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第五十八夜 曇り空の幕間の月。 1


 ケイトのいるビル。

 その中に侵入する為に、ヴァシーレとラトゥーラの二人は下水道の中を通っていた。上手くいけばビル内部へと侵入する事が出来る。

 後は手筈通り、ケイトの首を落とせばいい。

 

「お前。マイヤーレの売春斡旋利権をずっと手に入れたいって言っているけど。そのマフィア組織の下で働かされる娼婦達……女の子達、男娼の気持ちを考えた事無いだろう!」

 

「はっ! 考えるかよっ! 俺は上で権力を手にする。下で虐げられている奴の事なんて知らねぇんだよ。この世界は弱肉強食だ。なら上に行って強さを享受するしかねぇだろ?」

 ヴァシーレは一切、ブレていなかった。


 メリュジーヌの夜に初めて二人で会話した時と、まるで同じだ。


「そうかよ…………」

 ラトゥーラはセーラー服の上着をめくる。

 彼の上半身の所々には、縄の痕や奇妙な傷の痕があった。

 他にも性病特有の赤い花びらのアザが点々と付いている。


「……………。旅の途中で何度も敵の攻撃で傷を負った。……ウォーター・ハウスさんは何も言わずに、僕の性病や身体に付けられた変態からの傷を治してくれた……。マイヤーレのボスを倒して……帰ってきて…………。港町で働いた後も、姉さんが喫茶店を手伝っている間にも、僕は“男娼として身体を売り続けた”」

 ラトゥーラは自身のスカートを握り締める。


「下の方も見せようか? ……下半身はもっと酷いから…………」

「……気持ち悪ぃよ。見たくねぇな……」


「……安く豊胸とかして……。付いている方が好きな変態もいるから、ニューハーフとして働く事を選べば、もっと稼げるかな、って思って……。姉さんに身体を売るのを止めさせたかったから…………。なあヴァシーレ。女の子の方はね。妊娠の危険だってあるんだよ……。変態共に良い様にされて、無理やり堕胎されたり、望まずに生まれた子を誰の子かも分からぬまま育てたり、孤児院に預けたりしている子もいた……」


「知らねぇよ……………」

 ヴァシーレは唾を吐き捨てる。


「男達に無理やりされて借金を作らされて。ねえ、売春婦の自殺率ってどれくらいか知っている? そのままビデオに出演された次の日に身を投げた女の子の事を考えた事ある? 安物のドラッグで脳味噌を溶かして、苦しみを誤魔化している女の子達の事を考えた事はあるの? 答えろよっ!」


「ああっ!? 知らねぇ、っつってんだろっ! カスがっ!」

 ヴァシーレは得物の切っ先を地面に叩き付ける。


「テメェの不幸なんざ、俺には知らねぇえ。俺には関係が無ぇえからなっ! 這い上がれねぇ奴は、勝手に不幸を噛み死んで生きればいいだろうがよっ!」

 ヴァシーレは突っぱねた。


「じゃあ。共闘の話は無しだよ………………」


「六大利権でITや原子力関係の利権を握っていたケイトという男が、テメェらを始末したがっている。俺の協力がいる筈だろ」


「ならその次は、僕はお前を倒さないといけなくなるっ!」

 ラトゥーラは炎の剣を生み出し、ヴァシーレに突き付ける。


「ふん。利害の一致じゃ動かねぇってか? なら、いいぜ。お前のとこの港町が誰かにケイトの奴に蹂躙されても、俺は知らねぇな」


 そう言うと、ヴァシーレは下水道を駆け抜ける。


「メテオラの賭博利権がある……。メテオラはお前に譲ってもいいって言っていた」

「あいつに、もうボスとしての権力は無ぇだろ。ふかしてんじゃねぇぞっ!」

 ヴァシーレは一蹴する。


「惨めだなあぁ。クソガキ。テメェは何処までも惨めだ」

 ヴァシーレは一人で下水道の奥へと向かった。


 何かが下水道の奥に潜んでいた。


 それは巨大な牙を持ったイモムシだった。

 半透明な肉色で、そして血管が浮き上がっている。

 おそらくは『オルガン』の残した生体兵器を回収して、此処で飼っているのだろう。……やはり下水道の中にも門番はいたか。


 イモムシは無数の細い舌を伸ばしていた。


「大した番犬だなっ!」

 ヴァシーレは舌を難なく避けていく。


 背後にいたラトゥーラは足首をつかまれたみたいだった。

 ラトゥーラは下水道の汚水の中へと叩き付けられる。


「汚ぇねなっ!」

 汚水が噴水のように上がっていた。

 あらゆる汚物が、この中には流れている。生活排水、排泄物だけでなく、放射性物質なども放り込まれているだろう。どちらにしても、ラトゥーラはこのままだと溺死する……。


「おい。マジで死ぬぞっ!」

 ヴァシーレは叫んだ。

 ヴァシーレの場合、舌に絡めとられても、分身を出せば抜け出せる事が出来る。

 だが、ラトゥーラはこの程度の怪物相手にもダメだった。

 やはり、見捨てていくべきか…………。


 じゅるじゅる、じゅるじゅる、と、汚水のプールの中でイモムシの下は触手のようにラトゥーラの手足や腹や胸といった身体に絡み合い、服の中にも潜り込んで、ラトゥーラを浮上させないように沈めているみたいだった。


