10.セリア(1)
わっち……げふん、妾は退屈じゃった。
この世に生まれ落ちてから、誰もが妾を腫れ物に触るように扱っていた。
周囲の同年代の子供、その親、更には己の父親ですら。
例外は街にいるおば様方で、そういった人たちは何故か妾の頭を撫でてくるのだが、何故撫でるのかと聞くと「癒されるから」と訳の分からぬことを言うのである。我が街のおば様方は皆女傑であらせられる。
……それはともかくとして、歳を経てもそれは変わらず、あぁいや、撫でるほうではなく。ついに父親……魔王が他界。その後釜には何故か、当事十五にも満たなかった小娘が選ばれた。まぁ、妾のことなのじゃが。
ただ、流石に小娘に全ての事を押し付ける事はなかったようで、色々な仕事は各代表魔族に渡された。妾はまさに、お飾りの魔王であった。
そもそもなぜ妾が魔王になったのかと言えば、妾の中に燻る膨大な魔力のせいじゃ。魔族は基本的に魔力量が多ければ多いほど偉くなる。妾は父を含め、他を圧倒するほどの魔力量を誇り、それ故にこんなつまらん席に座らなければならなくなった。
不満は沢山ある。
例えば外で遊べない事。
妾が体を動かして興奮すれば、それだけで周囲のものが魔力の影響を受ける。
例えば、友人が居ない事。
周りに居るのは部下のみ。あとはメイドも居るが、大抵妾の魔力にあてられて数日で居なくなる。
例えば政策が愚策である事。
上の人間は吸い取る事しか考えず、現実を見ようとしていない。が、一度妾から離れた政治は妾が口を出せないようになっている。
例えば軍部が愚物である事。
ハッキリ言って醜い。弱い。政治と同じで上が絶対、下は虐げられ、士気が低い。
例えば人間との戦争。
何故互いに無駄なエネルギーを使っているのか。
例えば魔力。
妾の魔力は一人の存在が持つには分不相応すぎる。まともに魔力を放出する事も叶わず、毎日抑圧されている。
例えば生活。
誰もが妾にへりくだり、恐れ、怒りを買わないようにしている。本音で語る事などしたことがない。本気で暴れまわった事などしたことがない。
つまらない。くだらない。この世界のなんと退屈で息苦しいことか。
こんな生活で健全な精神が保てようか。否。
無味無臭の生活にもっと味気をと妾が思うのは間違いではないはずじゃ。
特に気に入らないのは軍と戦争。
士気が低く、補給もままならない状態では、いくら人間よりも戦闘力が高い魔族でも勝てるはずが無い。それでも負けはしないのだから、一兵士は頑張っているだろう。
士気の低い兵を集めた、同数の殴り合い。当然、被害は大きくなるばかり。ほんっとうに無駄じゃ。
こんな人を減らしたいだけの戦争になんの意味があろうか。
自然と考えるのは、どうすれば効率よく戦争を終わらせられるか、である。
圧倒的に勝つか負ける。相手が勝てないと思えるように脅す。まぁ普通に考えればこんなものだろう。
兵は有限。我が国の民も有限。そして民と敵とでは救いたいと思う比率が違う。
どうすれば脅しが成立するかを考えたとき、それはどうすれば効率よく人を殲滅出来るかを考えるのと似ている事に気が付いた。
脅しとはすなわち圧倒的脅威。
最大級の戦力を用いるなり補給を絶つなり何でも良いが、とにかく相手の心を折れば勝ちなのだ。
であれば、自分のこの有り余った魔力が何か役に立たないだろうかと考えるのは自然な事。
今のような潰し合いを避けるには、どういう魔法が良いだろう。
一人の兵が一人の敵をやっつけ、一人の敵に倒される。
これを倒される事がないようにするにはどうするべきか。
魔力でガードしてやるか。流石に何万もの兵一人一人に魔力をまとわせるのは面倒だ。
そもそも、本当に一人の『兵』である必要があるのか。
昔の戦争はこんな泥沼のような戦いではなかったと聞く。そもそも魔族が進んで攻めようとはしていなかった。魔族は意外と平和主義なのだ。
では何故今、こうなのか。それをしなければ魔族が生きられないからか、それとも、『この戦争』をしたい魔族が居るからか。
思考があっちへこっちへフラフラと色々な所で移っている自覚はある。
暫く考えた後、思いついたのは、『そもそも一兵を妾の攻撃そのものとしてしまえ』だった。
それは戦争の概念を変えるもので、何がどうなってそんな結論に至ったのかは覚えていない。ただ、途中から考えるのも馬鹿らしくなったのだけは覚えている。
「もういいじゃん。わっち一人で終わらせれば」
呟いたと同時に、魔力を操作して人の形を作り、動かす。
……無駄が多い。そもそも攻撃するだけであれば、人の形である必要はない。
小さな獣の姿を作る。まだ無駄が多い。生き物の形をしていると、それが動くだけで魔力を余分に使う。
ならいっそのこと、純粋な魔力だけで攻撃したらどうか。
小うるさい昔の魔族共は美しくないだとか、気品がないだとか、益にもならんことを言うだろうが、そんなことはどうでもいい。気品や美意識で戦争が終わるものか。戦争は如何に卑怯であるかが勝利の鍵ではないのか。
脳裏に宿った魔族の頭を粉砕するように、魔力で作った弾を飛ばした。小言を言う想像上の魔族が頭を吹き飛ばして消える。
……もう、これで良いのでは?
