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22話

自室で姫と微睡んでいるとき、携帯が鳴った。ディスプレイを見た瞬間、ギクリと体が固まる。数秒鳴った後プツリと切れ、思わず安堵の息を吐いた。そして自己嫌悪に陥る。

また、やってしまった。これで何度目だろう。

そう、先ほどの電話は奥村君からっだった。文字でのやり取りだけでなく、最近はこうして前触れもなく電話が掛かってくる。

……日時と時間を指定してくれればもう少し心に余裕が出来るのに、いきなりだからフリーズしちゃうんだよね。

もう一度大きく息を吐いた時だった。また着信有りだ!


「……も、もしもし……?」

『やっと出た』


はい、すみません。お待たせしました。

謝罪の電話をするサラリーマンみたいに思わず正座。


「な、なにか、用でしょうか……?」

『用が無いと電話したらダメなの?』

「え、いや、どうなんでしょうね」


電話もメールも用があるからするものなんじゃないの?それ以外の用途って何?誰か教えて。


『しゃべり方、まだ直らないな』


そうでした。善処するって言ったんだった。でもしょうがないじゃない、条件反射なんだもん。


「……すみません……じゃなかった。ごめん」

『別に謝る必要は無いけど……。じゃあ、またな』

「え?」

『声が聞きたかっただけだから』

「はぁ」


無機質な音が鳴り、通話が切れた。

そして改めて奥村君の言葉の意味を噛み締めると、ぶわっと顔が火照る。

こんなふうにストレートに言われたことは今までなかった。いつも湊ねぇやりっちゃんと比べられ、二人に近付くために利用されてきた。

航にぃや響と親しくなりたい女子も、同様に私と仲良くなろうとする人達がいた。

だから恋愛なんてものは縁遠いもので、関係のない感情だと考えていたのに……。

私個人に興味を持ってくれる人が居るのはとても嬉しい半面、どうすれば良いのか分からない。


「はぁ、どうすれば良いんだろうね」


私の独り言に応えてくれる人はもちろんいない。りっちゃんに相談してみようかな……。


と、言うことでやって来ました斉藤家。ご両親は今日もお仕事で留守らしい。突然来た私に、りっちゃんはむすっとした顔で出迎えた。


「お、怒ってるの?」


幼馴染でも突然来たらそりゃ怒るよな、と思いながら訊いてみた。するとりっちゃんはいきなり大粒の涙を零した。


「どうしたの!?」

「う、ううっ!のぞみ~!」


そのまま抱きつかれ、勢いで玄関のドアに頭をぶつけた。地味に痛い。

なんとか落ち着かせ、勝手知ったる斉藤家を移動してソファに座らせる。どうやら怒っていたのではなく、泣くのを堪えていたみたい。


「大丈夫?はい、お水」

「……ありがと」


滅多に泣くことのないりっちゃんが泣くなんて、余程のことがあったに違いない。誰だ、りっりゃんを泣かせた奴は……。復讐してやる!

受け取ったコップから一口水を飲み、自信を落ち着かせるように息を漏らした。


「卓君がね」

「え、卓さん?」


訊き返した私に悲しそうに頷く。……ごめんなさい、卓さん。しませんよ復讐なんて。少しも掠めませんでしたよ、そんな物騒な考えは。


「結婚してって言ったら断られた」

「ぐっ、ごほっ!け、結婚!?」


一体全体どうなったら女子高生の口から“結婚”という単語が出てくることになるのだろう。


「ごめん、りっちゃん。説明してくれる?」


りっちゃんは鼻を啜って一言「三者面談」とつぶやいた。


「ああ、三者面談で進路のこと言ったんだね。大学進学って言ったけれど、本当は卓さんと結婚をしたい。そんな感じで言ったのかな?」


下を向いたまま小さく頷いた。


「で、卓さんはそれに反対した、と。それで喧嘩になったんだね」

「だって不安……」

「うん、そうだよね。卓さんは社会人で、今だって思うように会えないのに、大学生になったら今以上に時間が合わなくなると思って不安になったんだよね。でも、そのことを卓さんに伝えたの?」


ふるふると首を振って否定した。りっちゃん、素直じゃないからなぁ。

お互いがお互いを想っているからこそ喧嘩にもなるんだけれど、謝るのが苦手なりっちゃんにとって仲直りはとても大変なこと。

どうしよう……。卓さんは大人だからそのことを理解して冷却期間を設けているんだと思う。二人の問題だから、私が口を出すのは良くない。でも、りっちゃんをこのままにも出来ない。

