第四十二夜 ポロックとの最終決戦。
屋上へと続く階段にて、その姿を確認する事が出来た。
ガローム・ボイスだった。
気象を操作し、天候を操り、吹雪や、稲妻、台風などを生み出す事の出来る能力者。確かにヴァシーレによって始末された筈だ。……アンデッドか何かなのだろうか。死体は何者かによって、操作されているのだろう。
ウォーター・ハウスは、ガローム・ボイスの処へと近付く。
明らかに死人の肌をしていた。
……ただ、間違いなく、彼は重要な何かに利用されるべく、死体を回収されたのだ。そして、重要な何かの為に、動かされ続けているのだ。
何か巨大な腕のようなものが、ガローム・ボイスを鷲掴みにする。
ウォーター・ハウスとグリーン・ドレスの二人は屋上に出る事になった。
強風が、屋上に吹き荒れていた。
小さな竜巻の中心部にでもいるような感覚だった。
此処からは、メリュジーヌの街一帯を見渡す事が出来た。
無傷のポロックが、屋上のコンクリートの上に佇んでいた。
「ひひゃはは、お疲れ様って処ねぇ。待っていたよ。ひひゃははっ」
ポロックは不敵に二人の様子を見ていた。
「レスターはムルドを連れて帰ったが、別の目的もあるだろうな」
暴君は淡々と告げる。
「聞いていいか?」
「へひひひっ、何かい?」
「ポロック。貴様は、捨て駒なんじゃあないのか? 更に裏にいる何者かにとってのな」
そう言われて、ポロックはしばし沈黙する。
彼女の顔から、これまでの他者を嘲弄し続けるような笑みが消えていた。
「確かにね。あたしゃー、捨て駒だな。あたしの上に、いや、コミッションの連中を裏で牛耳っていた奴らにとっての捨て駒だ。だが、あたしはあんたらに勝利して、もっと権力を手にするつもりでいる。その為に、あたしはコミッションの他の連中を裏切った。コミッションの他の連中の情報を売った。ムルド・ヴァンスは死んだじぇねぇか、オイ。残月もあたしの仲間が行動不能にしたんだ。上手くいけば、メテオラの首も取れるかもなあぁ。暴君、テメェらは、本当に余計な異分子だ。テメェらさえ、あたしを邪魔しなければ、レスターも始末出来たかもしれねぇ。本当の本当にテメェらがいる事は、あたしのハラワタが煮えくり返っているんだ。ええっ?」
そう言うと、ポロックの生み出した巨大な腕は、ガローム・ボイスの肉体を飲み込んでいく。
「あたしは臓器売買組織『オルガン』のボス、ポロック。そして“ハートレス・アンデッド”と言う異名を持つ女だ。ははははあっははっ! ウォーター・ハウス、グリーン・ドレス。あたしのこのあたしの能力『ディープ・シー・フィッシュ』でテメェらを始末してやるよ」
グリーン・ドレスは炎の剣を生み出していた。
ウォーター・ハウスもいつでも、仕掛けられるように臨戦態勢を取っている。
「ウォーター・ハウスッ! この下卑たクソババアを燃やすか? 斬るか!?」
グリーン・ドレスは訊ねる。
「いや、こいつの能力の概要が分かった。こいつは…………」
「おっと。あたし自らが説明してやるよ。テメェらの口から言われるのは不愉快だからな」
ポロックは暴君の言葉を制する。
「あたしの『ディープ・シー・フィッシュ』は人体だろうが、動物だろうが、植物だろうが、機械だろうが、それらを融合して一つの生き物に変える事が出来る。もっとも、それは本当に生きているのか。アンデッドと呼ばれる化け物になっているのかは分からねぇーけどな。炎だって、雷だって、水だって混ぜられるぜ、人間の人体とな。これまで、テメェらに送ってきた刺客共は、全部、あたしの能力で生み出したものだ」
「悪趣味極まりないな」
ウォーター・ハウスは鼻を鳴らす。
「そして、あたしはふと、思い至ったんだ。色々なものを混ぜて、融合させて新たな別の生命体に作り替える事が出来るのだとすれば。超能力者の“超能力そのもの”と混ぜる事は、融合させる事は出来ないのだろうか、と」
ポロックの顔は、何処か静謐で、悪意や下卑た表情の中に、何処か覚悟のようなものを感じ取った。
「お前はまさか……」
ウォーター・ハウスは、眼の前の女のこれまでの思考からは、まるで想像も付かないであろう行動を取ろうとしている事に気が付く。
風が吹き抜けていく。
辺り一面は少しずつ、嵐へと変わっていく。
