ちんちーーん!
「闘‼」
外法者の妖務員、田中雪梁の奮う大鍬を喰らった犬型低級妖霊ハチワレは爆ぜるように霧散。額から鼻に毛を通した異形の魔犬は排霊され、彼方へとその魂を解き放った。
「オン・アビラ・ウンケン・ソワカ――♩」
国内最高峰の陰陽師一族、その王女である桐原姫妃の鳴らす霊弓もまた、ハチワレの群れを浄化していく。
彼と彼女はここ、聖輪館女学院を襲う霊災に抗うべく、発生した獣の群れと奮闘していた。
夜の学校、その廊下で繰り広げられる大立ち回りは常人の眼には理解できない。故に彼らの日々の功績を讃える者は限られている。
「うわこっち来た⁉ やだやだ来ないでーー! ちんちんっ! ちんちーーん!」
そしてその限られた者の中の一人、聖輪館女学院の二年生にして彼らの協力者、羽有志穂もまた廊下を駆けていた。
「鎮鎮とは某の知らぬ魔除けの呪文だらうか」
「テンパって“待て”とか“伏せ”とかと間違えてるだけだ」
「そんなのいいから早く助け――ひゃ⁉」
廊下の隅に置き去られていた雑巾を踏んだ志穂はすてんとコケた。するとその頭上をハチワレの一匹が通り過ぎて行った。
もしコケなければ魔犬の牙が己の首に突き刺さっていたかもしれない。そう考えた志穂はまた震え、血の気を捨てた。
「ラ、ラララララッキ~」
「だからついてくるなと言ったんだ」
「志穂殿、某の背後から動きますな」
へたり込んでしまった志穂を庇うように雪梁と姫妃は大鍬と鳴弦を用いて浄霊を続行。
程なく夜の大運動会は滞りなく閉幕し、今宵も聖輪館女学院の平和は守られたのであった。
◇
校舎裏
「マジサンキュー。てかアクリョーとか草すぎてもはや森ビルなんだけどー」
此度の霊災者、三年の堀田マリ(どギャル)は舌足らずな感じで緊張感なく謝辞を述べた。
彼女の亡くなった愛犬がこの学院の瘴気に当てられてしまい、周囲の犬型動物霊と共に暴徒化してしまった今回の事象は、雪梁と姫妃の共同戦線によって結果無害に終わった。
「こちらが堀田殿の愛犬の御魂です。加減いたしましたので、浄霊されるまでしばし時があります」
万華鏡の中に保護していた堀田マリの愛犬ポン太の御魂を姫妃は現出させた。
生前の小型犬の姿を見下ろす堀田マリの表情は……冷淡である。
「マリ先輩……?」
「……意味わかんないよね志穂ちゃん。こいつってさ、撫でようとしたら唸ったり、散歩行こうとしたら吠えたり、大切なバッグや充電ケーブル噛んでダメにしたり、ベッドの上にうんちしたり、ちっともあーしに懐かなかったんだよ。なのに、なんで死んで魂だけになってんのに、わざわセイジョにいるあーしんとこに来んだろ」
彼の犬は堀田マリの実家にて飼われていた。彼女が全寮制のセイジョに入ってからはたまの帰省時にしか関わりがなく、関係は希薄であった。
あくまで動物好きの親の都合で飼われていただけで、別にあーしは犬好きでもなんでもないし、うざいだけ。――それが堀田マリの認識だった。
『くぅん』
儚げに鳴いたポン太は堀田マリの足元に頭を擦りつけた後……光の粒となりて浄霊されていった。
「っっ、なんだし、なんなんだしっ」
ポロポロと大粒の涙を零して蹲る堀田マリを見守りながら、志穂、姫妃、雪梁の三人は静かに手を合わせた。
◆
翌日昼休み/中庭
「マリ先輩、スマホに一枚だけ2ショット画像残ってたらしいから、現像してお墓参りに行くって」
「左様ですか。御魂も喜びましょう」
寒風吹きつつも麗らかな晴れの日、志穂と姫妃は中庭でランチに勤しみながら昨夜の一件を生み出している現状を振り返っていた。
屋外で駄弁るにはまだまだ寒い時期ではあるが、話の内容から周囲に人気のない場所で話すのが通例となっている。
「生きてるうちに素直になれなかった無念があんな形で暴走しちゃうなんて……ポン太くんがマリ先輩を傷つけるようなことにならなくてホント良かったよ」
「一刻も早く学院を襲う原因不明の広域霊障を治めねばなりません。今後も性急な対応が求められます」
「雪梁さんが言ってたけど、それって人間の仕業かもしれないんだって?」
「謎の女生徒に遭遇したことからそう主張しておるようですが、某には荒唐無稽に聴こえます。これほど頻発する怪異現象を人間が、しかも国内最強の陰陽師の眼を盗んで行なうなど絶対に不可能です」
「そこが悩みどころらしいんだよねー。……あ、凛ちゃんだ」
ふと、中庭を横切る二人組の女子に志穂は手を振った。
一人は元霊災者にして写真部に所属する須藤凛。もう一人は既知でない者で、スラックスタイプのブレザーを着こなす長身の女生徒だった。
「やっほー志穂ちゃん。その子が学院長のお孫さん?」
「うん。その名も桐原プリンセスプリンセスちゃーん」
「志穂どのぉぉぉぉぉぉ」
「姫妃さんでしょ。変なあだ名つけられてるなぁ」
血の気を捨てる姫妃はさておき、須藤凛はじゃじゃーんと言わんばかりに隣人の正体を明かす。
「何を隠そう! うちのクラスの霊能力者でーす!」
「凛、声が高えって。秋に転校してきた、折紙風香だ」
