第四十一夜 魔窟への突入。 2
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通路の途中だった。
十字路になっている場所があった。
二人の人物がレスター、ウォーター・ハウス、グリーン・ドレスの三名を迎え撃っていた。
コートにサングラスの男と、水色のドレスを纏った女だ。
レスターは立ち止まる。
「そこをどきなさい」
二人は微動だにしない。
「お前達の名はなんだ? 名乗っておけ。覚えておいてやる」
ウォーター・ハウスは淡々と言う。
「アリット。『ネメアのライオン』って呼ばれてるんすよねー」
サングラスの男は答える。
「私はグレーゼ。『セイレーン』と呼ばれてる」
青いドレスの女が答えた。
グリーン・ドレスは左腕から、火球を生み出していく。
「私達を阻むっつーんならよおぉ。今すぐ、焼き殺してやる。なあぁ、おい? 青白い顔のおっさんに、幽霊みてーな女よおぉ」
「グリーン・ドレス…………」
レスターは少しだけ、動揺しているみたいだった。
「何処で集めてきた? コミッションのメンバー並の実力がある。一人なら、始末出来ますが…………」
青いドレスの女……、グレーゼは壁に指先を這わせている。明らかに何らかの能力を放っている。レスターは瞬時に、この女が何をしているのか理解したみたいだった。
「貴方の使う超能力は“音”ですね。試してみるのもいいかもしれない。私の刃と、貴方の攻撃、どちらが先に相手を始末する事が出来るのか」
指摘されて、グレーゼは明らかに顔色を変えていた。
唇を引き攣らせて、レスターに対する敵意を露わにする。
「……退くよ。俺達ではあんたらには勝てねぇー」
サングラスの男、アリットはそう返した。何処か飄々としている男だった。
「アリット、私達は敵を全滅させろと指令を受けている」
グレーゼはなおも、指先で壁に何らかの攻撃を送ろうとしていた。
だが、アリットがそれを諫める。
「レスターに暴君に炎の天使。分が悪すぎるんっすよね。特にレスター。俺達を買っている言い草っすが。一分の隙も見せていない。『フラガラック』で斬られる前に、さっさと退散してぇ」
「…………、そうか。私は納得いかないけど…………」
「メテオラやヴァシーレくれぇなら、倒せるんっすけどねぇー。グレーゼ、能力を使ったら、まずアンタの腕が落ちる。次は首だ。レスターはそういう眼をしている」
そう言って、アリットはお手上げ、といったポーズを取る。
「退いてくださいますか」
レスターは静かに、だが、確かに威圧的な声音で訊ねた。
「ああ。あんたらには勝てねぇー。五体満足のうちに、俺達は逃げるとしますよー。あ、追わないでくださいよねぇー」
そう言うと、アリットは十字路の右側の通路の奥へと隠れていく。
それに合わせてグレーゼも十字路の左側の通路の奥へと隠れていった。
レスターは十秒の間、沈黙していた。
「首を落とす事は出来ましたが。ウォーター・ハウス、グリーン・ドレス。貴方達、どちらかのうち、一人は死んでいた」
「そうだな」
ウォーター・ハウスはあっさりと肯定する。
「なんだよ、私達は貴方の足手纏いかよ」
レスターとウォーター・ハウスはしばらく沈黙していた。
「行きますよ。この先に敵が……、ポロックがいる筈。おそらくは、とてつもなく強力な力を身に着けて、我々は決して戦力を削がれてはならない」
そう言うと、レスターは前方へと走っていった。
ウォーターとドレスは彼の後に続く。
「今の奴ら、そんな実力者かよ?」
ドレスは苦言を呈した。
「間違いないな。明らかに、俺達がこれまで戦っていた殺し屋連中、マフィアの連中共とは違う。明らかな実力者だ。命拾いしたかもな」
ウォーター・ハウスは大きく溜め息を吐いた。
「行きますよ。この先にポロックがいる。貴方達には役に立って貰う」
「はいはい、っと。ああ、付き合うぜ。テメェらの茶番劇に最後までな」
正面の扉の向こうには、明らかに気配があった。
何か、とてつもなく邪悪なものが蠢いている気配だ。
†
最初に見えたのは、大量のスクリーンだった。
そこには、メリュジーヌの街前方の光景が映っている。あらゆる処に設置された監視カメラなどを通して、映し出されているのだろう。スクリーンの一枚にはラトゥーラ達の姿まで映っている。メテオラの姿も映し出されており、どうやら、何か強大な敵と交戦中らしかった。TV局内部での籠城。確かに此処は都合が良い場所だ。
中央には、巨大な樹木のような腕が伸びている。
その先には、ムルド・ヴァンスが壁に磔刑のように磔にされていた。
巨大な腕を操っているのは、他でも無い、オルガンのポロックだった。
ウォーター・ハウスは、彼女の事を写真でしか見た事が無い。
これが初対面、という事になるだろうか。
「来るのを待っていたよぉー。ひゃはははっはっははっ!」
ポロックは不敵な笑みを三人に向けて浮かべる。
ムルド・ヴァンスは瀕死の状態だった。今にも、死にそうな顔をしている。彼の左腕は千切れ飛んで、地面に転がっていた。
「ムルドが死んだら、俺の腹はどうなる?」
ウォーター・ハウスが真っ先に口にした言葉は、自らの肉体の事だった。……ムルド・ヴァンスはそもそも、彼にとっていつかケリを付けなければならない敵だ。