「あたしだって、マフィアだ。殺す事、奪う事、そしていつだって死ぬ覚悟が出来ている。自分がどうなっても構わない。あたしは捨て駒で構わない。あたしにだって、マフィアの矜持がある。誇りがある。生き恥を晒して、権力のある連中に媚びて生き延びようなんて大層な事はしねぇ。ウォーター・ハウス、グリーン・ドレス。そして、下の階にいやがる、レスターも、メテオラも、それから、ビルの外で待機しているヴァシーレ、ラトゥーラ、シンディのクソガキ共。全員、地獄を見せて、臓物を四散させてやるよっ!」
叫び続けるポロックの顔は、もはや笑ってはいなかった。
ポロックの肉体が粒子状に溶けていく。
既に、何かを行っていたのだろう。
先ほど、グリーン・ドレスの攻撃を受けて、まともにダメージを受ける事が無かった。
ウォーター・ハウスは即座に、ポロックが何を行ったのかを理解する。
……ガローム・ボイスの気象操作の能力と、自身の肉体を融合させやがったのか。
ならば。
この辺り一帯全てが、ポロックそのものだ。
ポロックは、今や、竜巻であり、稲光であり、霧であり、雲であり、雹であり、雨であり、猛吹雪であった。
大竜巻がビル全体を倒壊させようとする。
グリーン・ドレスは背中から、炎の翼を出して、どうにか反撃を試みようとする。
「どうする? ウォーター・ハウス?」
「お前では無理だ。あの女は、天候そのものと同化した。この辺り一帯を熱により蒸発させようが、凍結させようが倒す事は不可能だろうな。メテオラの空間解体も、レスターの一撃必殺の斬撃も効かないだろう。奴は俺達を殲滅する為に、考え抜いていたんだろうぜ
」
「つまる処、無敵ってわけか」
「当然、ムルド・ヴァンスの鳥篭も無理だった。奴の鳥篭はせいぜい、人間大の物体一つを封じる事しか出来ないと聞く。奴は俺達にチェックメイトを仕掛けてきたってわけだ。自らの人としての人生そのものを捨ててな」
巨大なカマイタチがウォーター・ハウスを襲う。
ウォーター・ハウスの全身が切り刻まれていく。
右腕は千切れ掛け、左眼は失明していた。
次の攻撃は、グリーン・ドレスへと襲い掛かった。彼女の全身がみるみるうちに、猛吹雪によって、ドレスの全身が少しずつ凍り付いていく。
「畜生が……皮膚が、壊死しやがる…………」
ドレスは必死で、熱を生成する。
だが、明らかに彼女の消耗を狙っている攻撃だ。
「時間稼ぎを、してくれないか?」
ウォーター・ハウスは潰された左目に右手を当て、左目を再生させる。
「出来れば、メテオラ辺りに加勢して欲しい。空間の断絶による防御が、欲しい……。俺の奥の手なら、あるいは…………」
「分かった。メテオラはビルの二階だったな?」
グリーン・ドレスはそう言うと、背中の炎の翼から、大量の『バルカン・レイン』による炎の流星を飛ばしていく。それらは、的確にビルの二階、三階の壁を破壊していく。更に、グリーン・ドレスは巨大な一つ目のサーチ・アイを生み出して、それを二階にいるであろう、メテオラへと狼煙のように向けた。……気付いて、こちらに応援に来てくれればいいのだが。
ウォーター・ハウスは再び、竜巻によって全身を刻まれていく。
「……畜生が……。これでは、俺が反撃出来ない。クソ……」
ウォーター・ハウスは両腕の辺りをズタズタに切り刻まれていた。肉が裂け、骨が露出している。
「私が攻撃を防ごうか?」
グリーン・ドレスは訊ねる。
「いや…………。その心配は無さそうだ」
ビル全体が、振動し、所々が破壊されていく。
一人の人間が空高く宙に浮かんでいた。
道化師の恰好をした男。メテオラだった。
「おい。赤い天使、この俺に合図を送っただろ? 敵から逃げてきたぜ」
メテオラの全身は負傷していた。
相当、苦戦を強いられたのだろう。彼の全身はボロボロで、酷く骨折している箇所も見受けられた。
「戦っていた敵が此方に向かってくるのは、どれくらいの時間だ?」
「一、二分って処か?」
「そうか。頼みがある。俺とグリーン・ドレスを守ってくれないか? ポロックが天候と一体化した。俺には奥の手がある。メテオラ、お前にしか出来ない。お前の空間操作ならば、ポロックの攻撃を防げる」
「そいつはいいけどよ。下で俺が戦っていた奴、どうすればいい……?」
三名の背後から、盛大な音がした。
まるで、コンクリートを砂粒のように分解したかのように、地面には大きな孔が開いていた。メテオラがいた二階から、此処まで登ってきたのだろう。つまり、天井を能力によってくり貫いて、此処まで上がってきたという事になる。