折紙風香と名乗るこの女性、目鼻立ちは端正そのもので、マロンブラウンのくびれショートは実に大人びた雰囲気を醸し出している。
口調の男っぽさもあって、宝塚女優みたいでかっこいい、というのが志穂の第一印象であったが、姫妃は彼女の姓に強い関心を覚えた。
「折紙、かの高名な巫覡一族の」
「ふげき、って?」
「かんなぎとも呼ばれる、あらゆる自然的ないし霊的存在と交信することで託宣や祈祷などを行なう職能者のことです」
「ああ、イタコとかシャーマン的な」
「降神だけに、ってな。素人さんって聞いてたけど、桐原の協力者なのは伊達じゃねぇな。初めまして、凛から話は聞いてるぜ。志穂って呼んでいいか?」
「うん。こちらこそよろしくね、風香さん」
立ち上がった志穂と握手した折紙風香は、次いで起立した姫妃とも握手を交わす。
「お目に掛かれて光栄だ、姫妃殿。巴蛇を祓った時の鳴弦は鳥肌もんだったぜ。さすがは次代の桐原だ」
「ぐ、お、恐れ入ります」
雪梁のサポートによる戦果なので面白くない姫妃なのであった。
「某も折紙風香殿の栄名は聞き及んでおります。百年に一人の降霊術の使い手であると」
「んな大層なもんじゃねぇよ。古臭いじいさま方の過言だ、聞き流してくれていいぜ」
ホント男らしい人だなぁ、としみじみ思う志穂は一つの疑問をぶつけてみる。
「てか風香さん、あの夜のこと見てたの?」
「そりゃあ、あんなにも高質量の霊波が学院中に響けば気付かない霊能者はいねぇさ」
「然り。故に彼女を始めとした数人の霊能者たちはあの夜、我々の戦いを遠巻きに見守っておったのです」
「そうだったの⁉ でもなんで遠巻き? モンハンみたく、みんなで一斉にやっつけたりとかはしないの?」
「そこが霊能稼業の融通が利かねぇとこなんだよ。信仰や流儀や思想の違う者同士で共闘すると、揉めたりお互いの力を阻害することになっちまうのが関の山なんだ」
「なのでああいった緊急時、先に現着した者たちが事に当たり、他の者は二次被害を抑えるためのバックアップに回るのが定石なのです」
「そうなんだぁ。でもプリプリ、雪梁さんとはうまくやれてるじゃん」
「お言葉ですが志穂殿、うまくやってなどいません。奴は単に他人様の場に土足で踏み入ってくる粗忽者なだけです。昨夜も某だけで事足りたというのにしゃしゃり出てッ」
「わたしがプリプリの協力者をやる限り、情報は雪梁さんにも共有するって約束でしょ。せっかく雪梁さんもわたしの桃籠が鳴らす信号をプリプリにも届くよう設定してくれたんだから、仲良くしなきゃじゃん」
「どこまでも志穂殿を盾にッ、くぬぬぬ」
「……それなんだけどよ」
――折紙風香から発せられる温度が下がる。
「あの外法者って、マジに桐原学院長の推挙なわけ?」
志穂は理解した。折紙風香の眼に敵意が灯っているのを。
「七不思議の再調査ってオーダーもアレの進言らしいがよ、なんで御魂を殺し回ってるようなクズの言うことを真に受けんだよ。神道を祖にするオレが言うのもなんだが、桐原にとっては重大な背信のはずだぜ。ぶっちゃけた話、召集された霊能者たちの中で桐原学院長への不信が高まってる」
「……真に遺憾ながら、それが最高責任者としてのおばあ様の決定なのです。某個人としても借りがある故、超法規的措置として今は捨て置いています。御魂への加害行為に関しては極力させぬよう目を光らせて――」
「巴蛇ん時も昨夜も一緒になって暴れてたのにかよ」
ぐうの音も出ない、そんな無念に眉をしかめた姫妃は俯くしかできなかった。そしてそれは、志穂も同様に。
「……これが次代の桐原、ね」
盛者必衰ってやつかぁ? その言葉を残し、折紙風香は去っていった。
「な、なんかごめんね。風香ってば雪梁さんの話するといつもああなっちゃって」
「ううん、だいじょぶ。てか凛ちゃんってもしかして風香さんの協力者やってる?」
「まぁね。だから風香が雪梁さんを嫌う理由も聞いてる。助けられた私としてはあんましピンと来ないんだけど」
須藤凛は祟られた一件で同クラスの風香が霊能者であると察し、自ずから接点を持ったのだそうだ。
ちょうど学院内の人間関係を把握できる協力者を求めていた折紙風香も彼女を受け入れ、行動を共にしている。
「じゃね志穂ちゃん、プリさん」
追いかけるように須藤凛も去っていった。重苦しい空気は未だ残り、志穂と姫妃は立ち尽くしている。
「……申し訳ありません、志穂殿」
「ううん、ホントは反論したかったのにわたしがいるから堪えてくれたんだよね。気遣ってくれてありがとう」
でも、と一拍置き、志穂は天を仰ぐ。
「やっぱり嫌われちゃうんだね、雪梁さんは」
「志穂殿……」
「大丈夫、覚悟はできてるから。誰に何を言われても胸を張る……わたしは雪梁さんの協力者なんだって」
昼休み終了前の予鈴が鳴った。姫妃と別クラスの志穂は一足先にその場を去る。
真っすぐに伸びた志穂の背中を見つつ、姫妃は感慨深く心中を吐露する。
「どこまでも一途で、可憐な人だ」




