茨に刻まれた未来 2
※今回の話は、レジー視点です。
正直、驚いていた。
茨姫はあの森から出て来ないと聞いていたからだ。
キアラが『起こり得る出来事』として知っていた話でも、茨姫はこちらが仲間になることを請い、デルフィオンからほど近い王領地で探し物をさせられるらしい。
さびれた小さな別荘は茨姫の思い出の場所なのか、その中にある装飾品を持って来るようにいわれるという。
けれどレジー達は、まだそれも手に入れてはいない。いずれは茨姫も仲間に引き入れた方がいいだろうと話してはいるが、デルフィオン西のキルレアを退けなければ、王領地まで踏みこめないからだ。
なのに自主的にここまでやってきた。
手紙を届けた騎士に日時だけを指定し、一人で。
レジーが一歩前に出ると、茨姫は小さな唇に笑みを浮かべた。
その表情は、まだ幼さが残る年頃の外見を裏切るような大人びた雰囲気がある。
「貴方の問いに関係して、今後のファルジアに必要だと思ったから、私はここに来たのよ」
そして茨姫はくすくすと声をたてて笑う。
「それにしても貴方、本当に面白いことになっているのね」
「……すぐ見てわかるものですか?」
「そうね、服の上からでもわかるのは、私だけかもしれないわ。見事に契約の石の欠片が、表面に浮き出ていること」
レジーは茨姫に尋ねる手紙を出していたのは、契約の石の欠片を矢傷から取り込んでしまった件についてだった。
時折火花が散るぐらいなら多少不快なだけで済むが、体調を崩しがちということになると、様々な行動に支障が出る。
……キアラに触れている時は、意識しなければ火花が散ることはない。そこだけは助かっているのだが。
とにかく、そのことを知ったホレスがレジーに勧めたのだ。何かを知っているかどうか保証はできないが、他の魔術師にも意見を求めるようにと。
「それをやったのはキアラだと聞いたけど。彼女は連れて来なかったの?」
レジーは肩に残る傷の辺りに右手で触れた。
「あまり彼女に心配をかけたくないので」
そう答えた時、茨姫がふと懐かしむような微笑みを見せた。
なぜだろうと思ったが、それを追及するよりもレジーには確認したいことが沢山あった。
「ただでさえ、彼女は魔術師になる前に魔術師になる契約の石の欠片を飲みこまされています。そのためにクレディアス子爵という魔術師の力の影響を受けてしまうので、戦えばひどく消耗する。その影響を少なくする方法などは、ないのですか?」
「……難しいわね。石の魔力を多く取り込んだ側に左右されてしまうのは仕方ないわ。それを覆したいのなら、キアラが全く同じ石をより多く取り込むしかないけれど、普通の契約の石というのはそう大きなものではないのよ。唯一支配を逃れられる方法はあるけど、戦えないわ」
「戦えない?」
「人よりも大きな契約の石の側にいて、それをいくらか自分が取り込んでいれば、他の魔術師の力に影響されにくくなる。契約の石の魔力の方が大きいから。でもそんなものは見つからないでしょうし……」
「運んで歩くのはリスクが高いのでしょうね」
レジーの言葉に、茨姫はニヤリと笑う。
人よりも大きな岩を抱えて、戦場についていくのは難しい。実行できたとしても、その石を奪われるか破壊されてしまっては効果が無くなるのだろう。そして大きな岩は、狙われたら守りにくい。
「以前のままだったら、私は多少大きな契約の石を探させて、それを持つようにキアラに言ったでしょうけれど」
「……以前?」
ひっかかりを覚えたレジーの言葉を、茨姫は聞こえなかったかのように無視した。
「けれど今のクレディアス子爵は、第二のキアラを見出そうとしたり、魔術師くずれを大量に造れるようにしたために、かなりの量の石の魔力を体にため込んでいるでしょう。同じ石を一つ二つ追加しただけでは対抗できないでしょうね」
そこまで話した茨姫は、外套の隠しから親指大の赤黒い石の塊をを二つ差し出してきた。
「一応、おまじない代わりに持ってきてはいるから、これを持たせてみたらいいわ。けど、本当に暗示程度の代物にしかならない可能性もある。それは伝えておきなさい」
