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悪役令嬢と呼ばれた四姉妹はどうにも納得がいかないようです  作者: ゆうひかんな


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20/24

レナルド・マストリークの箱罠

途中から他者目線になります。


 食事の時間が終わり、厳かに時を告げる鐘の音がする。レナルド様と手を繋いだエルザの行手には、揺れながら淡く滲むランプの明かりがずっと道の奥まで続いていた。露店の軒先には色とりどりの商品が所狭しと並んでいる。そしてところどころに積もった雪に風が吹くと花のように雪の欠片がキラキラと空を舞った。


「きっと、どこまで歩いてもきれいなのでしょうね」


 まるで、きれいなものしか存在してはいけないような。

 一年に一度、このときばかりはそれが許されるのだろう。研ぎ澄まされたような美しさに、失ったものを感じてエルザの胸が痛んだ。

 

「そうだね、きれいで切なくなる」


 レナルド様も同じような感情を抱いていたのか。エルザはそっと彼の横顔を見上げた。端正な顔立ちは影を纏うとより一層美しさが際立つ。この表情を読ませない微笑みの裏で今何を考えているのだろう? 無言のまま、しばらく歩いたところでレナルド様が足を止めた。


「買い物をするなら、このお店はどうかな?」

「かわいらしいお店ですね! どういうお店なのですか?」

「輸入品の小物を扱う店だよ。今の時期は限定で手作りの雑貨も売っているそうだ」


 するとエルザの瞳が少女のようにキラキラと輝いた。レナルドは表情筋を駆使して平静を保ちつつ、膝から崩れ落ちそうな自分の体を根性で支える。――――間違いない、かわいいは正義だ。


「この店の店主とは親の代からの付き合いがあってね。気になるなら、のぞいてみる?」

「はい!」


 店内は明るく、棚には色とりどりの商品がぎっしり並んでいた。置き切れない商品は床に積まれたり、天井から袋に詰めて吊り下げられている。エルザの視線は店内を忙しなく往復していた。雑然としているところも、今のエルザには演出の一つのように思える。


 そんなエルザを横目で見て、レナルドは口角をあげる。気に入ってくれたようでよかった。この店は規模が大きく、品数も多い。この様子なら商品を選ぶにも時間がかかるだろう。


「エルザ、申し訳ないけれど少し外していいかな? 家から連絡が入ったようだ。確認してくる」

「まあ、お仕事ですか?」


 エルザの視線の先には、たびたび顔を合わせるマストリーク公爵家の使用人が頭を下げていた。


「ごめん、休みのときまで落ち着かなくて」

「いいえ。王国での暮らしも似たようなものでしたから、慣れているので気になりませんよ?」


 王国でのエルザがまさにそうだった。家の用事や城の仕事で休暇中も遠慮なく呼び出される。そんなものだと思ってきたが、皇国で働いていると休暇は休暇と割り切る考え方のほうが普通だと知った。慣れとは恐ろしいものだわ。苦笑いを浮かべたエルザの髪にレナルド様が口づけを落とした。


「ゆっくり見てていいよ。もし、時間が余ったらあの席で待ち合わせしよう」


 指差す先には買い物客用の休憩スペースがあった。エルザは微笑んでうなずくと、早速品定めに取りかかる。宝物を探すような真剣な眼差しにレナルドは小さく笑いをこぼした。それから馴染みの店主に心付けを渡してエルザのことを頼むと、使用人を連れて店を出る。


「罠にかかった?」

「はい」

「場所は?」

「マーケットの外れにある、荒屋のひとつです」

「いかにもこれから悪い事をしますという風情だね。エルザに護衛は?」

「五名を配置しております」

「そう、万が一近づく者がいたら遠慮なく排除していいと伝えて」

「承知しました」

 

 そしてレナルドは、使用人と別れてたった一人で荒屋に踏み込んだ。そこにはすでに十人近い荒くれ者が縛り上げられている。そして唯一縛られていない薄汚れた格好をした男が、のろのろと顔を上げた。


「おまえは……」

「わざわざ捕まりにくるとは、ご苦労なことだな」


 流暢な()()()()()()()()で応じたレナルドに、馬鹿にされたことがわかった男は掴みかかろうと勢いよく立ち上がった。それを軽やかに身を躍らせて避けると、足を払って打ち倒す。無様に転がった男の傍らにレナルドは膝をついた。


「オスカー・レオニス。いや、もうすぐ平民のオスカーになる予定だったな。実のところ、私個人は君に感謝していたんだよ。婚約という檻から彼女を解放してくれたからね。だから君が何もしなければ、こちらもあえて手を出さずに放置しておくつもりだったのに。運命の恋人と慎ましく二人で暮らせば長生きできたものを、どこまでも愚かな男だな」