少し大きめな魔力の弾。特に複雑な形をしていないので余計な魔力も使わず、一つ一つの魔力もたいした事がない。
魔力の弾を一つ二つ三つと増やし、部屋の中で動かしてみる。
縦横無尽に動く。少し精度に問題はあろうが、これは慣れの問題であろう。
なにより手慰みになる。何もせずに椅子にふんぞり返っているよりもよほどマシだ。
やがて部屋の中は無数の魔力弾に満たされ、そこに入ってきたメイドが悲鳴を上げた事で妾の遊びは終わりとなった。
「じゃあちょっと行ってくるの」
「は?」
周囲から戸惑いの声が上がるが、全く意に介さず、外へと出る。
「お、お待ちくだされ。何処へ行こうと言うのですか」
「ちょっと人間の街を一つか二つ滅ぼして、これ以上こちらに攻め込むなと脅してくるだけじゃ」
そもそもこの戦争のきっかけは人間が魔族領に攻め込み、魔族や多種多様な魔物の生息域を脅かしたからではないか。なら取り返されることも想像しているはずじゃ。取り返せばそこから逃げてきた魔族を帰してやれる。そうすれば村で野菜やらを作り、生活出来る。やがて食糧問題が解決。良いところばかりではないか。
それをここまで泥沼の戦争に発展させたのは目の前にいる軍部を仕切る無能である。
何故ここまでの無能が軍部を仕切っているのか疑問であるが、どうやら魔力量に物を言わせて下克上したらしい。
兵としては優秀かもしれんが、将としては無能も良いところである。
「それはこま」
無能は言葉を途中で止めたが、何を言いたいのかはよく分かった。
何が困るというのだろうか。妾が魔族の土地を奪い返しに行くのに不都合があるとは、なんという売国奴か。
自分が手柄を立てたいだけであったとしても、国力を悪戯に浪費している事実は変わらない。
弾を一つ、無能に放る。
パンという音と共に頭が弾けた。
……同胞を殺すのは初めてだったが、不思議となんの感情も動かない。
それだけ腹に据えかねていたのかと自嘲した。
妾の顔を見た周囲の者共が「ヒッ」と声を上げた。失礼な奴らじゃ。
「帰ったら軍を再編する。妾が帰るまでジッとしておれ」
足に魔力を纏い、地面を蹴ると、周囲の景色が一気に流れていった。
初めて誰にも気にせず魔力を使ったのだが、それのなんと心地良いことか。
途中にいる魔物を蹴り飛ばす。魔族の土地の食べ物を食らう害獣であるので加減はしない。まるで風を蹴ったかと錯覚するほど、なんの抵抗もなく魔物は弾けとんだ。
国境へと向かう途中に、数人の魔族を追いかける人間達に遭遇した。彼奴等の表情を見るに、楽しんで追い掛け回していることが分かった。
魔族といえども村人にはなんの力もない。
頭に血が回った。
「屑めが」
周囲に魔力の弾を生み出す。
「デモンストレーションじゃ。人間にこの攻撃が通用するかのな」
大量の魔力弾が周囲を埋め尽くす。
それを単純に敵の下へと投げつけた。
「なんっ」
「かぺっ」
「ちょ」
「ひぃ」
有象無象が悲鳴を上げる。
少し後、そこには何もなかった。周辺の物が全て破壊され、跡形もなくなっていた。
「……これじゃいかんの」
これではただの環境破壊絨毯爆撃である。このまま人の生息地を奪っても、全てを吹き飛ばしていたのではなんの解決にもならない。
改良が必要だ。
そうやって何度か改良を重ね、その都度何処からか現れる人間に実験をし、さらに改良を重ねる。
国境まで到着した頃には、何百という人間を破壊していた。
「まずは一番近い場所から奪還するとしようかの」
移動し、その街の全景を視界に納め、宣告。
「妾は魔王じゃ。お主等が不当に奪った我等が地をこれより奪い返す。ここにも軍が居ろうが、素直に撤退するなら良し。住民を全員移動させるがよい。挑みかかってくるならそれも良し。妾が圧倒的な力を持って蹂躙するまで。その際、住民らは外には出ぬように。家から遠い者は誰かの家に詰めるが良い。余計な人死にが出るだけじゃ。その後、この地を去るが良い。抵抗するなら容赦なく潰す。一刻程待つゆえ、その間に行動せよ」