相談に来たはずなのに、いつの間にか立場が逆転してるよ……。


りっちゃんはソファで膝を抱え、本格的に落ち込みだした。こなると梃子でも動かない。

私まで頭を抱えそうになった時、上着のポケットに入れていた携帯が振るえた。確認すると卓さんからだった。

ちらりと隣を見ると、膨れっ面と目が合う。


「えっと、ごめんね、ちょっと待ってて」

「卓君からなんでしょ。私はまだ話せないから望に任せた」


……任されました。

リビングから玄関へ通じる廊下に出る。一度切れた着信に掛け直すと、ワンコールで繋がった。


「望です」

『迷惑かけてごめんね、律はどうかな』


りっちゃんと居るって良く分りましたね。そう訊くと卓さんは『律のことだからね』と笑った。


「今はまだ話せないそうです」

『今はまだ、か』


そう、りっちゃんは話さないではなく、“まだ話せない”と言った。それは自分の言葉で卓さんに気持ちを伝えたいからだと思う。


『律の気持ちは嬉しかったし気持ちを尊重してあげたいけど、不安だから結婚をしようと言うのは受け入れられない。それにね、ちょっとショックだったんだ。僕達の関係が信用出来ないのか、って』

「それは違いますっ!」

『うん。僕を信用していないということではないと分かってる。律は自分が信用出来ないでいるんだ』


卓さんの言うとおりだ。りっちゃんが卓さんを好きな気持ちが変わることはないと思う。でもこの先の生活で躓いたとき、もしあの時結婚していたら。もしも、もしも……。

そうなった時、自分が卓さんを責めてしまわないかと不安なんだろう。

りっちゃんは強い女の子だ。だけど、とても繊細で傷つきやすい女の子でもある。傷つけた相手以上に自分が傷つく。だからこそ、人の気持ちを大切に出来る素敵な私の親友。


「卓さん、もう少し待っていてあげてください。りっちゃんも結婚が最善の選択だとは思っていないと思うから」

『待つよ、いくらでも……。僕が隣にいない間、律をよろしくね』

「はい、もちろんです」


今はまだ最善ではないかもしれない結婚という選択が、いつかきっと二人にとっての最善の選択になる日が必ず来る。

お互いの足りないところを補って、ぶつかり合って分かりあって、支え合っていく。そんな二人が羨ましい……。って、私なにを考えた!?

付き合うとか考えたこと無かったのに、羨ましいって思うなんて、おかしい……。確実に奥村君の影響だ。


「はあ~……」

「どうしたの?卓君になにか言われた?」

「ううん。卓さんには自分が隣にいない間、りっちゃんを宜しくって言われた」

「……そう」


部屋に戻ると、膝を抱えたままのりっちゃんが不安そうに訊いてきた。卓さんからの電話が気になって仕方がなかったみたい。答えたらホッと息を吐いた。


「じゃあ、どうして溜め息吐いたのよ」


そうだった。すっかり忘れてたけど、相談に来たんだった。


「実はね……」



話を聞き終えたりっちゃんは、あからさまに嫌な顔をする。


「ちっ。奥村め、調子に乗りやがって」

「りっちゃん、言葉遣いが乱暴になってるよ」

「いいのよ。アイツに丁寧な言葉使うと私が汚れる」


どういう理屈?まあ、良いや。


「どうすれば良いのかなぁ」

「望は奥村の気持ちには答えられないって言ったんでしょ?にも関わらず考えてくれだなんて……気に入らないわ」


そうなんだよねぇ。私、奥村君が欲しがってるモノは渡せないって言ったんだよねぇ。でもその答えじゃダメだった。どうすれば分かってくれるのかなぁ。


「ああいう手合いは断るだけじゃ納得しないのよ。付き合えません、好きじゃありません。付き合えない理由が感情なら、好きになれば良いじゃないか。って屁理屈かますの」

「なにそれ、難しい」


好きじゃないから付き合えないって、結構な真っ当な理由だと思ってたけど、違うらしい。


「なら、嫌いって言えば良いの?」


安直だけど、ストレートに言わないと伝わらないってことだよね。


「無理ね。嫌いなところを言えって言われるのが落ちよ」


好きじゃないからもダメ。嫌いもダメ。


「……ごめん、こんなこと言うのは失礼だと思うけど、奥村君って面倒な人?」

「今気付いたの?」


はい、今気付きました。

りっちやんに相談したけど、結局答えは出ず。益々迷走することになった。

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