第二十三夜 アルレッキーノのボス、『殺人道化師』メテオラ
ヴァシーレは組織『アルレッキーノ』が牛耳っているカジノへと向かった。カジノの前で、持ち物検査の為の金属探知機のセンサーを通り過ぎる。
スロット・マシーン、ポーカーをやっている者達の横を通り抜けていく。……いずれ、これらも自分の手中に収める事を考えていた。
ディーラーの一人に、ヴァシーは会員証を見せる。
「此処の地下に案内しろ」
ディーラーの女は、ヴァシーを地下へと続くエレベーターへと案内する。
地下闘技場。
そこでは、実際の殺し合いに対して、多額の賭け事が行われている。
此処には、MD中のマフィアの幹部達が賭け事に乗っている。みな、身元がバレないように仮面を被っていた。
闘技場には、銃火器を持った男と剣を持った男の殺し合いなどが行われていた。互いに借金の返済の為に、この闘技場に立って挑んでいるのだろう。銃火器を持った男は目隠しをされている。剣を手にした男は剣闘士の格好をさせられて、軍服を着せられた銃火器を持った男にじりじり、と近付いていた。歓声は響き渡る。
『殺人道化師』。
それが、アルレッキーノのボスの別名だった。
ムルド・ヴァンスが言うには、とてつもなく不気味な男なのだと聞かされている。ヴァシーレは、ムルドを経由して、他の組織の者達の情報をある程度、集めていた。アルレッキーノのボスは、連合の“ボス会”の集まりの時に、一際、奇抜な格好で現れるのだと。
……バットマンのジョーカーみてぇな奴か? 白塗りメイクのイカれた野郎なのかな?
ヴァシーレはそんな事を考えながら、闘技場の外に出た。
観客席には、それらしき人物はいない。
†
「道化師みてぇな奴か。…………」
ムルドの奴は写真はくれなかった。
アルレッキーノのボスは、いつも道化師風のメイクと格好をして現れるのだと。
ヴァシーは共用トイレの中へと入る。
トイレの壁も床も天井も、赤と黒のチェック・トートになっていた。何か落ち着かない、とても不気味な装飾になっている。
「ヴァシーレか。フリーランスの殺し屋だな」
背後から、奇妙な気配が聞こえた。
真っ赤な唇を舌舐めずりして、そいつは鏡に映っていた。
道化師の格好だった。
頭に角のような帽子を被り、全身タイツの道化師の格好をしている。
「俺の殺戮のショーは楽しめたかな?」
ピエロメイクの男は、意外にも端正で、若々しい声をしていた。
「意外に小奇麗な顔してんだな? ええぇ? 殺人道化師」
「まあな。処で、ヴァシーレ。警視総監殿から、君の情報は入っている。奴はお前を見逃さないつもりだそうだ。随分、派手な挨拶をしてくれたそうでなあ?」
ヴァシーは。
腹から下だけの下半身を見つける。
……なんだ?
鏡を見る。
自身の上半身と、下半身が、分断されている事に気付いた。
「…………っ! 一体、何が起こっていやがるっ!?」
身体を切り離されたのか?
なら、何故、切断面から血が出ない。
「美しい腕だな。お前の左腕」
殺人道化師は、すりすりと切断された左腕を頬擦りしていた。
「テメェ、いつの間に、俺の腕を…………っ!」
ヴァシーレは、上半身と左腕を分断されたまま、床に転がる。
「殺人道化師、ふざけやがってっ! この俺に一体、何をした!?」
「種も仕掛けも御座いませんよ? ヴァシーレ。後、俺の名はメテオラ。アルレッキーノのボス。“座長”である、死の道化師さ。くくっ、ヴァシーレ。良い様だな? これは、俺流のほんの挨拶に過ぎねぇんだが。そのまま、始末してやろうか?」
道化師は舌舐めずりをする。
「ああ?」
痛みは無い。
感覚さえも無い。
攻撃も見切れなかった。
……何なのだ? こいつの能力は!?