「おまえは誰だ? なぜ俺の名を知っている?」


 弾かれたようにオスカーが顔を上げる。長かった緋色の髪は短く切られ、美男子と評判だった顔はやつれて精彩を欠いている。ちょっと見ただけでは本人だとはわからないほどの変貌ぶりだ。うろたえた男の姿を見下ろしながら、レナルドは唇を歪めた。


「私が誰かなんて知らないままでいいと思うよ。なぜなら二度と会うことはないからさ。これから君は王国に送還され、皇国への入国は二度と認められない。合法はもちろん、今回のように非合法であっても無理だ」

「なんで、それを?」


 レナルドは口角を上げた。


「答えは単純明快、君の動きはわざと見逃されていただけだからだよ。君の使った手は、私にとって使い古された手段で想定内だったということだ。だから君が王国を出て我が国に入国し、潜伏するまでの間に罠を張った。狩猟で使う箱罠というものに似ているかな、年越しのマーケットという箱にとても希少な宝物を用意して、食いつくのを待っていたんだ」

「……っ!」

「君の目的はエルザだね」


 エルザの名を聞いた途端、オスカーの両目に怒りが宿った。勢いをつけて彼の体が立ちあがろうとするのを、レナルドは片手だけで難なく抑えつける。


「っ、どうして起き上がれない!」

「騒がれるのは面倒だから黙らせることもできるけれど、私は手荒なことが嫌いな性格でね。できればお互いの幸せのために、このままおとなしく質問に答えてくれないかな?」


 だから何なんだ、この男は!


 レナルドの声が鼓膜を震わせたとき、オスカーの背中にたとえようのない震えが走った。そして理由はわからないながらも、この男に逆らってはならないと悟った。青ざめたオスカーはうつ伏せのまま体の力を抜いて黙り込んだ。


「よかった、聞き分けてくれて。それで、なぜいまさらエルザに接触しようとした?」

「答えるわけがないだろう」

「まあ、そっちがそのつもりならそれでいい。報告書と齟齬がないか確認しておこうと思っただけだから」


 レナルドは微笑んだ。それは縛られて転がされた男達にはゾッとするような悪魔の笑みに見えた。あらゆる悪事に手を染めた男達ですら自分達では歯が立たないと思わせるくらいに壮絶なものだ。だが残念なことに床に押さえつけられたままのオスカーには彼の表情は見えない。


「私が腹立たしいのは彼女を力で従わせようとしたことだよ。頭脳では敵わないから、もっと直接的に彼女を支配しようとした。この男達に捕まえさせて何をしようとしたのだろうね? ああ、聞くのも想像するのも嫌だから言わなくていいよ。その代わり、何をしようとしたのかは全部わかっているからそのつもりで答えるように」


 寒い時期にも関わらずオスカーの額を冷たい汗が流れた。


「君はエルザを人質にしてカレンデュラ家を脅迫するつもりだった。身代金は元レオニス侯爵家の領地、そしてカレンデュラ家の未婚の妹二人のうちどちらかを嫁にして貴族の身分を取り戻そうとした。よく考えたよね、人質にしたエルザの存在と脅迫という行為さえ露見しなければ、表面上は婚姻によって貴族の身分と領地を得たというだけで何の問題にもならない」

「な、それをなぜ、おまえが知っている?」

「君達は本当におめでたい。最初から手の上だということも知らずによく踊ってくれた」

「最初から……どこからだ?」

「そういえば君の運命の恋人はお元気かな?」

「おまえっ、フローラに何をした!?」

「私は何も? そもそも君の出国を教えてくれたのはラングレア王国だ。これ以上、我々に迷惑はかけられないからと、君と君の周囲の人間の動向を我々に売り渡した」

「……はっ、え?」

「王国民は丸ごとエルザとの接触を禁じているのに、なぜ自分だけは大丈夫だと思っているのか。本当に謎なのだが、理由を教えてくれないか?」

「接触を禁じた?」

「そこからか!」


 レナルドは乾いた笑い声をあげた。そういえばエルザが話が通じないと困り果てていたな。こいつもまた、エルザの有能さに甘えていた愚か者だった。


「王国も多少はマシになったけれど、まだまだ甘い。いくら泳がせているとはいえ、借金まみれの家の爵位を残しておかなくてもいいだろう。さっさと潰して取り上げてしまえばいいのに。まあいい、いずれそうなる」


 レナルドはオスカーの背から手を退けた、だがオスカーは動かない。動かないというよりも威圧と恐怖で動けなかった。

 

「オスカー、愚かな君にはこんな複雑な絵は描けない。君の運命の恋人であるフローラ嬢とアルセン伯爵家、こちらはもう潰れて爵位を返上しているから元がつくのか。彼らの指示に従って、彼らの伝手を使いここまできたことはわかっている。だが残念ながら君は捨て駒に過ぎない」