声に魔力を含ませ、街全域に届ける。
街の人間は何かの冗談だろうと、特に何も行動せず、軍も編成に時間が掛かっているのか一刻を過ぎてもちらほらと現れるのみだった。
このような体たらく。呆れ果てるのみ。だが、それよりも呆れるのは、このような者共に撤退を繰り返す我が軍である。
「一刻を優に過ぎた。これより外に出ているうぬらを、妾の敵とみなす。死んでも恨むでないぞ」
手を頭上に掲げ、大量の魔力弾を生み出し、街に向けて発射する。
弾は格子上に動き、相互に干渉することなく街を通り抜ける。
兵に当たれば頭が吹き飛び、腹を穿ち、足を潰す。
外に出ている住人にも容赦なく攻撃は降り注ぎ、一人の例外もなくその命を天へと返す。
時間にして半刻にも満たぬ時間で、街の掃除は終了した。
「なんだこれは……。一体、何が……なんだというのだ……」
呆然とした風に呟いたのは、今しがた外へ出てきた軍人である。
フラフラと覚束ない足取りで、周囲を見渡す。
「私たちが何をしたというのだ……」
その勝手な物言いに、怒りが沸いた。
「ではその言葉、そなたらに返そう。一体我ら魔族が、人間に何をしたのじゃ? 人間に街を追い出され、尊厳もなく殺されるような事をしたのかの?」
「……悪魔め……」
「勘違いも甚だしい。妾からすれば、おぬし等人間の方が余程悪魔に近い。それにの、妾はおぬし等と違い、先に宣告したぞ。それでも剣を向けてきたのはおぬし等人間の方じゃろう?」
「殺してやる……」
「街に残っている住人を避難させるほうが先決じゃ。懸命にも妾の忠告通り、家に入った者も少なくなかろうに」
二言目には殺してやるとは、随分自分達のした事を顧みない性格をしている。
「それとも何か? うぬらは自分には一切被害のない戦争でもしていたのか? あぁ、それは済まなかったの。そのような事をする愚か者が我が軍に居ようとは」
「……」
目の前の男が剣を振りかぶる。
「やれやれじゃの」
一瞬の後、そこには上半身と下半身の分かれた死体があった。
他の街はこうならなければ良いが……。
「それは難しそうじゃ」
その言葉の通り、次の街も、その次の街も多くは変わらなかった。どこの街も頑固で、素直に避難するような場所はない。考えてみれば当然で、彼らもそこに住んでいるのだ。いくら奪った土地とはいえ、素直に奪われるなど有り得ぬだろう。
魔族達よりも気概があるのは少し考え物である。
「これはもうあれじゃな。街単位ではなく、国を一つ落としたほうが楽か」
それはもう面倒じゃ。少しずつ住人の殺傷率が減っているとはいえ、気が重い。
「はぁ……これなら帰って皆に頭を撫でられるほうがマシじゃの。あ、いや、違う違う、そうではない。そもそも何故頭を撫でられるのかと思えば、わっちに威厳がないからであろうに。ならばここで魔王としての威厳と残忍さを見せ付ければ、皆わっちの頭を撫でようとはせぬはずじゃ。そうじゃ、それがいい」
銀糸の髪を弄りながら、気持ちを必死に盛り上げる。
別に攻める理由が増えたところで問題ないだろう。
「それにこうやって力を見せれば、やがて妾から離れた仕事も返ってくるというもの。今の奴らに素直に任せてはおけぬからの。……しかしそうなると、あの女傑共とどう触れ合えばよいのじゃろうか?」
まぁいい。全ては終わってから考えるとしよう。頭を撫でられるのは嬉しいが、子供扱いされているようで悔しくもあるのだ。もっと同じ目線で話したい。
国を落とす。
魔族や魔物、魔獣の生息域を取り戻す。
軍や政治の腐敗を正す。
そして頭撫で撫でなど、止めさせる。
最後だけ可笑しいって? これは魔王の尊厳の問題なのだ。なにも可笑しくはない。ないったらない。
面倒などと言っておられぬじゃろう。




