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第五十二夜 『ハイドラ』の崩落。夕日が落ちた日。 1


 飛行機でこの国に訪れた後、電車を幾つも乗り継ぐ事になった。

 電車の外に見える風景は所々が銃弾と爆撃に晒されて、廃墟と化している。

 戦争地域なのだな、というのが実感として理解出来る。


「さて。奴はどう出るか」

 ウォーター・ハウスは時間潰しに書物を読んでいた。

 シェイクスピアのまだ読んでいない物語。

 四大悲劇は読んだ。

 自分達の生きている世界は悲劇なのか喜劇なのか。


 しばらく本を読んでいると、レスターから電話が掛かってきたのでスマホを取る。

 …………………。


<貴方が壊したいのは、この世界の理不尽。資本主義そのものなのでしょう?>

 レスターは呆れたように訊ねる。


「ああ。そうだ。だから裏側を握る奴を潰していけば、世の中は良くなると思っていた>


<無理ですよ。人間の営みが存続する限り、権力者の首がすげ代わるだけ。六大利権を倒しても、その裏で甘い汁を吸っている政治家達や大企業。……コルトラやブエノスを殺しても、ケイトを殺しても、終わりませんよ>

 レスターは冷たく言い放つ。


「だが。これは俺が介入した物語だ。だから付き合うさ。残月とは話し合った。今から、あの女を俺は殺しに行く。あの女もそれを望んでいる」


<本当に馬鹿みたいですね。悪の魔王を倒せば、世界が救われると思っている御伽噺の英雄みたいで>


「それは自分で分かってる。……もう切るぞ」


 ご健闘を。お大事に、と、レスターは嫌味っぽく言った。

 ウォーター・ハウスは、スマホで地図を見ていた。


 目的地となる場所は、周りがスラム街に囲まれており、中心部はスラムの人間が近寄らない地雷が大量に設置されて廃墟と化しているポイントだ。


 隠れ家には都合が良いが、マフィアの大組織の総本部というには、いささか拍子抜けした。


 

 スラム街を抜け、目的地に辿り着く。

 

元々は普通の街並みだったのだろう。

学校や教会などもあった。


一見、穏やかな景色に見える。

余りにも日常生活に溶け込んでいる。


爆撃の痕跡は酷いが、森林が続いている。

 途中、道を歩いていると、余りにも分かりやすく踏むと爆発する地雷が大量に転がっていた。


「…………。此処に『ハイドラ』の総本部があるのか?」

ウォーター・ハウスは虚空に向かって語り掛ける。


「本当は、スラムの方に作っていたが。色々、ゴタゴタがあってこちらの方に移したらしいな」

 何処からともなく、声が聞こえた。


 建物の上から。一人の男が見下ろしていた。


 その男はサングラスにコートを翻していた。

 ウルフカットの金髪に、両耳に幾つものピアスをしていた。

 転がっている煙草を見るに、ずっとウォーター・ハウスが来るのを待っていたみたいだった。


「遅かったじゃねぇか」

 男は言う。


「電車が遅れた。それから昼食を取ってきた」

 ウォーター・ハウスは飄々と言う。


「本当に何処までも呑気な奴だな」

 男は新しい煙草に火を点ける。


「で。お前はなんだ?」

 ウォーター・ハウスは、何処かで見た顔だな、と思いながら想い出せるにいるみたいだった。サングラスの男は苛立つ。


「俺の名はアリット。ポロックの時。メリュジーヌのTV局で会っただろ!」


「知らん」

 ウォーター・ハウスは本当に想い出せなかった。


「そうか。俺は取るに足らない相手というわけか」

 アリットは懐から拳銃を取り出す。

 二丁拳銃。彼の両手から火を噴いた。

 ウォーター・ハウスは咄嗟にその辺りに転がっていた地雷を蹴り飛ばす。

 そのまま銃弾の弾を避ける。

 アリットの下に落ちた地雷が勢いよく爆発していた。

 

 ウォーター・ハウスは、走ってアリットのいる建物まで向かう。

 そのまま跳躍して、爆炎と煙の中、態勢を立て直そうとしているアリットの顔面に勢いよく蹴りを入れた。アリットは顔面を蹴り飛ばされながら、二丁拳銃をウォーターの顔面に向けようとするが、そのまま腕をつかまれる。


