第五十夜 港町のカフェ。
港町の海岸沿いにある開店したばかりのカフェだった。
河を流れるボートが多い場所だった。
この辺りは観光客が多い。
サクランボケーキのロゴが付いている。
『シリエージョ』という名前の店だ。
安く叩き売られていた物件を買って、取って付けたかのように改装したといった様子だった。
「で、この店では何を出してくれるのかな?」
ウォーター・ハウスは店の中へと入る。
店員は男女二人だった。
女の方が、ウォーター・ハウスを出迎える。
「まだ、コーヒーと紅茶くらいしかお出しできません。後、私がいる時なら、サンドイッチは作れます」
そう、シンディが言った。
「そうか。席は適当に座るぞ」
そう言うと、ウォーター・ハウスは一番奥の席に着く。
マスターは新聞で顔を隠していた。
横にはねている金髪の毛先が揺れる。
「なんだよ。訊ねてくるなら、そう言えよ」
「処でお前とちゃんと話したのは初めてだな。俺の女が世話になったそうで」
ウォーター・ハウスは、紅茶とシンディに言う。
「あーあ。結局、勝負は引き分けって事になったけどなー」
メテオラは新聞を置く。
「アルレッキーノが潰れた事が連日報道されているぞ。お前は生死不明で、幹部達が利権争いをしているらしい。お前の隠し財産も探しているんだと」
「ねぇーよ。って言いたい処だが、隠し財産使って、此処の物件を買った。汚れた金の使い道にしてはショボいだろうがな」
「で。お前は何しているんだ?」
「見ての通り、シンディを雇ってこの国で、喫茶店を開く事にした。最初は、年相応にコンビニやショッピングセンターでバイトしようと思ったんだが、なにせ顔がバレていて…………」
「並程度の殺し屋ならお前なら問題無いだろ」
「揉め事は避けてぇな。生まれて始めて平穏な暮らしがしてぇ。俺は元々、クソな両親から虐待されてストリートギャングになったからな」
メテオラは平然と悲惨な過去を言う。
「だが、お前の首を狙っている連中が多いみたいだ。ムルド・ヴァンスの隠し遺産を狙っている輩がいるってレスターが愚痴っていたからな」
ウォーター・ハウスは出されたコーヒーを口にする。
「ムルドの野郎がスーツ脱いでジャージ着て、市民の草野球のチームの監督をしたり、町内のゴミ拾いをしていた理由が今では良く分かるぜ。辞めた時が非常に辛い。一般人の人脈が無いってのはよおぉー」
「…………そんな庶民的な事をしていたのか、奴は」
ウォーター・ハウスは軽く鼻で笑う。
ジャージを着て町内のドブさらいをする、世界を牛耳るマフィアのボス。火の用心のパトロールなどもしていたのか?ウォーター・ハウスは口元を抑えて笑っていた。
「案外多いぜ。マフィアの大物で一般市民と溶け込もうとしている奴ら」
メテオラは大欠伸をする。
「ま。真逆に権威を振りかざして、市民と揉めている奴も多いけどなぁー。俺はどっちも面倒臭かった。しかし、まー、程よく落ち着けたって処だぜぇ」
そう言いながら、メテオラはサンドイッチの作り置きをしていた。まだ卵を上手く割る事が不得意みたいだった。
紅茶を飲んだ後、ウォーター・ハウスはシンディに金を払う。
「じゃあ、俺は先に戻っておくぞ。ああ、そうだ。メテオラ、お前に一応、言っておきたい事があるんだが」
「なんだよ?」
メテオラは慣れない手付きでティーカップを洗っていた。
「残月から俺に連絡が入った。お前ら仲良かっただろう? 一応、言っておこうと思ってな」
「…………。そうか、いや、それ以上は聞かねぇ。その方がお互いにとっていい。俺は悪の組織のボスを降りたし、あいつはまだトップに君臨してる。それに仲良いたって、そこまでって程じゃなかったかもしれねぇーし」
「そうか。悪かったな」
「いや。ありがとう」
「じゃあ、そろそろ、俺は行く。家に戻り、支度を整える」
「なあ、ウォーター・ハウス」
メテオラは少し曇った顔で言う。
「なんだ?」
