掃除
時間が空きすぎて、自分の書いたキャラクターが誰の息子だったか兄だったか、わからなくなっておりました。自転車操業、だめ、絶対。
先祖のお墓に手を合わせた後、墓石周りの掃除が始まった。
「京、日陰で休んでいなさい」
京の父親の英尋が後ろを振り返って、蒼白い顔の京に言った。
京は素直に頷いて墓石の立ち並ぶ区域の外へ足を向ける。歩き慣れていない京に家から墓苑までの道のりは長過ぎた。足が石になった気さえした。母親の美月が後に続く。美月が京の華奢な腕をとって心配そうに顔を覗き込む。
「顔色が悪いわねぇ…無理して歩かなくてよかったのよ?意地張らないで。京のは貴方が思うほど強くできてないわ。」
「…うん…ごめんなさい」
心臓が縮むたびに、胸にぎゅっと締め付けられるような感覚があった。かすかな動悸が、強まったり弱まったり、波のように押し寄せる。気分が悪く、景色は色を失っていて、足取りは覚束ない。
手の触れた石の囲いがちょうど良い高さにあり、京はつい手をついてふらふらする体を支えた。
「大丈夫か京」
見かねた陽輔が京の腕を自分の肩に回して腰を支える。
陽輔の背中を羨ましそうに見つめる祐輔の袂を初が握って、祐輔ははっと我に返ってバツの悪い顔をした。
「兄さんは、京兄さんに構いすぎだよ」
「おお、嫉妬か?」
「違うし!」
ふくれっ面の祐輔を篤彦が笑った。
***
日陰に敷物を広げ京を地面におろすと、大分参っていたのかぐったりしていた。胸の上下と眉間のしわで苦しがっていることが見て取れた。
「京、お薬、飲む?」
「…ん…飲む」
京の素直さはしんどさと比例する。京は我慢の限界を超えないと具合の悪さをおくびにも出さないから性質が悪い。
美月の提案に「平気」と拒否しない今はかなり悪い。これは不味いなと陽輔は内心焦りを覚える。
京は美月の持参した水で薬を飲むと、これまた恐ろしいことに陽輔に対して膝を貸してほしいと言ってきた。美月が寂しそうに京を見る。陽輔は眉をひそめた。
「京、大丈夫?と言うか、美月さんの視線が刺さるんだが…」
「…母さん…今日上物のだから…」
「気分悪いの?あげそう?」
京は少しだけ頭を横に振った。
「…今朝、食べられなかったから…それは、平気」
「そう」
陽輔はますます不安を募らせた。京の背中をさすりながら、その感触から、食べられる食事がそう多くないらしいことを納得する。
少しの間そうしていると、京が苦しげなため息をついて目を開けた。
「…やっぱり、肩を、貸してくれるかな。寝そべると、苦しい」
手をついてのそのそと起き上がる京を支えて、京を自分の右肩に寄りかからせた。京は陽輔の肩に頭を乗せて力を抜き、目を閉じた。
「京。智彦さん、呼んできたほうがいい?」
美月が眉間のしわを深くする。京の様子に心を痛め、また同時に、手が震えるほどの不安にさいなまれていた。顔から血の気が引くのは良くない兆候だ。また発作でも起こしたら、今度こそ、京の弱い心臓が持たない。
しかし、京は黒く濁った双眸を美月に流し、
「大丈夫、多分智彦兄さんは、向こうの話し合いに必要なはずだから」
自嘲気味に口の端を釣り上げて(苦し紛れの、無理やり作った笑顔がそう見えたのかもしれないが)、吐息とともに漏らす微かな声で美月と陽輔を驚愕させた。
「京、どうしてそれを。誰かが言ったのか。」
陽輔がこぼす。言ってから美月の責める視線に気が付き、自分の失態に青ざめた。
京は「やっぱり」とまた笑った。
「おかしいと思ったんだ。歩いて行こうなんて。」
陽輔はぞっとした。早すぎる。どの場面で気づかれたのだろうと、首の裏がざわついた。
「僕も一緒に行くのわかっていて、あえて徒歩を選ぶとしたら、都合よく、みんな集まれて、十分な時間が確保できて、僕が入ってこれないからだ。多分。現に、僕は、大分後ろを、ついていくのが、限界だったし、今だって、こうして離れたところで、休んで…はあ、少し、話し過ぎたな」
だんだんと高くなっていく息継ぎの音に、陽輔が止めようとした時、京が話を切り上げた。京の息は上がり、のどがかすかに笛のような甲高い音を漏らす。
もう、限界なのだ。
京の体も。親族の我慢も。
英尋は決断を迫られている。
京の死後、誰に家を継がせるかということについて。
美月が顔を覆い声にならない嗚咽を漏らす。
陽輔は背中をさすりながら、苦虫を噛み潰したような気分だった。