受け取りながら、レジーはキアラへの影響を軽減する方法を探すことは諦めた。だから二番目の方法を模索する。
「それで、私のこの傷は治せるものですか?」
尋ねると、茨姫はきっぱりと首を横に振った。
「無理ね」
グロウルは落胆したようにやや肩を落とした。一方のレジーは、ある程度想定していた言葉に、やはりそうかと思っただけだった。
「キアラがもっと力をつけるのを待った方がいいかもしれないわ。あの子の発想は、私達の想像を越えるから」
茨姫はそう言うが、できればレジーはもうそんなことはしてほしくない。ほんの少し怪我を直すぐらいなだまだしも、この状態になったからこそ、魔術が身を削ることをより実感しているからだ。
だからこそ、レジーは質問した。
「では、これを利用する方法はありませんか?」
「でんっ……」
一歩下がった場所で、グロウルが叫びそうになって慌てて口をつぐんだ。再三にわたって止めるように言っていたグロウルは、そういう反応をすると思っていた。
そして茨姫の回答は意外なものだった。
「できるわ」
九割がた、無理だと言われるのを覚悟していたレジーは目を見開いた。
「どう使えるんですか?」
「その石は、貴方の体の魔力を荒らす。そうして膨れ上がった魔力が、逃げ場を探してその指先から出ようとするでしょう? あなたの魔力の属性が雷だから、放電という形になるんでしょうね。それを、貴方の意志で指先まで流せるようにする道を作るの。その分、体の中の魔力をいたずらに荒らさなくなるでしょう」
グロウルが安堵したように息をついている。今よりレジーの体に負担がかからなくなるのだからと、安堵したんだと思う。
けれどレジーが望んでいるのは、そんなものではない。レジーは、足りない部分を補う代物にしたいのだ。
「流れ出る魔術を大きくする方法も、あるんですよね?」
その問いに、茨姫は目を眇めて微笑む。
「貴方がそう言うのを待っていたわ、無理にさせられるようなものではないから。ただ……使えば反動がそれなりに来るわよ?」
「すぐ死ぬようなものではないのなら、問題ないでしょう。それとも回数制限が?」
「いいえ、貴方がどこまで耐えられるか次第」
茨姫の言葉に、レジーは納得する。キアラのように、砂にならないぎりぎりを見極めなければならない、ということだ。
「なんにせよ、その道を作っていただいた方が良さそうだ」
「では時間がないから、今すぐ処置をしましょう。手を」
茨姫の求めに応じてレジーは左腕を差し出した。
まだ幼さが残る手が、レジーの指先を握る。
「覚悟しなさい……かなり痛いわよ」
そう言って心構えをさせた茨姫は魔術を操る。それをレジーも感じた。
左腕に引き裂かれるような痛みが走る。
「……ぐっ」
歯を食いしばっているおかげで、叫び出すのは避けられた。けれど立っていられない。思わずその場に膝をつく、そのおかげで、茨姫が何をしているのか薄らと開けた目でも確認できた。
彼女の足下から伸びた茨が、レジーの腕に巻きついている。そうして皮膚を傷つけながら這った茨が肩の傷へとたどり着いたその時、茨が傷に溶けるように消えて行った。
それでもじくじくとした痛みは残る。
確認してみると、指先から服の内側まで蔓が這うような傷跡が残っていた。
「これで道はできたわ。……ただ何度も無理に使えば、貴方の体が壊れる。できれば、貴方に魔力を分け与えたキアラに手伝ってもらいなさい。その方がまだ使えるわ」
「キアラに手伝ってもらう?」
「キアラの魔力を貴方を仲介して流した方が、より効率的に強い力を扱えるし、貴方の体の中の魔力を荒らすことも少ないはずよ」
より強い力を扱えれば、キアラの魔術に匹敵する効果を上げられるだろうか。
でもキアラは嫌がるだろう。
レジーに来る反動を考えて、止めようとするはずだ。だからしばらくの間は、伏せておくしかない。
「その傷跡をたどって魔力が流れわ。そこ以外を通せば、体は黒焦げになるでしょう。気をつけなさい」
茨姫の忠告にうなずいた、その時だった。
「……レジー!」
※後の話の描写の関係で、一部修正しました。




