11.セリア(2)
そうしていくつか街から人間を追い出し、さぁ次は国の中枢だというところで、奇妙な事が起こった。
不自然な空間の歪み。そこからペイッと一人の男が放り出されたのだ。
……わっちの頭上から。
「へぶっ」
「んなっ!?」
紙一重であったが、なんとか落下物を回避。……割りと勢い良く落ちてきたが、大丈夫じゃろうか。
心配した瞬間、なんだか身体がゾワゾワするというか、なんとも言えない感覚にモゾモゾと太ももを擦り合わせる。なんだか不埒なエネルギーを感じるのは気のせいじゃろうか。
「お、お主、一体どこから……えっと、降ってきた? と言えばよいのか? ともかく、なんじゃお主は」
とにもかくにも、まずは確認じゃ。こやつは何者で、何の理由があってここに居て、どうやって落ちてきたのか。この国の人間であり、敵意があるなら殺すが、そうでないなら妾が戦う理由はない。
「どうも、えっとですね、俺は、えっと……どこからか飛ばされてきました。ここはどこでしょう?」
いや、どこからかって、それを知りたいのはこちらなのだが、ここがどこかも、何処にいたのかも分からない様子。稀なことではあるが、住んでいる場所から放逐され、流されてくる奴は少なくない。そんな存在と言えば罪人と相場が決まっている。
……今回のようにいきなり頭上から現れたという報告を受けたことはないが。
「そうか、お主は流されてきたのじゃな。何か悪い事でもしたのか?」
「え、いや、別に何も。なんか死にそうになってたらしくて」
死にかけた男を流すという状況がまるで思い浮かばない。放っておけば死ぬのだから、放置しておけばいい。なのにわざわざ流すということは……。
「なんじゃそれは。……まさか何かの隠蔽のために人を流したというのか?」
この男が何かの証拠を見つけ、その隠蔽のために流し刑にした……もしくは、何かの身代わりとしてこの男が選ばれたということではないだろうか。
人とはそこまで堕ちていたのか。
それにしては死にそうになっていたという様子は見られない。服も上等なものだし、少し筋肉がないのが気になるが、それらを除けば一般的な優男である。
「死にそうになっていた」の定義が分からん。おそらく伝え聞いただけの事なのだろう。助けるふりをして流したのかもしれん。……この際先ほどの真上から落ちてきたことは度外視する。分からぬことを考え続けても意味はあるまい。
ここで出会ったのも何かの縁と妾が名乗ると、男はダンチク・ヤギリと名乗った。いつまでも地面にへばりついたままの男と会話するのもなんなので、ダンチクの手を取り、引張り上げる。
引き上げたと思ったら、何故か頭を撫でられた。何故じゃ。その撫で方がどうにも例のおば様方に酷似していて、なんだか不思議な気分になる。
「何故唐突にわっちの頭を撫でるのじゃ……」
城の連中は恐れてくるというのに、一歩城から出ればこの扱い。妾の世界は狭すぎて、本来はこうも大らかな世界が広がっているとでも言うのか。
考えただけのつもりが声に出ていたらしく、ダンチクに「わっち」という一人称を聞かれてしまった。それは忘れて欲しい。威厳も何も無い。必死にワラワワラワと誤魔化すが、それを聞いて微笑ましそうにしているのがまた怒りを誘う。まぁ本気で怒っているわけでもないのだが。
「それで、ここはどこで、セリアは何でこんなところに?」
偶然居合わせただけの相手に、何故もなにもあろうか。だが、よくぞ聞いてくれたと思う。胸を反らして堂々と答える。
「妾はこの先にある人間の街にちょちょっと行ってパパッと殺戮してこようかと」
……偶然居合わせただけの人間に、何故こんな話をしているのだろうか。人間に話す内容ではないと己の事ながら思うが、どうにもこの男相手に口を閉じようとは思えないから不思議だ。そんなところもおば様方と似ている。
それとも、最近会話らしい会話をしていないので会話に飢えているのだろうか。
「ちょっちょっと行ってパパッと……殺戮?」
ダンチクが首を傾げる。
「うむうむ。妾は恐ろしい魔王じゃからな。一つ二つ国を滅ぼせば、皆も妾の事を恐れ、頭を撫でて癒されようなど考えることもなくなるじゃろう」
ダンチクがこめかみに指を当てて難しい顔をする。
「えっと、情報量が多くて整理出来ないんだけど……魔王? 誰が?」