そいつは、牛の仮面を頭に被せていた。
手には、巨大な戦斧を持っている。
「グリーン・ドレス。メテオラと戦闘していた奴の相手をしてやれっ!」
「承知したぜ。何か知らないが、燃えカスの骸骨にしてやるよ。炭化したドクロになっ!」
グリーン・ドレスは全身に炎を纏う。
「気を付けろよ、炎の天使。奴の能力は振動だ。奴が触れたものを粉粒に分解しやがる」
グリーン・ドレスは、メテオラの掌を大きく弾く。
「大丈夫だ。私に任せろ、道化野郎。あの牛頭、焼いてやるよ」
メテオラは言われて、自身とウォーター・ハウスの周辺の空間を『黒い森のさくらんぼ酒ケーキ』によって、断絶させていく。放たれた風の刃が、断絶した筈の空間をすり抜けて、中に浸透し、メテオラの頬をかすめた。
「空間には亀裂があるんだぜぇ、ウォーター・ハウス。その亀裂、隙間から、攻撃が浸透してきてやがる。俺の防御は完璧じゃないぜ」
「大丈夫だ。問題無い。時間稼ぎがしたい。時間が稼げれば充分だ」
ウォーター・ハウスはズボンの中から、何かを取り出して、メテオラへと放り投げる。それはキャラメルの箱だった。そこら辺のカフェで数百円で売っているような。
「なんだあ? これはあぁ?」
「食え。さっさと口にしろ」
言われて、メテオラはキャラメルを口に入れる。チョコレートのように溶けて、それなりに美味だ。
続いて、ウォーター・ハウスは、グリーン・ドレスに向けても、キャラメルの箱を放り投げた。グリーン・ドレスは何かを理解すると、すぐにそれを口の中に放り込んだ。
ウォーター・ハウスは引き千切るように、自らの腹の辺りのTシャツを破く。
巨大な牙のある口が開いていた。
「メテオラ。“血清”は食ったか? 箱にあるもの、全部、口にした方がいいぞ」
二人の背後では、グリーン・ドレスと牛頭の男、ヴァンベルドが猛攻を繰り広げていた。炎の弾丸が飛び交い、衝撃波が地面を揺さぶる。
ヴァンベルドは、何かに気付いたみたいだった。
彼はグリーン・ドレスの攻撃を牽制しながら、即座に、ビルの頂上から落下していく。
「逃すかよっ!」
グリーン・ドレスは、炎の翼を広げて、落下していくヴァンベルドを追撃した。だが、ドレスの全身は、大竜巻と稲光に巻き込まれていく。
既に、ウォーター・ハウスの攻撃は完了していたみたいだった。
彼の腹の口から、大量の殺人ウイルスが撒き散らされていく。
天空全体から哄笑が鳴り響いていた。
「このポロック様をウイルスで死滅させようってかあぁ? だが、無駄だよ、無駄なんだよおおぉおおおおおぉ! もはや、あたしは生体では無い。気体と化した。テメェの最後の策なんざ、全部、無駄だったなああああああああああああああああああああっ!」
「そいつはどうかな?」
ウォーター・ハウスは自身の首の辺りに腕を伸ばす。
びきびきびきびき、と、ウォーター・ハウスの脊髄の辺りは脈打っていた。
「お前は俺の能力の全貌を理解していない。俺がまだ他にからめ手を持っている事を想像しなかったのか? ムルド・ヴァンスに殺人ウイルスを生み出す腹を封じられている。俺の能力の全貌を研究する事は不可能だったんだろうな」
「はああああああああああああああああっ! 何を寝言を言っているんだよっ! さっさと、あたしの攻撃でバラバラになって、四散してしまえっ! あたしゃあ、そこのアホ道化師の攻撃で辺り一帯をバラバラにされようが、無傷なんだよっ! 悪足掻きなんざ、無駄なんだっ! さっさと、死体を晒しやがれっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
天空全体から、ポロックの怒声が響き渡っていく。
ウォーター・ハウスの顔は、涼しげだった。
「そう言えば、レスターがいたな。まだ、上階の辺りをウロウロしていたのならば、巻き添えで死ぬだろうな。だが、俺は奴の事はどうでもいい。さて、ハートレス・アンデッド」
空全体に一つの巨大な顔が生まれていく。
それは霜や雲、霧などで生み出された、かつて人間だった頃の、ポロックの顔だった。
「なんだあああああああああっ! 言ってみやがれ、タンカスがあああっ! 大小便やゲロをブチ撒けて死にやがれ、あああああああああああああああああああっ!」
ポロックの叫びは、雷光と化していた。