「はっきり言っていいか?」

 ウォーター・ハウスはアリットを組み伏した後、呆れたように言った。


「お前の動きはのろいよ。不意打ち専門のスナイパーか? まだヴァシーレの方が強かったぞ」

 ウォーター・ハウスは言いながら、かつて自分の奥の手を封じたヴァシーレとムルド・ヴァンスのコンビに想い出し怒りを浮かべる。


「お、おのれ…………」

「何か奥の手があるかもしれんからな……」

 ウォーター・ハウスは、アリットの両腕から拳銃を奪い投げ捨てる。


「面倒な能力を使われる前に、さっさと始末させて貰うぞ」

 そう言うと、ウォーター・ハウスは倒れているアリットの首を踏み付ける。そのまま頸椎をへし折って殺害するつもりだった。


「お、俺を殺すと。…………」

「……なんだ? 俺は残月に対する義侠心で来てやっているだけだが。『エリクサー』をお前程度に使うのはもったいない。このまま死ねよ」

 ぎりぎりぃ、と。アリットの喉は勢いよく音を立てていく。

 彼は吐血する。


「…………お、俺は案内人だっ! 案内、させろ…………」


「そうか」

 ふうっ、と溜め息を吐きながら、ウォーター・ハウスは脚をどけた。


「…………。はあ、……完敗だよ。お前、本当に強いんだな。さすが『暴君』の異名がある」


「…………。いやお前が弱過ぎる。おおかた狙撃などの不意打ちでしか誰かに勝てた事、無いだろ」

 ウォーター・ハウスは呆れた顔をしていた。


「…………。くうぅ……。もう、殺せ…………」

「本当に殺すぞ?」


 アリットは情けなく、悲鳴を上げた。



 アリットは拳銃を拾われ渡される。

 そして、素直に道案内をさせられた。


「…………畜生が。拷問されるより屈辱だぜ……」

 アリットは拳銃を懐に仕舞う。

「本当に生爪を一枚一枚剥がして、指の骨を折っていく拷問をしてやってもいいんだぞ」

 ウォーター・ハウスは、冷たく言った。


「畜生。俺はこれでもブエノス様の側近だぞ…………」

 

 背中を軽く蹴り飛ばされながら、アリットは廃墟の学校がある方角へと向かっていく。遊具などが散見される。おそらくは幼稚園も兼ねた小学校だ。


「あの学校の地下だよ。隠れ蓑として上等だろ」


「成程な」

 ウォーター・ハウスは少し考えていた。


 ブエノス…………。

 直接、会った事は無い。

 レスターから話を聞いている。TV局のスポンサー。別のビジネスにも手を染めている。レスターいわく六大利権の更に裏側にいるマフィア。

 そんな男がアリット程度の力量の人間を側近に添えるか?

 見た処、狙撃以外。戦闘以外の事務仕事や諜報活動など別のスキルに秀でている感じもしない。

 ……違和感。


 学校の門の前まで来る。


「アリット。お前、何者だ?」

 ウォーター・ハウスは素朴な疑問を訊ねた。


「だから言っただろ。俺はブエノス様の側近だ。あのお方には、いつも世話していただいているんだがな」

「残月との関係は?」

「俺はあの女を狙撃した。腹をぶち抜いてやったよ。残月は降伏して、大人しくブエノス様に『ハイドラ』が従う形になった。そういう流れだ。俺は残月の見張りを任されている」

「ほうぉ?」

 ウォーター・ハウスはおもむろに、アリットの喉の部分に触れる。


「おいっ! 何をしやがるっ!」

「傷を俺の能力で治してやる。アザが残ったら嫌だろう」

「軽傷だっ! ふざけるなっ!」

 ウォーター・ハウスはアリットの喉を鷲掴みにする。


 ……………。

 かつて残月と食事をした時、残月から手を握られた事がある。あれは、車内だったか……。軽く触れただけだ。


 …………。ウォーター・ハウスは傷を治癒する事によって他者のDNAまで読み解く事が出来る。もっとも色々と制限はあるのだが。


「残月の傷は」

「まだ完治してねえっすよ、っと」

「成程。俺が治そう」

「…………。余計なお世話なんだがな」

「だが、あの女は俺と戦いたがっているんだろ?」

「本当に舐めまくっているんだな」

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