何をそんな今更な事を聞いて……いや、もしかしたら人間の世界ではまだ妾が魔王だと周知されていないのかもしれない。
一つ前の街では妾が宣言すると大勢の人間が逃げたので、人間にも妾が魔王だと認知されてきたのだなと感じていたが……流されてきたのだから知らぬのも無理はないじゃろう。
「殺戮?」
「うむ」
「人の街を?」
さっきからそう言っておろうに。何故かと問われても理由は複数ある。
「そうすれば妾を恐れるじゃろう?」
人間がこちらを攻め込もうとするのは、魔王など恐るるに足りずと思われているからじゃろう。であれば、妾自らが出向き、奴らの恐怖を煽ってやる。そうすれば向こうも恐ろしい存在と関わろうと思わなくなるはずだ。
そして人間の恐れは魔族の領地にも広がり、妾が恐ろしい存在であり、とても強大な存在であることが示されるはず。
「そしたら頭撫でさせてなど言われなくなるじゃろう?」
そうすればあのおば様方も会うたびに頭を撫でてくることが無くなるはず。決してそれは惜しいとか思っていない。断じて。絶対に。
何がいけなかったのか、ダンチクが「理由が軽すぎるっ!」と空を仰いだ。
忘れてはいけないのが人的被害だ。今の戦争のやり方は効率が悪すぎて。人間にしても魔族にしても人死にが多すぎる。特に魔族の被害は甚大だ。
「それに、軍が情けなすぎての。任せていたら悪戯に被害が増えるだけじゃ。妾が直接行って魔法ぶっぱで終わりなら、そのほうが人的被害も少ないじゃろう」
「意外とちゃんと魔王してる!」
そうじゃろうそうじゃろう。それにぶっちゃけ妾、強すぎて暇なのじゃ。暇すぎて効率よく戦を終わらせる方法を日がな一日考え、それを実行出来る程度に練り上げるくらいには暇なのじゃ。
それを実行に移せば、妾は暇が潰せて良し。魔族も戦争被害が軽減出来て良し。街を取り戻して都の野良魔族も移住できて良し。魔物も棲家を取り戻せて良し。良い良いだらけであろうが。
「だから雑なんだよぉ! 殺戮理由が! 暇潰しに滅ぼそうとするなよ」
どうやらまた声が漏れていたらしい。ダンチクが全力で身体を上下に振っている。さっきから身振り手振りの激しい奴じゃ。
そのまま少しダンチクと意見を交わす。街を壊すのを止めて欲しいと言われれば、街を壊すのではなく国を滅ぼすと答え、何故かと問われれば野良魔族の事を答える。
その際に「なんという侵略者」という言葉を受け取ったが、なるほど、会話が噛み合わぬはずである。
そもそも侵略者は人間の方であって、魔族側はただ逃げただけである。なのに人間からすれば魔族こそ侵略者だと認識している。
そも、この男は何故ここまで人間をかばうのだろう。状況を見れば人間の街から追放されたのではなかったのか。
疑問を投げると、全く予想だにしない言葉が返ってきた。
「いや、俺は流されてきたと言われても、この世界の住人じゃないから分からないわけで」
……この男は頭が可哀想な子なのであろうか。
言うに事欠いて異世界の住人だと言う。なんじゃそれは。もしかして妾を馬鹿にしているのではなかろうか。いやだが、その表情に嘘は感じられない。
いつもであれば精神疾患を疑うところである。
で、あるのだが……
ダンチクが現れたときの事を思い出す。
何も無い空間からペイっと放り出されるかのように唐突に現れたのだ。
直前まで、魔力の揺らぎはまるで無かったはずなのに。
妾でもそんなことは不可能だ。魔力操作や魔力の運用に付いては魔族に一日の長がある。自慢ではないが、妾はその中でも特に凄い。
その妾がまるで気付かなかったのだ。それこそ神の御業と言われても納得してしまう。
仮に、ダンチクの言葉が真実だったとして、この世界には何の為に現れたというのか。
「一人出るゲームの違う魔王さんを止めるために」
……ほう。
出るゲームが違うというのが何を指しているかは分からぬが、重要なのは『魔王を止めるため』という部分。
妾を止める。平たく言うと敵じゃ。あの転移術を使える相手から、妾を止めろと命じられる。それなりの理由が無ければこうして送られてはこないはず。きっとそれは、妾が直接人類に敵対したからだろう。
この男は敵。そして、ダンチクを送りだした奴も敵。ハッキリしていて実に良い。
フツフツと感情が高ぶっていく。身体中の血潮がさらに熱を持ち、暴れまわるかのようだ。