「だが。このイモムシ、でけねぇな。うねうねしてやがるっ!」

 ヴァシーレは考える。

 ラトゥーラの能力は炎だ。


「なんでもいいっ! 取り合えず、生き延びるぞっ! お前が能力を使うんだよっ! 使えっ!」


 ヴァシーレが叫ぶと、空中にラトゥーラの能力である翼の生えた骸骨が浮き上がっていく。そして骸骨から、炎が噴出してイモムシを焼き払っていく。

 ラトゥーラはべとべとの汚水塗れになりながら、何とか通路に登る。

 げぼっ、と、ラトゥーラは汚水を吐き出した後、身体に絡み付いたイモムシの舌を解いていた。


「…………。はあ、ふう…………。着替えたいな…………」


「ビルの中に入ったら、従業員の服を奪うぞ。取り合えず、テメェの俺に対する、説教やら文句やらは後から聞く。ケイトをぶっ殺してから考えろっ!」

 ヴァシーレはイモムシの燃えた死骸の横の壁を蹴って、通り抜けていく。

 ラトゥーラは頷く。


「…………。あいつ、壁歩きやがって…………。僕はこれを通り抜けていくのか…………」

 ラトゥーラはウンザリした顔をしながら、ぶよぶよのイモムシの死骸の上を歩く羽目になった……。ぬるり、ぬるり、ぶちゅり、ぶちゅり、と、変な弾力がして、薄気味悪い汁が垂れている…………。



 空を見ると、月が綺麗に輝いていた。

 ラトゥーラの能力『ムーン・マニアック』は月の光を触媒にパワーアップする。


「おい。シャワールームにいつまでもいるんじゃねぇぞ。後、着替えそこに置いておくからな」

 ヴァシーレは従業員の何名かを気絶させて縛り上げた後、スーツに着替える。

 ヴァシーレは能力の性質上、多少の身長や体格、骨格を変形させる事が出来る。身長が低めの男のスーツは普通に着る事が出来た。

 

 結局、ラトゥーラはだぼだぼのスーツを着る事になった。

 

「あの…………。僕はいつまでイジメられるのかな?」

 ラトゥーラは顔を引き攣らせる。

「あー…………。やっぱお前、足手まといだわ。そんなスーツの着方している奴いたら、目立つに決まってるわ」」

 ヴァシーレは頭を抱えていた。


 仕方なくラトゥーラの服を刃物を使って仕立て直していく。

 ラトゥーラは微妙そうな顔をしていた。

 明らかにスーツの袖とズボンの裾の部分がズタズタだ。

「まだ、少しだぼだぼだけど、なんとか動けるよね?」

「まあ動けるならいいさ……」

 しかし、どうしても不格好だった。


「まあいい。怪しまれたら俺が何とか言いくるめる。最上階にケイトがいる。エレベーターのパスコードなんかは調べている。ケイトぶっ殺す時だけは本当に役に立てよ」


「………………」

 ラトゥーラは黙っていた。

 此処まで付いてきているというのは、ヴァシーレの言動にかなりの不服があれど、ケイトを始末する事には賛成みたいだった。ただ、ラトゥーラには強い迷いがある。


「…………ったく、分かったよ。後からお前の文句はもっとちゃんと聞いてやる。…………さてと、人に会わないようにしないとな」


 ヴァシーレはエレベーターのパスコードを押していく。

 そして二人でエレベーターの中に入ると、最上階へと向かった。


 ……何か変だ。

 ヴァシーレの見立てでは、護衛の能力者が何名かいてもおかしくない。……少なくとも銃火器を持った警備員くらいいる筈だ。


 ケイト…………。


「自身の力に絶対的な過信があるのか…………?」

 六大利権で一番、謎めいた男だった。

 各国の政府官僚とも繋がりがあり、そもそもケイトが裏側から支配している国家まであるとまで聞いている。その男と眼の前で対峙する事になる。


 ……やっぱ。何とかグリーン・ドレスかウォーター・ハウス。メテオラ辺りを説得して連れてくるべきだったか? ……いや、今頃、連中はコルトラやブエノスと戦っている頃か?

 ヴァシーレの野望には誰も賛同しないだろう。

 彼らには動くメリットが何も無い。

 レスターでさえ今の状況で動くのは咎めてきている程だ。


 だがヴァシーレは行動した。

 後に引くつもりは無い。


 エレベーターのドアが開いた。


 夜景を見ているケイトの後ろ姿があった。

 ヴァシーレは軽やかにナイフを投擲する。

 ケイトの首の頸椎部分を貫通する予定だった。


 ナイフがケイトに命中する前に弾き飛ばされる。

 透明な何かに弾かれた、か…………?

 バリアのようなものか?

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