天空中が放電している。
「俺の殺人ウイルスの先には、次があるんだ。腹を解放すれば、殺人ウイルスを生む。その後にだな。“脊髄の解放”と呼んでいる。こいつはだな。有機物、タンパク質の類だけではなく、無機物、つまり、コンクリートや大気なども“ウイルスに感染させる事”が出来る。奥の手だがな」
ポロックは何をされたのか分からなかった。
ただ、彼女はTV局全体のビルの上層部がさらさらと崩れ去っていく事を眼の辺りにしていた。鉄にコンクリート、それらは無機物だ。それに感染するウイルス。無機物を食い破るウイルス。
雲が、霜が霧散していく。
雷光が、消え去っていく。
風が、竜巻が、消滅していく。
「な、なああああああああああああああっ、なんなの? ああああああああああっ? ふざけんなあああああああああああああっ! このあたしに、何が、ふざけやがっ、何があって!」
グリーン・ドレスの空に放った『カラミティ・ボム』の連発によって、空全体が燃えていた。更に、メテオラのウォーター・ハウスの意図を理解して、ポロックであろう空の一部を自身の能力によって、空間に閉じ込めていく。
「ポロック。お前は何処まで不死身なんだ? 大気や風、雨や稲妻と一体化したと言ったな。この空はどこまでがお前なんだ? これは俺の負けかもしれないんだぞ。なあ、ポロック、足掻いてみろ。逃れてみろ」
「ふ、ふ、ふ、ふざけやがって!!!!! ああああああああああああああああっ!!! 逃げてやるよ、逃げ切ってやる。そして、テメェ全員に復讐してやるんだっ!!!」
「無理だ。俺の脊髄解放の殺人ウイルスは、無生物、無機物を殺し、破壊する事が出来る。そして、もう一つ、そのウイルスは“進化”し、対象を“追撃”するんだ。お前は俺のウイルスから、もはや逃れる事なんて出来はしない」
空に浮かんだ、ポロックの顔がボロボロと崩れ去っていく。
更に、グリーン・ドレスとメテオラの追撃により、空と化して、気体や電気と化したポロックは、自身の身体の一部を逃がす事も叶わずに、消滅していく。
空が大叫喚の悲鳴を上げ続けていた。
そして、しばらくして、真っ青な青空が浮かんでいた。
「快晴になったな。気分がいい」
そう言って、ウォーター・ハウスは地面に倒れ、空に寝そべるのだった。
敵の攻撃を喰らい続けた彼の四肢は、今にも、もげ落ちそうな状態だった。
†
ポロックは、ぼんやりと意識を失っていく。
…………、これが死。
半世紀以上生きて、大量の児童を嬲り殺しにし、内臓を売りさばき、金と地位ばかりを追い求めていった。そして、巨大なマフィアのボスに上り詰めた。彼女は今、死のうとしていた。身も心も人である事を捨てたのに……。
ポロックの心理は単純明快だった。
生き延びたい。何としてでもだ。
どのような手段を使ってでも、どのような非道な事をしてでも生き延びて、この世界の地位を獲得したい。他のマフィアと同様にだ。
何が悪かったのか。
何をしくじったのか。
ポロックは、意識を失う前に、猛烈にそのような事を考えていた。そして、執拗なまでに生に執着していた。これまでの人生と同じだ。誰が死んでも、自分が生き残ればそれでいい。どれだけ汚い事を行おうが、自分でなければそれでいい。
……はっ。これが、あたしのような腐れ外道の最後ってか。
ポロックは、声帯の無い声で呟く。
……あたし以上の外道は幾らでもいるんだよ。この世界には、なあぁ、ウォーター・ハウス、メテオラ、レスター、ムルド・ヴァンスなあぁあぁ。あんたら、自分達の事、正しいと思ってやがるの? マフィアに殺し屋に、テロリスト。テメェらだって、同じ孔の中で生きてやがる、死ねば地獄行きの連中じゃねぇか。
猛吹雪の音も、竜巻の音も止んでいく。
……あたしを裁くのは、聖書に登場するような、神様なんかじゃねぇ。死ねば無になるんだ。天界も、輪廻も無ぇえ。だがなあ、ボンクラ共、もし死後の世界があるっーんならよおぉ、行き着く先は同じだろうなぁ。ひゃっはははっ。
雷鳴が何度も空に筋を入れる。
……もし、死後の世界があるっつーんならよ、タンカス共よおぉ。あたしは、一足先に燃え盛る地獄で待っているぜぇ。楽しみ、だ、なぁ。
ポロックの意識は完全に失われていく。
そうして、ハートレス・アンデッド、オルガンのボスであるポロックは完全に死亡したのだった。