妾がそんな感情を持っていると知ってか知らずか、当のダンチクはのらりくらりとしたもの。
妾の事を魔王ちゃんとか淑女だとかマジ魔王ぢゃんとか馬鹿にしているのかなんなのか。果てには満足させられれば話を聞いてやると言えば、ベッドの中で言ってとふざけた事を抜かす始末。
……まともに戦わずに今すぐ頭をカチ割ったほうが世のためなのではないだろうか? やはり妾を子供だと思って馬鹿にしている。そうに決まっている。
「どちらかというと尊敬」
とてもそうは見えぬ。
興が削がれぬ内に戦いを始めてしまいたい。半ば無理矢理ダンチクとの会話を打ち切り、距離を取らせる。
ダンチクは首を傾げながらも左右を見渡し、頭上を見上げ、手をグッパと開き、何度か左右へと動いている。
距離はおよそ三十ミルメル。妾ならば少し走れば直ぐにたどり着く距離。それを遠距離だと言うのだから笑ってしまう。
「なんじゃ、存外近いな。そんな距離で遠距離と言えるのか?」
「そういうなって。俺としても初戦闘なんだわ」
……は? 初戦闘……つまり初めてで妾に戦いを挑むと?
……こやつは馬鹿なのか? ははーん、つまり阿呆か。
つい先日まで戦闘など未経験だった自分の事を棚に上げ、妾は思う。
「……つまり実戦経験の無い雑魚ではないか。つまらん」
「そういうなって。案外強いかもしれないからさ」
「近くにいたときとはえらい違いだの。まぁ、退屈凌ぎ程度には頑張ってほしいところじゃ」
折角なので、奴の距離で戦ってやるとしよう。肉体的に殴る蹴るなどをせずに、己の魔力弾のみで戦うことを決める。
決して、奴が先ほど言っていた舐めプなどではない。
そもそも考えてみたら、妾はこと戦闘において、まだ肉体を使った事がない。全部この魔力弾のみで駆逐している。
……未経験ということはどれだけ動けるかも分からないため、イレギュラーを排しているだけなのである。
わっちもダンチクの事を言えぬの。
いかんの。どうにもダンチクと話していると気が緩む。これから戦いが始まるのだから、無駄な事を考えるな。
気を取り直し、わっちは手のひらに一つ魔力弾を生み出す。手のひらにとは言ったが、決して小さくはない。むしろわっちの頭よりは大きい。
要は今まで使ってきた魔力弾と同じものだ。
それを腕を使って投げるように放出する。相手の反応を見るためのわざとらしい動きである。
これだけ分かりやすく投げても防げる者は少ない。さて、どうする?
「(おぉ)」
避けた。身体一つ分動かすだけで。極めて冷静に対処しているように見えた。
「(伊達に頼まれただけはあるということか)」
わっちは唇がつりあがるのを感じながら、ダンチクを褒める。
「流石に避けるか。まぁ当たり前じゃな」
この程度は出来てくれないと困る。このまま何事も無く国を滅ぼせるのであればつまらないではないか。
「次じゃ」
今度は手を頭上に掲げ、先ほどの弾を八つほど生み出し、ほいほいほいっと適当に射出する。
ダンチクはあのレベルの弾を連続で出すとは思っていなかったのか、一度大きく右に……つまりわっちから見て左に避けた。
どちらに避けても良いように一つだけ残しておいた弾で追い撃ちをかける。ダンチクが再び同方向へ大きく避けるのが見えたので、追加でもう一つ弾を撃ちだした。
ギュッと土を踏む音が聞こえるかのような勢いで、ダンチクが急停止。逆方向へターンし、見事に弾を避けてみせた。
「ほほう」
胸がドキドキと高鳴った。顔がニヤニヤする。
わっちは今、初めて『戦闘』を経験している。一方的に蹂躙するだけの戦闘ではない。まだ相手は手を出してこないが、わっちと同じくらい戦えるかもしれない相手との戦闘である。
再度同じ軌道の弾を、数を倍に増やし、撃ちだす。腕を振るといった挙動は無い。もはやそんな分かりやすい事をしてやるつもりは無い。
それでもダンチクは華麗に避けて見せた。まるで少し激しいダンスを踊っているかのような動き。
「良いな。割と戦えるではないか」
割となんてとんでもない。わっちの人生の中で、数少ない戦いの中で、一番長くわっちの前に立ち続けている。
楽しくならないはずがない。
両手を横に広げ、約五十もの弾を瞬時に生み出し、ランダムな軌道で、速度も射出タイミングもずらして撃ち出していく。途中で数が足りないと思えば再び弾を生み出し、気軽に放った。
さぁどうする。どう避ける。わっちに見せてくれ!
