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第三十夜 ヴァシーレの始末。

『オルガン』。


 十代に満たない女児の姿をしたポロックをボスとした臓器売買組織。

 その仕事は、六大カルテルにおいても、もっとも汚い仕事であるとされている。そして、その利権はMDを超えて世界中の貧困層から臓器輸入、臓器輸出を行っている。また、この組織は、買ってきた貧困層の生きた子供に麻酔を掛けて、そのまま臓器摘出を行ってから、臓器を欲する富裕層の子供に提供する事でも有名だった。

 

 そしてポロックは、人体実験やクローン技術まで違法に行っていると噂されている。確証は無い。だが、カジノやドラッグ、ポルノビデオの販売といった旧来のマフィアが行ってきた事ではなく、極めて人類の最先端の禁忌に足を踏み入れているとも言われている。



 ヴァシーレは簡易的な牢屋の中に入れられていた。

 彼は両腕を拘束されて、天井から吊り下げられていた。


 メテオラ。

 残月。

 レスター。

 そして、ムルド・ヴァンスの四名がヴァシーレを見据えていた。


「さて。お前の『エンジェル・クライ』の分身体は封じ込めさせて貰った。これで脱出する事は出来ない」

 ヘルツォークのボスは無感情に、ヴァシーの瞳を見ていた。


「この俺を始末するってーのかよっ!」

 ヴァシーレは闘争心剥き出しだった。

 この圧倒的不利な状況にも屈しないという意志を表明していた。


「それは貴方の態度次第です。返答次第によっては無傷で釈放する事も考えているのですよ」

 レスターはトントンと、剣を横にしていつでもヴァシーレを始末出来る、といった顔をしていた。ヴァシーレは少しだけ居すくむ。半日前にも対峙したが、やはり、師は苦手だ。冷徹で言葉に容赦が無い。


「始末しねーといけねぇんだけどよぉ。テメーをなー。なあ、よおー。天使の泣きエンジェル・クライ。……だが、事はそう簡単でも無ぇえみてぇだからなあ」

 メテオラは苛立った顔をしていた。


 ムルドとレスターの二人で、どうにかしてヴァシーレを捕えたのだった。それが半日程前の事だ。そして、ポロック……オルガンの動きが読めない。暴君達は偵察隊に見張らせているらしいが、彼らも動こうとしていないみたいだった。


「少しだけ、ヴァシーレと二人だけで話をさせろ」

 メテオラはレスターとムルドに告げる。

 レスターもムルドも無言で頷いた。

 二人は残月が腕を組んで立っている、部屋の隅へと向かった。


「メテオラ、テメェーを始末して、この俺はテメェの利権を乗っ取ってやる。なあっ!」

 ヴァシーレはいきり立つ。

 そして、口から唾を吐いて、メテオラの顔に拭き付けようとした。吐いた唾が空気中で静止して消滅していく。

挑発された死の道化師は、少しだけ唇を震わせて、何処かとてつもなく空虚な瞳に変わる。


「それで、テメェーよー。この俺をぶっ殺してさー。何が手に入るんだ? 莫大な金? 権力なのか? 巨大カルテルのマフィアのボスとしての地位?」

 メテオラ……彼は酷く、虚ろな表情で訊ねた。

 まるで、何もかもを下らなく思っているかのように。

 彼にとって、今の地位がどれ程、滑稽で馬鹿げているのだと諭すかのように。


「聞くんだ、ヴァシーレ。この俺は前のアルレッキーノのボスをぶっ殺して、今の地位を手に入れた。でも、それで何が手に入ったか? くだらねー権力者同士の睨み合いだ。安心だとか幸福だとかってぇーのじゃない。そんなに金は必要なのか? 巨大カルテルのボスであるっていう地位はそんなに凄い事なのか?」


 メテオラの話を聞いて、吟味した後、ヴァシーレは小さく嘲笑する。


「メテオラ……。ひひっ、テメェーこそ何言ってやがるんだ? 命が惜しいのか? そんなに怯えた子犬のようなヘタレだったか?」


 二人は睨み合っていた。

 まさに、犬猿の仲、水と油のように決して混じり合う事の無い何かであるかのようだった。


「俺は命が惜しいよ…………」

 そう道化師は呟いた。

 彼はトランプの一枚を手にして、空中に放り投げる。エースのキング。それは何も無い空間に消えていく。


「俺はコルトラとは違う。好き好んで、こんな“くだらねー地位”にいるわけじゃねぇー。俺はタダのガキだった。でも能力者だった。だから、巨大カルテルである前のアルレッキーノのボスをぶっ殺して、地位を乗っ取る事が出来た。アルレッキーノをサーカス場に私物化してやった。なあ、“道化”なんだぜ? 金っていうものに振り回されている奴らは! ヴァシーレ、俺は子供の頃をやり直したい……青春時代、俺の仲間達は、みんなマフィアに、ギャングに悲惨に殺されていった…………、畜生。俺だけが生き残って、俺だけが特別な力を手に入れていた…………っ!」

 そう言いながら、メイクをべったりと塗った殺人道化師の顔が激しく歪んでいく。


「出来る事なら…………、まっとうな国で、まっとうな人生をやり直したい…………。小市民として生きるって事がどれだけ尊い事なのか、ヴァシーレ、テメェーは分かっているのか? ええ? このクソみてぇな世界で奪い奪われて、奪われたくねぇーから、他人の人生を踏み付けるだけの人生に一体、何の意味があるんだ? なあ? おい? それを考えた事あんのかよ?」

