二人だからできること
「師匠って、他人の恋愛事とか好きですよね~」
部屋の椅子に座ってため息をつくと、師匠がちゃっちゃか音を立てて近づいてくる。私はそんな師匠を持ち上げて、テーブルの上に乗せた。
「人が右往左往するのを見るのは、面白いもんじゃろ。ウッヒヒヒヒ」
楽しそうな師匠に、聞いてみようかなと私はふと思う。カインさんは、何を考えているのかなとか。
けど、既にこれだけ肴にされているのだから、カインさんの気持ちについて師匠に推測してもらうのは申し訳ないような気がしてやめた。
そうしてうつむいていると、師匠がようやく笑いを収めた。
「しかし記憶なぁ……」
どうやら、私がカインさんにした話が気になったようだ。
「茨姫の記憶……だったのかな?」
「しかし、相手と接触したぐらいで相手の記憶が見えるもんかいの? そもそも、茨姫の記憶とやらだったとして、どうしてそんなけったいなことになったんだか」
「うーん。可能性はいくつかあるかなって」
仮定1、茨姫がキアラ・クレディアスの転生体だった。
「それが一番荒唐無稽じゃろ。死んだ人間が転生して、過去に戻るのか? どうやって魔術師の師を探す?」
「元々の茨姫……とか?」
「なんのために同じ呼称を名乗る必要がある? そもそもお前がこの間話した、茨姫とやらの過去話とも齟齬が出てきそうなものだがの」
「そうだった……」
茨姫の昔話から連想するなら、彼女がキアラだったという可能性は薄い。
「しかも茨姫とやらは、お前の運命を変えたと言っておったんじゃろ? まだ未来が見える人間だったと思った方が、すんなりと納得できるというもんじゃろ」
確かに。仮定2として私も、茨姫が未来の見える人だった、というのを考えていた。
「でもそれだと、レジーと本来のキアラの個人的な交流内容まで知ってるわけがないし……。やっぱり幻覚とか夢なのかな」
「ただのぉ」
師匠は腰をかきながら言う。
「生まれる前の記憶を持ってる人間なぞ、お前以外に聞いたこともない」
「ですよね……」
茨姫に関しては、いつもこんな感じで迷宮入りしている気がする。
ただわかったことが一つ。
「茨姫は、本当に王族の人だったんだね」
銀の髪だし、そういう噂があるというゲームの設定は知っていたけど。彼女は昔話で、はっきりとファルジア王族の人間だと言っていた。
でも、今になるまでずっと隠れ住んでいたのは、どうしてなんだろう。
「ま、とりあえずは移動の準備をしないと」
翌日から、ファルジア軍は街道を一度南へ移動させ、デルフィオン領に入ってからは西へと向かった。
軍の移動も、何度も繰り返して来たことなので私もすっかり慣れてしまった。体力の関係上、簡素ながら馬車に押し込められることも。
今日は馬車にジナさんとルナールにサーラが同乗して、巨大化したリーラとギルシュさんが馬車の横を進んでいる。
時々リーラが馬車に目を向けてきてちょっと可哀想だけど、大きさ的に仕方ない。本当に魔力をいっぱい使ったら元に戻れるんだろうか?