「やっぱ。俺、残月と会いたいわ。また話したいな。今、マフィアのボス辞めて、カフェやっている、って。だから、此処に遊びに来て欲しいなって」
元道化師は、少し思い詰めた顔をしていた。
「そうか。伝えておくよ」
ウォーター・ハウスは淡々と答えた。
ウォーター・ハウスが店を出ると、シンディがありがとう御座いました、またお越しください、と声をかけた。
†
ラトゥーラは喫茶店で買った紅茶味のするクッキーを袋に抱えて、家へと続く道のりを歩いていた。
辺りには、公園があり、何よりも綺麗な海が見える。
鳥が浜辺を舞うように飛んでいた。
姉のシンディの方は、元マフィアの大ボスであるメテオラと一緒に喫茶店をやっている。
自分の姉ながら、よくやると思う。
もう身体を売って稼ぎたくないと、姉は言っていた。
少し最近は穏やかな人生を送り始めているので、ラトゥーラは平穏を楽しもうと思っていた。グリーン・ドレスとウォーター・ハウスの二人は自分達の家の居候みたいになっているが、そのうち出ていくのだろうか。
この前は家賃、光熱費を貰った。
何気にあの二人は義理堅い。
マフィアに両親を殺されてから、姉弟でずっと生計を立てていた。
孤独だったと言えば嘘になる。
だから……、もう少し、あの二人には一緒にいて欲しいとも思うのだが……。
ラトゥーラは家の玄関まで付くと、ドアノブを回した。
グリーン・ドレスは出掛けているのか、ウォーター・ハウスが一人、家にいた。
ウォーター・ハウスは何やら物思いに耽っているみたいだった。
そう言えば、先日、レスターとも会ってきたと言っていた。
コミッションは瓦解、かつての六大利権のボス達は散り散りになっている。
レスターと会ってきて以来、暴君は以前にも増して、何か物思いに耽る表情が多くなっていた。
……諦観。
空虚さ…………。
ラトゥーラに読み取れば心情は、それだけだった。
もしかすると、今はみな、休む時なのかもしれない。
仲間達も、敵だった者達も、みな……。
だが、今、敵対している者達は裏側で何を進めているのだろうか?
ラトゥーラの頭では、まるで把握出来ない事ばかりだった。
「先ほど、ポストの中を見たら。残月から俺に手紙が届いた」
ウォーター・ハウスは揺り椅子に座りながら、窓辺を見ていた。
「場所はMDの東の国。『レーシー』という国にある。ちょうど大国『ジェド・マロース』と戦争をしている国だ。地理的に紛争地帯を通る事になる。残月の居城はそのような場所にあるらしい。事細かな地図が手紙には同封されていたよ」
「……僕も向かいましょうか……?」
ラトゥーラは訊ねる。
「いや。出来れば、俺一人で来て欲しいとの事だ。もっとも強制はしないと手紙には書かれていたが」
ウォーター・ハウスは立ち上がる。
「というわけで、俺は一人で残月に会いに行ってくる」
そう言うと、ふらりとウォーター・ハウスは荷物を持って外に出ていった。
「あの、僕は足手まといでしょうか……?」
ラトゥーラはおそるおそる訊ねる。
「まあ。そうだな。お前達の復讐はとっくに終わったし、この辺りのマフィア達も潰した。また何か入り込んできたらメテオラが手を回すと言っている。俺がいなくても問題無いだろ」
そしてウォーター・ハウスはドアノブに手をやると付け加える。
「というかラトゥーラ。多分、お前が付いてきたら……死ぬぞ……」
ウォーター・ハウスは真顔になっていた。
ラトゥーラは少しこわばる。
「もし残月と戦う事になった場合。相当、やっかいな事になるだろうな…………」
ウォーター・ハウスは穏やかな表情を崩し、以前のような険しい顔になった。
マフィアからの賞金首として空路を撃墜されるおそれが無くなった為に、今回は飛行機で向かう。航空チケットは既に買ってある。
『レーシー』は今、戦争中の国だ。
付近で降りて、地図に記載されている場所までは列車などを使って向かわなければならないのだが……。




