彼に言うわけにはいかなかったこと
私は、思わず唇を引き結んでしまった。
彼を避けそうになる私の気持ちを、カインさんは見透かしている。
だけど正直に言えないかもしれない私のために、距離を置きたいだなんてやんわりとした聞き方をして、逃げ道を作ってくれているんじゃないかな。
……私がもっと、今まで通りにできれば良かったのかもしれない。
でも自分の気持ちに気づいてしまったら、カインさんとの距離が近すぎる気がして。
まだ囚われていた時の記憶が強くて、側にいても守ってくれると安心できるカインさんの側にはいたいけど、本当の兄妹じゃないから、手を握るのはダメな気がしたんだ。
レジーは好きだと言ってくれたのに、彼以外とあまりに近づきすぎたら、その気持ちを裏切ってしまっているようで。
でも、正直に言うのはためらう。
家族を亡くした心の傷を抱えたままのカインさんは、私のことを家族のように思うことで気持ちをなだめている。
なのに突き放してしまうことになりはしないだろうか。傷ついて、よりどころをなくしたように感じて辛い思いをさせてしまうかもしれない。
兄のように接してくれる人を、そんな苦しい目にあわせたくない。
そもそも私は、レジーが好きだとは気づいたものの、すぐに言わないことにしようと考えていた。
どうしてか不安な気持ちになることもあるし、間違いなくレジーは私をさらに甘やかそうとするだろうから。
カインさんの気持ちに気づいた時にも、同じように考えたものだ。
だからこそ、せめて戦争が終わって心の余裕ができた時になら、レジーに好きだと言って甘えてもいいかもしれないと思うし、カインさんと冷静に話し合えるんじゃないかと思うんだ。
……それまで、レジーが待ってくれる保証もないけど。
とにかくこの場を切り抜けなければならない。
「あの、そういうわけではなくて……。変なものを見てしまって」
「見た?」
「あの、変な白昼夢を……茨姫に触れた時に」
カインさんはこの話に興味を示してくれたので、私はそのまま話した。
もし、私が王妃の側の人間になっていたら、の白昼夢を。
「それで、私を説得しようとしてたのが、カインさんだったんです」
あの夢の中で、レジーが私のことを話した相手はカインさんだった。
「だけど土人形の崩壊に巻き込まれて……」
かばおうとした私を、突き飛ばしたのはカインさんだった。
どうしてこんな私を生かそうとしたのか。絶望しか感じなくて、呆然としそうになった。あの直後もレジーと一緒に歩いていなかったら、私は戸惑って変な行動をしてたかもしれない。
今の私がした事じゃないけど、でも申し訳なくて、辛くて。
「そうですか」
話を聞いたカインさんは、少し考え込むような顔をした。
「けれど、どうして茨姫に触れてそんなものをみたのか……心当たりはありませんか?」
私は首を横に振る。
「魔術師のことは、さすがに想像もつきませんね。こればかりは幻覚だと思って気負わずに、ホレスさんに相談するしかないのでしょう。なんにせよ」
カインさんがふっと息をついて私の頭に手を乗せ、微かに微笑んでみせた。
「心を決めたから、あなたは私から離れたくなったのかと思いました」
心を決めるというのは、私が……好きだと思う人を決めるということ……かな?
「あなたが私とそれとなく離れるような態度をとっていたのが、殿下が敵の手からあなたを連れ戻してからだったので」
カインさんは、私の手を握っていない右手を壁につけて私の顔を覗き込むようにする。
「殿下に告白されませんでしたか?」
……なぜそれを。
ぎょっとした私は、自分がカインさんに握られている手に力を込めたことに気づかなかった。
困って口を閉ざす私にかまわず、カインさんは話した。
「貴方が囚われた後、殿下と話しました。殿下が貴方をどう思っているのか……私が貴方をどう思っているのか」
な、ななな。二人で、なんて話をしてるの!?
レジーのことだから、実につるっと話しただろうし、カインさんだってそういう場合に引くタイプには見えないし……ああ、本当に自分のことじゃないみたいで、めまいがしてくる。
驚いてついカインさんを見上げたけれど、彼は冷静そうな表情をしていた。特に焦った様子も怒った様子もない。
あれ、と思った。
デルフィオンでのことや、イサークと斬り合いをする前の発言のことを考えたら、もっと……怖い顔をしているんじゃないかと想像してたのに。
「殿下の気持ちは最初からわかっていましたよ。あの方も別に隠してはいらっしゃらなかった。むしろ違うものだと思い込もうとしていたのは、キアラさんぐらいでしょう」
「う……」
師匠にも指摘され、それもあってレジーは私に率直に言わないようにしていたのだ。今更ながらに恥ずかしい。
「そうして話す機会を得たのも、キアラさんのおかげです」
「私の?」
恋愛話のきっかけって、私何かしたかな?
「キアラさんが、私を庇って生かしたからですよ」
目をまたたく。
「当然のことだと思ったのでしょう? あれで私は……庇われる家族の気持ちについて、考えさせられました。私は家族に対して生きていてほしかったのにと、そう考える側だった。けれどあなたのせいで、家族なら相手に生きていてほしいと思ってしまうことを思い知らされて」
カインさんが自嘲気味な笑みを口元に浮かべた。
「家族だと言った貴女の言葉に、アラン様や殿下もまた、家族のように大事だということを思い出させられたんですよ。……私の手にはまだ、守りたい弟達がいることを思い出してから、失った家族への後悔が薄らいだように思います」
その言葉に私はほっとした。
カインさんが少しでも穏やかな気持ちになれたのなら、それが一番いいことだ。
けど、そのことに気が向いてぼんやりしてしまったから、だから、と言いながらカインさんが身をかがめた時。反応が遅れた。
あ、という間もなかった。
頬に唇が触れて、驚いた時にはもうカインさんは顔を離してしまっていたから。
「デルフィオンでは、貴女を失ったらもう手の中に何も残らないような気がしていました。けれど今は、貴女が何を選ぶとしても、静かに答えを待っていられますよ。それでは」
カインさんは握っていた私の手を離し、あっさりとその場から立ち去った。
私は呆然とするしかない。
カインさんに頬キスされてしまった衝撃と、隙を突かれてしまったショックと、やっぱり嫌悪感がないのは家族のつもりだからなのかカインさんにまで慣らされたのかもしれないという衝撃とで、頭のなかがごっちゃになっていた。
それに、
「何を選ぶとして……も?」
もしかしてと思う。
カインさんは私の気持ちに、何か気づいたんだろうか? そうじゃなければ、言わないような言葉だと思う……けど、わからない。ただ何か、悟りを開いてしまったからそう言ったのかもしれないし。
とりあえず、ずっとそこに突っ立っているのもおかしいからと、部屋の中に入ることにする。どうしてか足に力が入りにくくて、座り込みそうになりながらやっとの思いで移動して、扉をしめて一息をつくと。
「ウケケケケ」
扉のすぐそばで、立ち聞きしていたらしい師匠に笑われたのだった。