「こいつが死んだら、ウォーター・ハウス、テメェの下へ戻るんじゃねぇえか? だが、それはさせない。あたしがこいつを吸収するからな。ってえぇ事はだな、ウォーター・ハウス、テメェの殺人ウイルスを生み出せる腹もあたしが吸収出来るって事だなっ!」
ムルドの代わりに、ポロックが答える。
ポロックはゲラゲラ、ゲラゲラ、ゲラゲラと笑っていた。
次の瞬間だった。
グリーン・ドレスの投げ放った火球によって、ポロックが火達磨になる。
ポロックの全身が燃え、皮膚が爛れ、肉がどろどろに崩れていく。
レスターの一呼吸によって、ムルド・ヴァンスを壁に固定していた腕が一刀両断に切り伏せられていた。
ウォーター・ハウスは瀕死のムルド・ヴァンスの下へと近寄る。
「俺の腹を返して貰う。お前の息があるうちにだ」
ムルド・ヴァンスは口から血反吐を吐き散らして、少しずつ喋り出す。
「返す……。だが、俺の頼みを聞いてくれないか? …………、ポロックを、オルガンを潰して欲しい。このメリュジーヌの街は俺の故郷だ。……俺の友人達も多く住んでいる。俺は此処を守らなければならないものだと思っている…………。カタギの人間が大量に……、死んだ……、俺達、……マフィアの世界に関わってはいけない連中……だ」
そう言うと、ムルド・ヴァンスは右腕を翳す。
靄のようなものが出る。
ウォーター・ハウスは自身の腹を確かめた。
確かに、空洞の黒い孔のようになっていた腹が塞がっていた。殺人ウイルスを放つ事が出来る口も生み出す事が出来る。
「頼む…………、ポロックを殺してくれ。奴の力を侮っていた。強く、おぞましい…………、ああ、クソが…………」
「喋るな、今、治療する」
ウォーター・ハウスは自身の能力『エリクサー』を使い、ムルド・ヴァンスの傷口を塞ごうとするが。
突然の轟音が鳴り響き、ウォーター・ハウスの背後では煌めく大きな光が輝き、音が幾重にも鳴り響いていた。瞬時、天井が崩れ、大量の瓦礫がムルド・ヴァンスとウォーター・ハウスの下へと降り注がれていく。ぐしゃり、と、ムルドの頭部は瓦礫に押し潰されていた。
「おい。レスター、何をやっている? 貴様の仕える主人なんじゃあないのか? 何、見殺しにしている? グリーン・ドレスもだ。極めて不快で屈辱的だ。貴様ら何をやっている?」
ウォーター・ハウスは振り返る。
すると。
レスターの全身は、猛吹雪によって、攻撃の動きを止められていた。
グリーン・ドレスの方は、何をされたのか、全身にダメージを受けて転がっている。
ポロックの姿は無く、後には、辺り一面に燃えカスばかりが残っていた。
レスターが自身の身体に纏わり付いている冷気を振り払い、ムルドの下へと向かう。
そして、斬撃によって、瓦礫を切り払っていく。
「ウォーター・ハウスッ! 治療出来ますか?」
「そいつを助ける義理が無い」
暴君は口ではそう言うが、ムルド・ヴァンスの下へと近寄っていく。
頭蓋骨が割れ、脳漿が撒き散っている。
ウォーター・ハウスは傷口に触れて、大きく溜め息を吐いた。
「勝ち逃げされた気分だ。クソ…………、ムルド・ヴァンス…………。この野郎が……」
「私の責任です。ポロックから一撃、喰らわなければ、貴方はグリーン・ドレスの方をっ!」
言われて、ウォーター・ハウスはグリーン・ドレスの方へと走る。
彼女の全身は、何か火傷痕のようなもので攻撃されているみたいだった。
グリーン・ドレスは炎を吸収する。銃弾も、爆薬もだ。
ならば、別の何かの攻撃か……。
稲光…………。
稲光で攻撃されたのか?
「レスター。お前は何をされた?」
暴君はグリーン・ドレスの傷を治療しながら、もはや亡骸となった自身の主を担ぐレスターに訊ねる。
「突然の事でした。全身、炎に包まれたポロックが弾け飛んだ。そして、私とグリーン・ドレスは攻撃を喰らった。このダメージは、同時に複数の攻撃からなるもの」
レスターは奇妙な攻撃を受けた事を述べていた。
「瞬間凍結と雷撃、それから大旋風による天井の破壊。それらを同時に行っていたぜ。ウォーター・ハウス、あの腹の腐ったクソガキは上階に逃げていった。私達で叩き潰すぞ」
グリーン・ドレスは立ち上がりながら、怒りを露わにしていく。
「上階だな。おそらく、此処から先は屋上。奴は屋上で俺達を始末する事を選んだのか」
ウォーター・ハウスは、腹の部位を擦りながら、確かに自身の能力が戻った事に満足しているみたいだった。
「レスター。お前も来るか?」
「いえ、私はムルドを丁寧に埋葬する為に、彼の遺体を運ぼうかと。それに、おそらく、ポロックとの戦いで、私は役に立ちそうもない」
「そうか、あのクソガキは、俺とドレスで始末する。イケ好かねえからな」
そう言うと、ウォーター・ハウスはグリーン・ドレスを連れて、屋上へと走り出す。
レスターは一人呟いていた。
「ムルド・ヴァンス。私と、この街の為によくやってくれました。貴方がいなければ、これまでのマフィア達の抗争の中で、一般市民の犠牲者が遥かに多く出た事でしょう。貴方は市民からも慕われていた。極めて人格者だったと言っていい……。貴方は手厚く葬らせて貰う」
そう言うと、レスターは顔を押さえる。
彼の両の瞳からは、血潮のような滴が幾度も幾度も流れ落ちていくのだった。




