、あのホテルも異界のはず、怪我もない、大事にならなくてよかったな」
「冒険ものの作品を描こうとしていた所、調子に乗り、それっぽい世界に足を踏み入れて、帰るタイミングを逃した。そこでミイラになって死ぬか……」
「そんな人生のオチは許容できないな、どうにかしなければいけない……」
ちょうど最近出版された作品。「季節症候群」がヒットして映画化の話が来ていた。ショーンは出来に満足できなかったところがあって、また冒険ものを書きたいと思っていたところだった。
もう一つ。実は異界を冒険する理由がショーンにはある。
それは……
最近知ったことであるのだが。まれに見つかるのだ、そして持って帰れる。
換金可能な価値あるものが、である。
異界で見つけたものは、時折そのまま持って帰れる。否、すでに何度も換金した。
去年ショーンは街中で金銀が平気で落ちている街で、金銀を大量に持って帰った。と言ってもすぐに帰ってきてしまったのだが、全く期待などしていなかったのだ。それでもその一部を交換しただけで、50万ドルになってしまった。
そしてショーンはその10倍の金をまだアパートに隠しているのだ。大体40キロほどだろうか。二ヶ月前は8万ドル相当の真珠やオパールを見つけた。
もはや作家でなくとも、こっちで生計を立てても良かったかも知れないが。どこから手に入れてくるのかは死ぬまで秘密にするつもりでもあった。金を持った狂人として生きる気はないからである。
道の途中。
岩山の前に日陰の家を見つけた。
少しマシな場所で横になりたかった。考古学者が被っているようなハットを顔の上に置いた。顔面がヒリヒリする。
水筒の中を確認したい。すでに何度か確認したが、それでも手探りで水筒を引き寄せようとすると、壁に妙な感触。柔らかいものと、固いものがある。
一つは蛇口だった。捻ると水が出てくる。ショーンは四つん這いになって、犬のように水を飲んだ。たらふく飲むためにも、少しずつ少しずつ、喉を潤していく。
口の中で砂利っという感触。
蛇口に砂がついていたので、それを払う。
ペッと水を吐き出してから、もう一度水を口に吹くんで少しゆすいだ。日陰の中から日差しを見る自分の瞳が、意識が朦朧としているもののそれだと感覚でショーンは理解できた。
蛇口以外で、壁から生えていたものがある。
小さな象の鼻だった。ぶよぶよとしていて、1mほどはある。
だらんと垂れていて、握り込むと、ブシュぅっ! と鼻水のようなものを吹き出した。
その鼻水が落ちた地面の石のタイルを見る。
「これは、絵が浮かんできた。炙り絵みたいに……、これはこの街の地図か?」
タイルをひっぺがそうとすると、予想以上に簡単に取れてしまった。
蛇口の水で鼻水を洗い流すと、やはりタイル自体に浮かび上がっていて、流されない。
タイルの地図にはショーンの今の場所が示されていた。
《岩山の家ー現在地》
気になったのは現在地だけでなく。
《財宝》
と書かれた地点があることだった。
その地点は紛れもなく塔がある場所だった。
ショーンは立ち上がり、また砂漠に挟まれた道にでて歩き出すことにした。