メテオラはいつの間にか、トランプのカードを取り出していた。
「ヴァシーレ。俺にとって、ギャンブルはショーだ。人々が繰り出す、サーカスなんだ」
くるくる、と、蝋燭の炎が、お手玉のように殺人道化師の背後で回転していく。
ヴァシーレの顔に次々とトランプが突き刺さっていく。
痛みは無い。
ただ、トランプが顔の中に入り込んでいる。喉にも突き刺さっている。
「メテオラ…………っ! ひひひひっ、テメェの能力が分からないってーのなら、よおぉー。こっちには、幾らでもテメェを始末する手段はあるんだぜ?」
殺人道化師の背後にショットガンが突き付けられる。
メテオラは背後から、何発も銃弾を浴びせられる。
もう一人のヴァシーレが出現して、このアルレッキーノのボスの頭を撃ち抜いたのだった。
「な、何しやがる…………っ!?」
メテオラは立ち上がる。
彼の顔面付近には、銃弾が止まって、未だ回り続けていた。
ヴァシーレは、バラバラにされた方の自分を消していく。
「成る程。分かったぜ。ひひっ、テメェの能力はよおぉ」
ヴァシーレは、ショットガンを投げ捨てると両手に拳銃を手にして、何度も、眼の前の男へと銃弾を撃ち込んでいく。
「空間を、バラしてやがるのかあ? ……よく分からねぇがなあ。空間を好きなようにバラバラにする事が出来る。それがテメェの能力見てぇだなあぁ。ああ?」
メテオラに撃ち込まれた弾丸が、今度は、全て彼をすり抜けていく。
「効かないなあ。ふふうぅ、ヴァシーレ。お前の能力は分かっているんだぜ」
メテオラは人差し指の先を左右に動かす。
ヴァシーレには、それが挑発なのか……挑発に見せ掛けて、能力の罠を仕掛けているのか判別出来ない。
……今は一度、撤退する方が得策だろう。
だが。
逃げる事は危険極まり無い。……今、此処で始末しなければ、後々、賞金を仕掛けられるなどしてやっかいだ。身勝手な行動をした、ムルド・ヴァンスは自分を許さないだろう。ムルドとの縁が今、切れるのも困る。彼を利用しなければ、MDのマフィア達の利権を強奪する事は難しい……。
ヴァシーレは服の中に仕込んだナイフをあらゆる方向から、道化師に向かって投げ付けていく。頭、胸、背中、腹、喉。あらゆる角度から、ナイフを投げ付けた。
それらの全てが、道化師の身体をすり抜けていく。ナイフが次々と、壁に命中して、地面に転がった。
「テメェの能力は、幻影か何かか? そこにいるお前は、本当に実体が存在するのか?」
ヴァシーレは首をひねった。
「さてえ?」
メテオラは転がったナイフを手にして、自らの指先に近付ける。
血が、ぽとり、ぽとり、と流れ落ちた。
「俺の実体は此処にあるぜ。ただ、俺に通じないってわけだ」
くるくる、と、メテオラは拾ったナイフでジャグリングを始めた。
「透過しやがるのか。やはり、空間をバラしてやがるのか?」
……、ならば、この敵をどうやって始末すればいい?
ヴァシーレは次の瞬間、即座に決断した。
それは。
この場から、すぐさま撤退……つまり、逃げる事だった。
†
ヴァシーレはカジノの外にいた。
逃げ切れたかどうかは分からない。
これで、警視総監のコルトラだけでなく、アルレッキーノのボスである殺人道化師まで完全に敵に回した事になる。……更に、顔半分が存在しない謎の人物も、自分を見張っている。……このままでは、自分の運命は八方ふさがりになるだろう。
だが、悪い事ばかりでは無い。
少なくとも、組織アルレッキーノのボス、メテオラの能力を知る事が出来たのだ。これで、幾らでも対策を考える事が出来る。
「しかし、畜生が。……俺は周到に計画を練るのが苦手だ…………」
ムルドとは手を切らざるを得ない。
奴はまがりなりにも、一組織のボスだ。これ以上、自分に手を貸してくれる事は無いだろうし、また彼にどんな感情があれど、彼の立場を考えれば、ヴァシーレと手を切る以外の選択肢は無くなるだろう。
ならば……。
「ウォーター・ハウス……。せいぜい、利用させて貰うぜ……」
まだ、逃げ切れているとは思えない……。
尾行されているような気がする…………。
だが。
暴君。
彼らの側に付くしかない。
ヴァシーレは巨大カジノを背にしながら、本格的に暴君と赤い天使の側に付く事を考えていた。今後、ムルド・ヴァンスとは敵対する事になるが構わない。…………、少なくとも、自分は前向きに考えるしかない。決断した事に対して、もう後戻りは出来はしないのだから。
殺人道化師メテオラ