 そう言って、メテオラは大量のトランプを取り出すと、次々と地面に放り投げていく。一気にトランプのピラミッドが出来上がった。


「糞尿を積み上げた地位ピラミッドなんだ、黄金色のな。そして、それは脆く、崩れ去る。つまり、コレだ」

 メテオラはトランプで積み上げたピラミッドの尖端を指で弾く。

 どしゃり、と、ピラミッドは崩れ去っていく。


「はん。説教か? それがテメェら流の始末ってやつかあ? メテオラ、テメェ、マフィアのボスだろ。裏切り者のこの俺を残忍にぶっ殺してみろよ! 出来ねぇえって顔してやがるぜ。腰抜けが。俺を生かすつもりなのかあ? おい、見せしめに、この俺を凄惨に処刑する算段も取れねぇえのか?」

「クソ餓鬼が…………」

 メテオラは奥歯を噛み締めた。


「テメェの方がガキなんじゃあねぇのかあ? ひひっ、俺より若く見えるぜ。これでも二十はとっくに過ぎてる。メテオラよおぉ? ああ、テメェも随分と若そうじゃあねぇか。最初に見た時に拍子抜けしたぜ」

 拘束されていても、自身の命が脅かされている今も、なおもヴァシーレは吠える。

 ヴァシーレは、処刑される事も、拷問される事も覚悟している。……それがどんな残酷で羞恥に満ちたものだとしても、受け入れる覚悟で、コミッションを裏切ったのだろう。

 レスターはそんな弟子を見ながら、少しだけ心の中で、殺し屋としての覚悟に賞賛を送った。

 

 メテオラはいつの間にか右手に握り拳大の鉄の玉を手にしていた。

 そして、ヴァシーレの入っている牢屋に向かって勢いよく投げ付ける。

 鉄の玉は、一度、この世界から消えて、そのまま牢屋の向こうにいるヴァシーレの頬に勢いよく命中していた。


「鉄拳制裁の代わりだ。それで、この俺への暴言は許してやる」

 そう言って、メテオラは踵を返す。

 ヴァシーレ相手に背中を見せる形だ。


「なあ、もう一度、訊ねるぜ。ヴァシーレ。なんで、金が欲しい? 俺の利権が欲しい?」


 ヴァシーレは腫れ上がった唇から血の唾を床に吐く。


「負け犬にはなりたくねぇーからだよ」


 それを聞いて、メテオラは小さく溜め息を吐く。


「じゃあよ。俺はもうこの尋問室を出たい。レスター、後はお前とムルドが何とかしてくれ」

 そう言うと、メテオラは扉を開けて、外に出ていく。

 続いて、残月も尋問室の外に出ていく。


 ムルド・ヴァンスとレスターの二人は顔を見合わせて、頷く。


「それで、ヴァシーレ。貴方に質問したいのですが。貴方は“中枢”を調べているとの事ですが。今、どのような事態になっているのですか? そして、貴方は我々だけでなく、一体“何”から逃げていたのですか?」

 レスターは単刀直入に訊ねた。

 メリュジーヌの中をうろついていたヴァシーレ。

 そんなヴァシーの姿はムルドの組織の構成員によって容易く発見された。

 ヴァシーレは、何者かから逃げていたのだと…………。少なくとも、警視総監コルトラの特殊部隊では無いし、ましてやコミッションが雇った暗殺者にでも無い。


 ただ、ヴァシーレは何かから、ずっと逃げていた。

 そして、それを頑なに話さない…………、もしかすると、話せないのかもしれない。



 メテオラは一人、コミッションの談合と、ヴァシーレの監禁に使っているアジトを出た。


「部下には任せ切れねー。俺が直接、ポロックのクソを止めに行くぜっ!」

 メテオラはトランプを手にして、ショットガン・シャッフルを行う。

 彼の肩の手を掴む者がいた。


「あたしも向かう。あんた一人じゃ駄目だ。万一、あんたまで死亡して六大カルテルの勢力が崩れたら、MDのあらゆる国家が壊れる可能性さえあるわねえ」

 残月だった。


「『オルガン』の支部に向かうわよ。奴の目的をあたし達で潰していきましょう」

 彼女は強い口調で言った。


「道化師やって、手品とかやっているとよー。如何に観客を騙すか、ってばかり考えるんだけどよ」

 メテオラは自身の周辺そこら中にトランプを投げ付ける。

 トランプは何も無い空中の上で停止する。


「俺はエンターテイナーだが、奴は快楽殺人犯だぜぇ。不気味さの質が違う。『オルガン』が一体、何をやっているのか、俺は全てを把握し切れねぇ。お前は?」

「あたしも知らない。……あのクソババアが何を考えているか何て理解したくもないわねぇ」


「ああ、そうだ。オルガン支部に向かった後、暴君達にも接触してみねぇか?」

 メテオラは提案する。

「なら、私はウォーター・ハウス。貴方はグリーン・ドレスというのは?」

 残月が答えた。


「それでいこう。だが、まずは…………、オルガンだな」

 二人は互いの眼を見据える。


 巨大カルテルのボス自らが、手下に頼らずに向かう。

 ……正直、馬鹿なんじゃないのかと、二人共、自嘲していた。


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