軍の大半は、徒歩の兵達だ。
前世の日本人より体力がある人ばかり、しかもルアインを叩き出すことに燃えて志願した人が大半とはいえ、日に何度か休憩をとる必要があった。
その時に、レジー達が離れた場所へ行くことに気づいた。
「…………」
デルフィオン領に入ってから何度かあったことだから、たぶん、他の兵達の目や敵の目がない場所で、何かをしているんだと思う。
その何かには心当たりがある。間違いなく、レジーは魔術を使えるようにしようとしてる。
でも追いかけようかどうか、迷う。
本当は見に行きたい。危険かどうか確かめたいけど、見たら止めてしまいそうになるだろうし、それでレジーに嫌がられたら辛い。
ぐずぐずしてると、背中をぽんと叩かれた。
振り返れば、そこにいたのはカインさんだった。馬車の近くにいたカインさんは、休憩中の私の様子を見に来たのだろう。
「悩むぐらいなら、行ってはどうですか?」
事情を話してあるカインさんも、レジー達が何をしているのかは察しているのだろう。
「キアラさん。私が命をかけても貴女を守ろうとすることを、拒否しますか?」
唐突に違う話を持ち出されて、私は戸惑う。
「拒否なんて……」
できればそんなことはしてほしくない。だけど誰かに守ってもらうしかない。
「嫌だとは思っているんでしょう? けど、私だって貴女に命がけで守られた。それを拒否されたら辛いと思いませんか?」
「思い……ます」
守れたらそれだけでも十分だけど、やっぱり拒絶されたら悲しいだろう。
「それなら、お互いに守り合えばいいのでは? 殿下はそうしているだけだと思いますよ」
「守り合う……」
相手を守りたいんだと言い合っているだけじゃ、お互いに一方通行のような感じがしたけど、そう言われると、なんだか素敵なことのように思えた。
「理解できたみたいですね。行きましょう」
そう言ってくれたカインさんと、レジー達が向かった方向へ急ぐ。
軍の隊列から林を隔て、少しくぼみになった場所にレジー達はいた。
既にレジーは何度か魔術を使おうと試みていたんだろう。慣れた様子で、指先に小さな雷の球を作って見つめている。グロウルさん達は、それを少し遠巻きにして周囲に目を向けていた。
私はグロウルさんに頭を下げて挨拶した。カインさんはそんなグロウルさんと話を始める。
「レジー」
声をかけると、顔を上げたレジーが魔術を消し、歩み寄る私を振り返った。
「来てくれたんだ。見ないように離れたままでいるのかなと思ってた」
微笑まれて、私がためらって様子を見に来ないつもりだったことも見透かされていたとわかる。
「見るのが怖かったんだけど、カインさんに背中を押されて……」
「君はほんとうに、ウェントワースに懐いてるんだね。手伝ってもらったことは嬉しいけど、少し妬けるかな」
「えっ、そんな」
懐いてるのは本当だけど、妬けると言われると私はものすごく焦った。別にそういう意味で懐いてるわけじゃなくて。
「冗談だよ」
レジーは笑って私の頭を撫でてくれる。
……心地よくて、ふわんとした気持ちになった。じっとして撫でられ続けていると、本当に猫になったような気がしてくる。心なしか瞼が重くなる……。
「キアラ、喉ごろごろ鳴らしそうな顔してる」
レジーにまで笑われてしまい、慌てて目を開け、レジーを追いかけてきた用事を果たそうとする。
「ねねね、猫じゃないもん! それより魔術は使って大丈夫だったの?」
「痛くはないけど、使うと疲れるかな。たぶんキアラほどじゃないとは思うけど」
その言葉に、師匠が「ヒッヒッヒ」と笑った。
「疲労は王子レベルの魔力の放出なら、それほど辛くはないじゃろ。それに自分が意思をもって使う魔術で傷つくことは滅多にないわい。今までは無意識のもので、解放されたものはただの力となるからして、痛みを与えたりしたんじゃろうがな」
なるほど。意識してレジーが扱う場合、そして魔術の余波や、その現象が自分の意志の影響から離れなければ問題ないようだ。
「己が操る魔術は全て、自分のもう一つの手や分身のようなもの。それが自分に攻撃してくるわけがない」
「あ、前にも師匠がそう言ってましたっけね」
なるほどとうなずく私に、師匠が意地悪そうに付け加えた。
「だからお前さんから王子に与えた魔力は、王子の意志が加わることによって、王子にもお前にも影響は及ぼさんだろう」
「安全については理解できました、ホレスさん。あとは、これをどうやって使うか……。魔術ですからね。できれば剣が届かない遠くへ向かって使いたいものですが」