ダンチクの動きは奇妙なものだった。だが非常に精密な動きでもあった。
弾が当たる直前に一歩後ろへ下がり、そこから予備動作無しの全力で右方へと駆ける。壁に激突するやいなや、ダンと勢いを付けて壁から離れ、大きく足を前に踏み出す。これにより斜めより迫った弾を回避。
今度は右に二歩。二つの弾がダンチクの横を通過する。今居る位置は先ほど壁に手をついた位置から僅かに前に出た場所か。
間髪入れずに今度は左方へと駆け出した。目の前一杯に弾が広がっている中、まるでそこには弾がこないと確信しているような思い切りの良さ。
「面白い! そのような回避方法など始めて見た! 妾の高密度の魔法を避けようと考えるものなど初めてだ! 面白いぞダンチク!」
弾をひらりひらりと掻い潜る。まるでふわふわと浮いた薄い紙のようにつかみ所がなく。細かな動きを加えてひらりふわり。
次の瞬間には表情をガラリと変え、猪もかくやと言わんばかりの猪突。命知らずの度胸試しのよう。
なんと激しいダンスなのだろうか。
心が躍る。自然と身体が跳ねる。くるくると回りながら弾を精製し、ダンチクの次の動きを見逃さないように目を見開く。
ダンチクは再び壁際に。前へステップし、先ほどよりも早いタイミングで右方の壁に向けて疾走する。
「ハハハ、楽しいなぁ!」
これだけの密度の弾を掻い潜っていく。右へ左へ前へ後ろへ。隙間と言う隙間を見つけ、その中を器用にすり抜ける様は、素晴らしいの一言。
その姿はダンスを踊っているようでもあり、まるで衆人の間をすり抜ける盗人のようでもあった。
「(だが、三度同じ手が通用すると思うな)」
壁に向けて右方の壁に向かう弾をほんの僅かに増やす。遅い弾と早い弾の二種類をばら撒き、今度こそ倒す。
そう考えた時、わっちの胸は寂寥感に包まれる。
「(この楽しい時間も長くは持たぬのじゃな)」
だがそれでもいい。僅かな時間ながらも充足した時間だった。そして長く続けるよりも、ダンチクの身体に穴を開けるほうをわっちは願っている。
そしてその時間は刻一刻と迫っている感覚がある。
あの弾を一つ抜け、二つ抜け、三つ、四つ、五つ……
「(殺った!)」
一つの弾がダンチクの腹へと吸い込まれていく。ダンチクの進行方向には弾が残っており、後ろにも避けたばかりの弾がある。
これは避けられぬ!
そう思った瞬間、ダンチクの身体がブレた。
一度だけではない。二度、三度。
「なんじゃ!?」
言葉に出した時には、ダンチクの身体は先ほどの位置より弾三つ分手前へとズレていた。
そう、ズレていたのだ。移動していたという表現ではとても足りん。
全力で足を前に移動していた時に、急に止まろうとしても無理である。勢いを止めきれるはずがない。速度を落とし、止まり、制動距離が長ければバックステップをするという幾つかの動作が必要なはずだ。
なによりここの地面は土である。土であるなら、急停止すれば砂埃が舞うなり地面に跡がつくなりするはず。なのにその跡はまるで無く、まるで最初からそこで止まっていたかのように佇んでいる。
――ズズン。
わっちの後ろ、どこか遠くの方で何か大きな音がした。
なんじゃ!? と考えるよりも先に、ダンチクが叫ぶ。
「畜生! イッヌの仇!」
犬? なんの話じゃ?
しかしどうしたことか。ダンチクがどうやって回避したのか、まるで検討が付かない。いや、ここはダンチクの凄さを認めるべきところだ。わっちですら分からない回避方法があるのだと。
「ぬぅ? 当たったと思ったんじゃがの。何故ダンチクはそこに居るのじゃ? あぁ、お主は面白いの」
今重要なのは、わっちはまだまだダンチクと遊べるということだ。




