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第五十七夜 白亜の神殿。

 ローシャイゼ。

 その歌声は聴く者の心を惑わせ、いつしか自由を奪い、彼女の操り人形と化す。


 ラグドラ。

 彼のカメラに映された者は、その映像の中に閉じ込められる。


 二人はブエノスという主人を守る、最強の防壁だった。


 ローシャとラグドラ。

 二人の頭部は、白亜の神殿内に侵入してきた一人の暗殺者の手によって、一瞬にして力を使う間もなく首と胴が切り離されていた。


 優雅に余裕な表情で、アルコールを口にしていた帽子屋の顔が崩れる。


 神殿内には殺人ウイルスが解き放たれていた。

 

「私を、殺して、何になる…………っ!」

 ブエノスが侵入者二人に対して叫ぶ。


「はっきり言って何にもならないと思っています。この世界が続く限り、人間の営みが続く限り。汚れた利権を手に入れようとする者は後を絶たないでしょうね」

 レスターは冷たく言い放った。


「俺達は腹立つから、お前を殺しに来たってだけだ」

 ウイルスによって崩れ行くブエノスを蔑みながら暴君は言う。


 ブエノスの能力『ヘカトンケイル』。

 それは光を屈折させ、巨大な幻を生み出す能力だった。

 だが、それは無造作に殺人ウイルスをバラまくウォーター・ハウスの能力『エリクサー』とは相性が極めて最悪だった。


「くくっ。まだ私達にはケイトが残っている。彼は…………」

 ブエノスの全身は縦に一刀両断される。

「知ってます」

 レスターはあからさまに溜め息を放つ。


「ケイトは……あらゆる国の首相を従えている。国会に進出する闇のフィクサー。そして彼の能力である『アイギス』は全てを反射し、私の攻撃が届かない」

「…………。俺のもか?」

「おそらくは…………」


 ブエノスはウイルスに喰われて散っていった。

 ウォーター・ハウスは眉を顰める。


「影武者だな。この男は…………」

 暴君も露骨に溜め息を吐く。

「あるいは完全に逃げられましたね、奴に」

 レスターも溜め息を付いた。


 また後手に回る事になった。

 出来れば、今度はこちらから攻め入りたいのだが……。


†


「ムルド・ヴァンスの負の遺産は全て解体しろ」


「いいんですか? 沢山の利権を生む」


「いいんだよ。人を殺す道具を流通させて誰かが金儲けなんてしちゃいけねぇし、どっかの国が潤ってもいけねぇよ。それから」


「それから?」


「残月の残した、ドラッグの負の遺産も全部、廃棄処分だ。ブエノスが全部、回収した奴」


「ふふっ。世界からほんの少しの時間だけでも、人を殺す銃火器と、人を堕とす麻薬の量を減らすと」


「ああ。そういう事だ」


「はは。実に貴方らしい」


「ああ。そうだな。『ヘルツォーク』と『ハイドラ』の資金は恵まれない国の奴らに使ってやれ。レスター、お前がやるんだ。俺はその辺りの事務処理は分からねぇから。配分の仕方とか、国の復興の仕方とか、貧困国の支援の仕方だとかな」


「ははっ。馬鹿なテロリストさんですね」


 臓器売買を行う『オルガン』もカジノ利権を生み出す『アルレッキーノ』も崩壊した。

 どちらも必要悪としてのさばっていたのかもしれない。


 ウォーター・ハウスは銃火器を売る『ヘルツォーク』と麻薬を広める『ハイドラ』の二つの解体により焦点を絞った。……どうせ銃火器も麻薬も別の何処かの組織が、あるいは別の何処かの個人が世界の今も何処かで生み出そうとしている。だが……。

 それでも、ウォーター・ハウスは願ってやまないのだ。

 少しの時間だけでも、ただ一部だけでも苦しむ者達を減らせたら、と…………。

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