「は!?」

「この男達がついてきたのは君の手伝いをするためだけじゃない。失敗したら君を始末するためでもある。他でもない、フローラ嬢から指示を受けてね」

「そんなバカなことがあるか! 優しく慈悲深いフローラが、そんな悪どいことをするわけがない!」


 すると縛られた男達から失笑がもれた。やがてその声は、うねるように大きな笑い声へと変わる。


「何がおかしい!?」

「すっかり騙されていると思ってな。あの女は、見た目どおりのかわいい生き物じゃねえよ。アンタ以外にも男を手玉にとって、欲望のままに食い散らかす獣みたいな女だ。しかも自分よりも幸せな人間が許せないっていう、性根まで真っ黒な恐ろしい女だよ」

「嘘だ、絶対に違う!」

「安心していいぞ、アンタだけじゃない。あの女の毒牙にかかった男はみんなそう言うんだよ。だから俺達は恐ろしい女だと言うのさ」

「……」

「ちなみに、おまえは見た目がよくて金を持っているから財布と一緒なんだってさ」


 オスカーの視線の先で縛られていた男がそう答えて嘲笑った。そして他の男達からも同意するような声がいくつも上がって、オスカーは一気に顔色を悪くする。


「俺が財布、そんなバカな……」

「それでも真実の愛なんだろう?」


 皮肉げに唇を歪めると、レナルドは何の感情も浮かんでいない顔でオスカーを見下ろした。


「これで完全に終わりだ」


 片手を上げると扉が開いて兵士達がなだれ込んでくる。阿鼻叫喚、怒号と悲鳴が飛び交う中を荒くれ者達が引き立てられていく。


「彼らは元アルセン伯爵家が雇っていた傭兵崩れだ。経歴を調べるほどにさまざまな余罪が出てくる。よくぞ今まで上手く誤魔化してきたものだな。いろいろ脇の甘いラングレア王国だったから見逃されてきたのだろうが、この国で同じ手は通用しない」


 ちなみにアルセン伯爵家を潰し、彼らの余罪などの各種情報を寄せたのはカレンデュラ公爵家の三女と四女の婚約者の家であるベルジェット伯爵家とリシュリュー侯爵家だった。家を潰したのは双方にさまざまな思惑が絡んだ末の結果だが、今回マストリーク公爵家からの接触に嬉々として協力してくれたのは、元アルセン伯爵家がたてた計画の()()()()()()()()()()()()()()()()というくだりで完全に各家の地雷を踏み抜いたからだ。

 本当に馬鹿な奴らだ、敵に回す前に相手の逆鱗くらい見極めておかないと。


『仕掛けは上々、さあ虫ケラどもを滅ぼしましょう』

『手加減しなくていいのは最高だよね!』


 魔王か、悪役令息か。どちらがどちらの台詞とはあえて言わないが、悪役令嬢を愛する婚約者を中心に両国をまたぐアリ一匹逃さない完璧な包囲網が完成したわけだ。レナルドも個性的な彼らとの仕事はなんだかんだで楽しかったので、彼らが愛する婚約者のために多少便宜を図る約束をした。エルザが繋いでくれた縁だから、大切にしないとね。


「君とは違い、国に帰属しない彼らは我が国が責任を持って裁くよ。二度と会うこともないだろうし、彼らが国を越えて仕返しにくることはないからそこは安心してほしい」

「それで、俺は?」

「先ほども言ったとおりに送還される。……犯罪者としてね」

「は、犯罪者!? 待て、俺はまだ何もやっていない!」

「非合法な手段で我が国に入国しておきながら何もしていないと?」

「っ、それはそうだが」

「いくら手を尽くしても旅券が発給されなかったのは、王国も君の出国目的がエルザだとわかっていたからだよ。君はエルザとの接触が禁じられていることを知らなかったようだが、そもそも君は皇国へ入国できないことになっているのだから、知らなかったとしても大差ないのだけれどね。だがこうしてここにいること自体が罪の証、もう容赦しない。ラングレア王国の司法局に通報したから帰国後の処罰はより厳しいものになるだろう」

「っ、そんな!」

「司法局にはカレンデュラ家の現当主がおられてな、ずいぶんと感謝されたよ。帰国したら君をフローラ嬢と二人揃って罰を受けられるよう、特別に取り計らってくださるそうだ。よかったな、いつまでも仲良く一緒だ」

「い、嫌だ、そんなの俺は……! そうだ、エルザは? エルザに言えばきっと助けてくれる!」


 コイツらは……、自分達のいいように扱ってエルザに甘えることしか言わない。だが、そうだな。現実の残酷さを知るいい機会だ。エルザも自分でやり返したいだろうし。


「わかったよ、君をエルザに会わせてあげよう」

「ほ、本当か?」

「ただし、危害を加えないように細工はさせてもらうよ?」


 そして失ったものがどれだけ価値ある者か、思い知ればいい。


 

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