レジーはそこで悩んでいたようだ。確かに魔術の利点は遠距離攻撃だ。今のままじゃ、近づかないといけないので使い難いだろう。
「お前さんは、魔力の流れを把握するのは難しいか?」
「なんとなくは……。でも、自分の指先から向こうは想像がつかない感じですが」
「生粋の魔術師でなければ、そんなもんかのぅ。自分の体の中ならわかるんじゃろ?」
レジーがうなずく。
「なら、あとは想像力の問題じゃろうな。魔力を集め、想像することでわしらは魔術を操っておる。世界の全てのものに魔力が散在している以上、この大気にも魔力はある。そこに道筋をつくる想像をせよ」
「道……ですか」
レジーが考え込みながら、左手を伸ばす。
ややあってその指先から、ちりっと紫電が飛んだ。ほんの十数センチほど。
「火花、じゃのぅ」
「これじゃ遠くには届きませんよね。力の問題でしょうか?」
「おい弟子、やってみろ」
師匠が軽い調子で私に手伝えと言う。けど、私は茨姫の説明を思い出して、うろたえてしまう。
「でも、私の魔力をレジーの体に流して、何かレジーの体に差しさわりがあったらどうしよう?」
「その茨姫はやれると言ったんじゃろが? なら死ぬことはあるまいよ。心配なら手加減せい」
「てか、どうして師匠はそんな積極的なんです?」
尋ねると、師匠がふんと鼻息を吐いた。
「これから厄介な相手とやり合うんじゃろが。使える手は増やしておいて悪いことはない。……先日の戦闘から考えても、あの子爵はお前をねじ伏せられないなら殺そうとしてくるじゃろ。魔術師くずれをお前にばかり差し向けてきたようだからの。それに、お前に生き残ってもらわんと、わしの人生が終了するじゃろ」
ややつっけんどんな口調だが、師匠の気持ちは伝わる。
私を守る手段を増やすためだ。
そしてレジーが魔術を手に入れたいと願ったのも、私や他のみんなを守るため。
「キアラ」
レジーが私に手を差し伸べる。
私が協力することで、レジーやアラン達を守れるのならそうするべきかもしれない。
ようやく決意できた私は、差し出されたレジーの腕に触れた。
「肩に触れた方がいいんじゃないかな? 茨姫の作った道に魔力を流した方がいいんだろう?」
「あ、そうだね」
言われて、レジーの肩に手を置く。
私はレジーに触れた手から、私の中にある魔力を渡そうとする。でもどれくらいにしようか。ちょっと迷っていると、レジーがくすくすと笑った。
「魔力っていう君の一部が私のものになるなんて、ちょっと刺激的な表現だよね」
「レジーっ!」
とんでもないことを口にしたレジーに怒ったが、彼は楽し気に笑うだけだ。
でもそれで、少し緊張がほどけた気がする。
「やるけど……ちょっとだけよ? 怖いから。どんな影響が出るかも想像つかないし」
「できるよきっと」
うなずいて、私はようやくレジーに自分の魔力を移動させる。
肩に触れた手から、するりと魔力が奪われて行く。
そしてレジーの左手の先から――今までになく大きな紫電が放たれた。
「わっ」
大丈夫だとわかっていても、思わず身がすくむ。
「大丈夫」
一方のレジーは根性が座りすぎてるのか、動揺した様子がない。平気そうな顔で、私を振り返って笑う。
実際、レジーの手が黒焦げになったりはしていないようだし、痛みなんかもないらしい。
「だけどやっぱり、遠くに届かせるのは難しいかな」
レジーの言葉で、私はふと思い出した。
「剣、使わない?」
「剣?」
「宗教画にあったと思うんだけど、こう、女神の使いが剣から雷を放つ絵。あんな感じなら想像つくんじゃないかな? イメージ的には鳥を飛ばすみたいな……」
私が思い出したのは、本当は宗教画なんかじゃない。
よくファンタジーゲームやアニメなんかである、剣から雷が放たれて、離れた敵にも攻撃できるアレだ。
「なるほどね」
うなずいて、レジーがさっそく試すために自分の剣を抜きかけたところで、私は「あ」と気づいて別な剣を使うように言った。
「もしかすると、剣が黒焦げになるかも。それ、紋章入りの大事な剣でしょう?」
剣なんてなくても、レジーの場合は髪色で王族だって証明できるけど、大事な剣をダメにしてしまうのも忍びない。
そこでレジーはグロウルさんから剣を借り……。
「できた……」
私達から十数メートル先の木と周囲の数本が、掲げた剣先から空へ放たれて落ちた雷によって、黒焦げになっていた。
サンダーソードがやりたかったんです……。




